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私が大学在学中に「男女雇用機会均等法案」が可決・成立して、当時の労働関係の講座のテストにはこのことが結構出題された。法律の中身は表向き、従業員の雇用や待遇に性別(主に女性であること)を理由に差別してはいけないというものであるが、本質としては終身雇用の終焉や年功序列の崩壊をもたらし、労働市場が大きく流動化することになるであろうことを記述すれば及第の点が貰えた。
それから十余年。そのような答を難無く回答することができても、それを実感することができなかった学生もその環境下に身を置くに至っている。今や、賃金年俸制の会社は上場企業の4割(管理職だけというところもあるだろう)。目標を設定し、その成果に基づいた賃金や昇進を与える会社も同じく6割に達したらしい。しかし、その一方でこの様な成果主義を先駆けて導入した会社がこの制度の見直しを行うとの報道もなされている。誰もが保身的になって、斬新なアイデアが出て来ないのも当然かもしれない。
成果主義というのは全体として、賃金カットであることに誰もが気付いている。そして、それ以上に「本当に正しく、公正・公平に評価がされるのか?」という不安もある。何しろ年功序列で偉くなった人が評価をするのである。また、バブルの波に乗って昇進した世代が査定するのである。一方、女性の環境は改善されたのだろうか?。平等という言葉は時として平等悪を生む。
別に個人的な恨み言を書いているつもりは全くないが、文字にしてみたら、ちょっとすっきりした。
(秀)
「『鉄道員』も良いけど、『ラブ・レター』も良いなあ」。「何を今頃!?」と言われてしまいそうだが、浅田次郎氏の直木賞受賞作品「鉄道員」を読んだのはつい最近のこと。直木賞も取って、映画化もされてと、何かと話題の多い作品であるが、文庫本になってようやく手にして(買ったのは文庫本になった直後)読んでみた。「ラブ・レター」というのは、同じ本の次編に収められている短編小説のことである。
浅田次郎氏の作品はかねてから好んで読んでいた。しかし、いずれも文庫本で、である。別に金をケチっているつもりはなく、ハードカバーと文庫本が同時に店先に並んでいたら、例え文庫本の方が高かったとしても迷わずそれを買い求める。ハードカバーを電車の中で読むのは持ち歩くのも面倒だし、立ったまま読むには結構手が疲れる。
実は文庫で読む前に、「鉄道員」と「ラブ・レター」は漫画になっており、まずそれを読んだ。そしてその後に、この2つは映画になっているのでそれをビデオで見た。そして仕上げとして原作を文庫本で読んでみた。漫画は原作にとても忠実な描写がされていた。常々、「原作を超える映画はない」と思っているが、今回事前に漫画や映画を見ていたことは原作を楽しむ上で非常に有効だった。
「『鉄道員』も良いけど、『ラブ・レター』も良いなあ」。私としては「鉄道員」も切なかったが、次編の「ラブ・レター」の方が余計に切なかった。偽装結婚した一度しか会ったことのない、しかし戸籍上は自分の妻である中国人女性が死んだことを知らされたことで話が始まる。映画のクライマックスシーンで主人公の吾郎(中井貴一)が彼女の書いた手紙を読むシーンが出てくる。もちろん、彼女はもうこの世にはいない。
ドラマや映画でよく使用する手法であるが、このラブレターを本人が読むスタイルで紹介される。たどたどしい日本語で、結婚への感謝を述べ、自分を吾郎さんのお墓に入れて欲しいと頼む。電車の中で文庫の文字を追いながら、映画でのシーンが彼女の声とともによみがえる。涙腺が緩んでしまい、ふと顔を上げると、窓ガラスに泣きそうになった自分の顔が映っていた。
(秀)
35歳になった。何とも中途半端な年齢の気がする。さて、誕生日と言えば、数年に一度運転免許の更新がある。今年はその年だった。ちょっと遠いが即日に新免許証の交付が行われ、休日でもやっている免許センターを利用している。最寄りの警察署に行くよりも便利であるが、いろいろと効率や経済効果を考えると無駄なものが目に付いた。
受付を済ませた後に次の窓口で2,950円分の証紙を買う。窓口の女性は手際良く合計金額が丁度になるように4枚の証紙を差し出してくれる。このときは、まあ良かった。ところが、写真撮影を終えて講習室に向かう廊下で盛んに「交通安全協会」への加入を勧めるおばさんたちが廊下の両脇に5、6人立って声を掛けてくる。このおばさん達は交通安全協会の職員なのか?、それとも公安委員会か免許センターで雇われている人たちなのだろうか?。
交通安全協会は交通事故の撲滅を目指し、様々なキャンペーンを主催している。理念としては非常に崇高な団体である。ところが、人々から集まった活動費の尋常でない額が本来の活動費用ではなく、そこに勤める人の人件費に化けていないか気になった。盛んに呼び込みをする、あのおばさん達の人件費に使われているとなると、それは崇高な理念を掲げた単なる集金システムでしかない。
よしんば、あのおばさん達が公安委員会から給料をもらっているとなると、先程買った証紙の代金の中にその人件費も含まれていることになる。そんな人が5、6人もこの瞬間、本来の仕事をしていないことになる。ついでに、さっきの証紙を販売していた人の人件費も含まれていることになる。証紙ぐらい自動販売機で販売した方が効率的だし、コストも安くなるはずだ。
別にヒステリックになっているつもりはない。こんな話は民間企業にもある。毎月多額な金額を支払っている生命保険料であるが、その保険料がどう分配されているかを知ると多額な保険料が馬鹿らしくなる。結構な金額が人件費なのである。インターネットや通販を利用した保険会社が保険料を低く抑えられるのがその証拠である。しかも、セールスに対する報酬の支払期間は限られているため、しばらく経ったら、姿を見せなくなるか、新しい保険への掛け換えを勧めるようになる。30年契約とか言っておきながら、5年後には掛け換えを勧めるなんざ、こんなナンセンスな話はない。
そして何よりも、公的機関の外郭団体が官僚などの天下り先になっていることへの不信感がある。交通事故撲滅を願って多くの人が支払っているお金が、例え一部であっても、机(正しくは椅子だけど)に座っているだけの、あるいはほとんど出勤しない天下りの者達の給料として支払われているかと思うと腹が立つ。よって、今回も交通安全協会にお金は支払わなかった。
(秀)
「恋愛とはタクシー待ちのようなものだ」。ドラマ「Love Revolution」の冒頭は江角マキコのこんなナレーションから始まった。その後には確か、こんな感じのフレーズが続く。「待っているとなかなか現れず、通り過ぎるタクシーは客を乗せている。通りを変えてみようかとした隙に別の誰かに持っていかれてしまう。そして、歩こうかと思った途端に何台ものタクシーが現れる」。なるほど、面白い例えである。しかし、実際の恋愛とタクシー待ちが違い、現れたタクシーであればどれでも良いと言うわけでないし、また、運良く乗車できても、うまく目的地(ゴール)にたどり着くけるかどうかは分からない。
「Love Revolution」はフジテレビの月9の枠で、前作の「HERO」、前々作の「やまとなでしこ」に比較すると出演者の点で若干華に欠けるところがある。しかし、私としては中途半端な職業ドラマをベースに恋愛を展開させていくつくりよりも、ドラマのタイトル通り、恋愛をテーマに直球勝負を仕掛けて来る点で注目している。確かに主人公の江角マキコは医者であるし、病院でのシーンは出て来る。この他にも出演者のそれぞれは、スチュワーデス、政治記者、シェフ、政治家秘書、バーテンダー(&売れないアングラ劇団男優)、それにマッサージ師だったりする。それぞれが仕事を持っているのはドラマの幅を広げるためのもので、職業ドラマとは一線を画している。
さてさて、恋愛ドラマの構成と言うか、セオリーと言うべきか、要は三角関係や四角関係、または二人の間に障害があって、それが時々の出来事と絡んで話が展開することになっている。大枠はこれだけのものでしかないし、これから外れる恋愛ドラマは、おそらく成立しないだろう。予定調和が見えていても、その過程がドラマティックであることを願い、人々はドラマを見ている。そこにはできるだけリアルな設定を求めるが、単調なストーリーでは受入れてもらえない。現実的には、「あんな美人や格好良い人ばかりではない。格好良い職業ばっかり。他に悩みはないのか?」と思いながらも、思いっきり、虚構の世界を楽しんでみたい。
(秀)
朝起きて、テレビを点けた途端に「今日最悪の運勢は『おうし座』です」なんて言われると、一日中不愉快でしょうがない。徹底して占いを否定している私でさえこうなのだから、一般の人々の思いは相当なものだろう。何かうまくいかないことがあると、「占い、当たってる!」と思うかもしれない。例えそれが、電車の乗り継ぎが悪かったとか、信号待ちだったにせよ。しかし、それが占いの結果であると証明することなど誰にもできない。電車も信号もあなたの星座に関わらず、いつものように淡々と動いている。
人の不安を煽ることで良からぬことを企んでいる奴もいる。「○月×日に大地震が起きる」などと予言する。本当に的中させれば、それはそれで大変な予言者として名を成すことができる。しかし、それはまぐれでしかなく、同様のことを何度も連続して的中させるわけにもいかない。やがて、その予言が外れてしまっても、「私の超能力で地震を静めた」なんて、言い出す。「それなら、最初っから地震を静めろー!」。
しかし、これではこのインチキ予言者は「今日も大地震が起きなかったのは私の超能力のおかげだ!」と日々言い続けているだけの変な人のまま、世に出ることはできない。世に出るためにはとりあえず目に見える事象を言い当てなければならない。その最も矮小化したものが「今日最悪の運勢は『おうし座』です」というやつである。あとは自然と起きる事象を適当に占いの結果と結び付けてくれる人々を待っていれば良いだけだ。
(秀)
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