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第1話 〜1999/4/9〜

■電車がないということ

 長い間そのような状態におかれて、外からの情報がないとなると別に変に感じることではないのだが、今になって思えば、中学生や高校生の頃に電車がないというのは、かなり致命的なハンディキャップである。別に沖縄に生まれ育って電車が全くないわけではないが、日常的に電車に乗る習慣がなかった。通勤は自家用車、通学は自転車となる。もちろん、バスやバイクを使う人もいるが。

 何が致命的かというとデートのための交通手段がないことである。待合せの場所に2人は自転車で現れるのである。「ハチ公」前に自転車で現れるようなものだ。しかも、男子は坊主頭、女子は三つ編み、またはオカッパ。けど不良は聖子ちゃんカットだったりする。そのまま自転車でどこに行くというのか。

 それよりも街が狭いので、必ず誰かに見つかってしまう。グループ交際ともなると、何台もの自転車が連なっての大移動になってしまう。この場合だいたいの目的地はボーリング場なのだが、それも街には1つしかなかった。

(秀)

from.莉香さん

第2話 〜1999/4/12〜

■ラジオ体操の鐘

 夏休みの思い出の1つにラジオ体操がある。早起きが苦手で、あまり好きではなかった。それでもラジオ体操の鐘のことははっきりと覚えている。夏休みの朝、子供達を起こすために上級生が当番でその鐘を鳴らして町内を自転車なりで回るのである。そんなことをしても苦情が出ない良い時代の話だ。鐘のスタイルは福引で使用する、あの「鐘」である。

 そしてその鐘がついに我が家にもやって来た。兄に当番が回って来たのだ。いつもは早起きが嫌いでもこのときばかりは早く起きようと誓うのである。当時5才。届いた鐘を手に取ってみると結構使い込んでいて、中のハンマー部分は紛失し、かわりに6角形のナットが針金で吊るしてあった。兄の自転車の荷台に乗り、これを鳴らす自分の姿を想像した。

 翌日、兄の鳴らす鐘の音で目が覚めた。外を見ると、自転車に乗った兄があたりを走り回っていた。

(秀)


第3話 〜1999/4/13〜

■宇多田ヒカル

 歌番組不調の時代はどこに行ったのだろう。音楽業界は不況知らず。いつのまにかTVの歌番組もずいぶん増えた。ただ以前と違うのは出演者が素のキャラクターを出して司会者とやり取りしてる部分をウリにした番組が増えたことだ。そんな中で異色なのは「歌の大辞テン」という番組だ。この番組は良くない。腹が立つ。「テン」が「ベストテン」にかけているセンス自体ペケである。また、この番組には歌のゲストが出てこない。何年か前のランキングを今のランキングとあわせて紹介する趣向であるが、昔のランキングでは当時のVTRを、今のランキングではプロモーションビデオを流す、体たらくぶりである。これではレコードをかけてランキング番組を作っている田舎のラジオ番組とほとんど変わりがない。そして、この番組に出ているゲストもコメンテータでしかない。思い出話を語ったりしている。それと何よりも許せないのは司会の徳光がうんちくを語るのである。「この宇多田ヒカルさんのおかあさんは藤圭子さんです」なんてね。「お前自分で調べたのか。そんなもん知っとるわい」。

 そうそう、今回のテーマは宇多田ヒカルである。何かというと彼女は母親のことを話題にされる。そのことを私はとても残念に思う。なぜなら彼女を語るにはそれ以上に作品のよさを語るにもっともっとエネルギーを使うべきだからである。特に作詞の点で素晴らしい。曲の方はアレンジに助けられている部分が結構多い気がする。けど全体としてやはり素晴らしい。16才だからとか藤圭子の娘というものがなくても十分に商品価値がある。きっと曲をよく聞いたことがない親父たちが「藤圭子の娘」と言っているのだろう。彼女を支持する同年代の連中は「藤圭子?」という感覚なのだから。文芸賞が発表されるたびにその作品ではなく、受賞者のプロフィールの部分がクローズアップされるのとよく似ている。その一方で、前川清の息子というのがどんなもんか気になる。存在するのかな?

(秀)

※今回の最後の部分のオチが分かるには、かつて藤圭子と前川清が夫婦であった、という予備知識が必要だ。

from.莉香さん

第4話 〜1999/4/14〜

■割り勘の話

 さて、そろそろこの場もお開き。「おあいそ」。示された金額を手に人数をあたりだす。ここでそれぞれがいくら負担するのかは幹事の采配如何である。女性はあまり食べないから、あまり飲まないから、ということによくなるが、「僕のお刺し身、食ったの誰?(注:大好きな刺し身をとられて怒っているわけではない)」、「僕のビールは乾杯のときのままだよ(注:ビールをよそに他の酒を飲んでいるわけでもない)」。こんな具合に必ず割り勘負けしてしまう。また露骨に、もらっている給料に比例して負担というわけにもいかないことがある。そこで、私の「女性はなぜ割り勘が安くて良いか?」の答は「衣装代や化粧品代にお金をかけているから」である。必要経費の控除というわけだ。

 ところが、合コンで均等割りを主張する輩がいるらしい。私は彼らをそう思わせるような場面に遭遇したことがないので(すっごく意味深。さあ、みなさん深読みしましょう)、その心境がよく分からないが、電卓まで取り出して1円単位まで均等割りするつわものまでいるらしい。

 高校を卒業した翌年、高校のときのクラス会を開くことになった。ところがどういうわけか集まったのは男5人だけ。仕方なく、そのまま居酒屋へ足を運んだ。場所の予約もない、いい加減さである。それでも「仮面舞踏会」が流れる中、卒業後の話を色々として、とうとうお開き(2次会はなかった)。店員が告げる金額に対し、仲間の1人が即座に割り勘の金額を即答した。彼の説明はこうだ。「5で割るということは、2倍して、1桁はらえば良い(10で割るのと同じ)」。当時彼は地元の同じ大学で教育学部の学生だった。今では小学生相手に割り勘の計算法をまさか教えていないだろうな。

(秀)


第5話 〜1999/4/15〜

■ネクタイのタグ

 「良いネクタイですね」と言われて、喜んでばかりではいけない。「上着、お預かりします」というのは親切ではなく、それ以上の目的があるのだ。相手は飲み屋のお姉さん。ネクタイを手に取り、素早く裏のタグを確認する。この客は金持ちかどうかを手っ取り早く確認する、最も手軽で確実な方法である。もちろん、時計も見られている。ヨーカドーや西友で買っているネクタイに大したタグが付いているはずはない。新入社員当時に丸井で買い揃えていたときの方がむしろ良かった。同様にスーツのタグも見られている。ついでにネームも。彼女達にとっては客の名前を知る手段でもあるのだ。

 しかし、なんでネクタイという奇妙なものが存在するのだろうか?かと言ってスーツにノーネクタイでは逮捕された人みたいでとっても格好が悪い。逮捕されたら、ベルトも外されるらしい。どうやらそもそもは、戦闘服の名残らしい。ネクタイの柄で死傷者の身元を確認していたらしい。負傷したときには包帯にもなる。職場は戦場、ということだろう。

 かつてネクタイをシュレッダーにかけたことがある。わざわざそうしたのではなく、もちろん巻き込まれたのだ。体が前のめりになって、すぐに機械は止まった。そして、逆回転のボタンを押すとそのネクタイは爆発コントのそれみたいな姿で戻って来た。そんな時に限って高いネクタイをしているのだ。けど逆の効果もあり、たとえ安いネクタイでも高いネクタイを締めていると、周りが勝手に思ってくれるようになった。その後に外出を控えていた私は、ネクタイの残骸を手に多くの人の嘲笑と引き換えに「笑い賃」をせしめ、駅の売店に急いだ。

(秀)

from.莉香さん

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