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「いとこ」とは非常に微妙な関係である。何しろ、少なくとも片方の親同士は兄弟で、同じ祖父母を持つわけだ(例外の場合もあるだろうが、この際は目をつぶろう)。しかしながら、半分ほぼ同じような血統を持っていながらも、いとこ同士が公正や平等という環境下には必ずしもない。
祖父さん祖母さんにとって、孫はいろいろあろうと、やはり内孫が最も可愛いようだ。やがて祖父さん名義の先祖代々の土地はおじさんを経て、いとこの物となる。かたや持つ者と持たざる者の階級(?)が再生産され、連綿と続く。そして、私は持たざる者の側にいる。
また、いとこ同士は親同士の嫉妬心の代理戦争を演じさせられることになる。歳が近いとなると、学校での成績や進学先、はたまた就職先まで暗黙の中で競争させられていたりする。やがてその争いは嫁ぎ先、あるいは嫁さんの器量にまでおよぶ。子供の頃、親戚が集まる時にはいつもより良い格好をさせられていたのも、親同士の競争の一端だったとようやく思いが至るようになった。
かつてはあれほど仲良く遊んでいたにも関わらず、どうしてこんな事態が起きるのだろうか?。それはやはり前述した、持てるものと持たざる者の再生産の嫉妬に始まり、やがて結婚により発生する親戚付合いの面倒くささからの疎遠であろう。結婚により発生する親戚は舅姑に次いで面倒なものである。
やがて、結婚式や葬式の席で顔を会わせる程度となるが、そばにいたそれぞれの子供同士の歳が近かったりすると、微妙な関係は次の世代に引き継がれ、はとこ(=またいとこ)同士の暗黙の戦いの火ぶたが落とされることになる。ああ、悩ましい。
(秀)
我が家では(と言っても、長男と私だけであるが)「こま」がちょっとしたブームである。木ゴマ、地球ゴマ、ベーゴマ、それに流行の「ベイブレード」(第461話参照)も外していない。そもそも今回のブームはベイブレードに始まった。ベイブレードとは、平たく言うと今風のベーゴマである。しかし、紐を巻いて回すような技量はいらず、アタッチメントを付けて、プラスティックのベルトを引っ張れば簡単に回すことができる。そして、このベイブレードはアニメの放送開始とともに大ブームとなった。
こまと言うと、関東圏ではベーゴマのことを指すようだが、私の生まれ育った地方では木製で、支点のところ(「ケン」と呼んでいた)が鉄のものだった。直径約10センチ、駄菓子屋などで100円以下で買えた。それをだいたい誰もが3つ4つ持っており、自転車の前かごに入れて遊び場に集まってくる。遊び方はただ単純に長い間回っていたものが勝ちというルールだ。ベーゴマの様に限られたスペースで回すものではなく、地べた全体が競技場となるため、はじき出すことによる勝敗はないし、負けたからといって、そのこまが取られたりすることもない。1回終わる毎に、長く残った者から「テンイチ」、「テンニ」と順に称号が付き、最低は「テンドン」となる。続いて、前回負けた順にこまを回し始め、早く回した方が不利であるとともに、後から投げて回す(投げごまと呼んだ)者達の的にされたりする。
小学3年生の時(昭和50年)にこま遊びが大ブームとなり、学校に持って行く程になった。当時の3年生の校舎は木造の校舎で、隣の棟は使用していない教室を教材置き場として利用していた。その教材置き場には、地図や標本のほかに大きなそろばんや定規、水で書く毛筆用の黒板(?)などが置いてあった。休み時間になると、この廊下でこま回しをやるのである。使用していない教室ばかりのため、チャイムが鳴らず、夢中のあまり授業に遅れ、何度となく怒られた(不思議と学校にこまを持ってきたことには寛大だった)。木造のため、廊下には無数の傷を残したが、その校舎も今はもうない。
(秀)
←こま
私達が遊んだ、かくれんぼのルールというのは穏やかなものだった。鬼は電信柱なりのポイントをベースに隠れた子を探し回り、見つけたときには「○○君、けったい(語源不明。『見ーつけた』と同義であることは確か)」と言って、そのポイントにタッチすれば良い。一方、隠れていた方は、鬼の隙を見て、そのポイントにタッチすれば良い。そして、一通り隠れていた子が全員出てくると、見つかった者達だけでじゃんけんをし、次の鬼を決めていた。要は対鬼との個人戦である。
ところが、缶蹴りとなると、これは鬼一人に対し、隠れた子全員との団体戦となる。既に見つかってしまっている子も、残りの誰かが鬼の隙を見て缶を蹴り飛ばせば一斉に釈放される。かくれんぼに同様の「一斉釈放」のルールを用いるケースもあるだろう。鬼は全員を見つけない限り、永遠に鬼をやり続けなければならない。見つけた場合はかくれんぼ同様に「○○君、けったい」と言うルールだったが、隠れていた子が一斉に何人も現れ、鬼がこの台詞を言い終わる間に、誰かが缶を蹴り飛ばすという作戦をよく利用した。
缶が蹴り飛ばされた瞬間に時間はスローモーションに変わり、缶はゆっくりと飛んでいく(気がした)。やがて缶が弧を描いて地面に達した時点に静寂が破れ、「ワーッ」と一斉に子供達が再び隠れ始める。鬼のシンボルである缶を蹴り飛ばす動作も、その瞬間に今まで捕まっていた子が一斉に蜘蛛の子を散らしたように逃げ去る様子も、鬼にとっては悲しさをより増加させる。本当の意味での鬼は缶を蹴った子かもしれない。
(秀)
随分と時間が経ってみると、怖かったり、ちょっと変な先生の方が懐かしく思い出されるものであるが、何事も度を過ぎてしまうと元も子もない。そんな事件の話。金曜日の夕方にニュースのサイトをインターネットで見ていたら、「校長はねた『金髪先生』のあきれた行状 無断欠勤、自主遠足、卒業式妨害…」という記事があった。48歳になるこの小学校教諭はこれまでの教師生活25年に様々な蛮行を行って来た。その処分の数、50回。そこに掲載されていた写真は文字どおり「金髪先生」であった。
籍はこの小学校のままだったのだろうが、この教諭は、今年の2月から千葉市の県総合教育センターでの研修という形で現場からは隔離されていたようだ。にも関らず、毎朝学校に立ち寄っており、そんなさなか、今回の事件は起きた。この日、同校の校長がこの教諭に関する週刊誌の記事の件で、「確認したいことがある」と呼び止めたところ、「約束はしていない」と車に乗り込み、制止する校長に、車の屋根に付いた拡声器で、「車の交通妨害をするな!そこをどけ」と叫び、無理やり車を発進させ、校長にぶつかったという。これは事故ではなく、傷害事件である。
「今までの行動では、懲戒解雇にするには内務規律からは難しい状況にあった。本人の意思にかかわらず、処分できる分限免職も県教委と協議は続けてきたが…」というのが地元の教育委員会の言い分である。全児童戸数105戸のうち、100戸からこの教諭を辞めさせてほしいという嘆願書が出ていて、こんな有り様である。少子化の影響で年々教員の採用が減少する一方で、こんな教師が現場から外されていたにも関らず、給料をもらい続け、その身分が保障されていたことに腹が立つ。民間企業のリストラ振りを見よ!。
同じ千葉県内の小学校でありながら、しかも、PTA活動に関わっていたにもかかわらず、私はこのような問題教諭の話をこれまで聞いたことがなかった。けど、この小学校の戦い方は間違っている。署名や嘆願書では手ぬるい。私なら、全児童の登校を止めさせ、一斉ストライキを仕掛ける。しかも、あらかじめそれを予告し、その声明を市長、市教育長、市議会議員、県教育長、そしてマスコミ等に発表しておく。ついでに当日は児童達を連れ立って、市役所に押しかけるのも良いかもしれない。少なくとも誰かの責任問題になるだろう。敵はこの問題教師だけでなく、このような不適格者をそのままにしている側の責任も問うべきである。
さて、はねとばされる前後のこの校長の心理を探ってみよう。まさかはねられるとは思いもせず向かって行っての結果なのか?、それともはねとばされることも予期して向かって行ったのか?。もし、後者だとすると「そういう手もあったか」と思わずにいられない。学校を舞台に傷害事件を起こし逮捕された者を引き続き教壇に立たせるわけにはいかないだろう。いずれにせよ、この校長は自らの身を挺して事態の収拾を果たしたのである。「偉いぞ、校長!」。
(秀)
営業の応販で客先同行した(←サラリーマン以外の人にも通じるかな?)。久しぶりの外出である。ついでに良い天気だ。そつなく仕事も終わって、会社へ戻るために地下鉄の駅に向かっている最中、スターバックスを発見し、「休憩」と称し、店へと吸い込まれて行った。スターバックスは新興と言うか後発で、かつて私がよく外に出ていたときにあったのはドトールが多かった。あるいはドトールと同じ様な店の作りや値段付けをした店だった。
ひょっとして、スターバックスもドトールも近所にない人にはこれが何なのかまだ分かっていないかもしれないので、書いておくが、両方ともコーヒースタンドである。喫茶店と言うよりもファーストフード風のセルフサービスの店である。幾つかのバリエーションでのコーヒーの品揃えの他に、オレンジジュースやパンなども売っている。
スタバのコーヒーの値段はドトールのそれの約2倍である。それでも三百数十円程度と喫茶店に比べれば確かに安い。この価格差のポイントは椅子に座れるかどうかにあった。ドトールは立ったまま、(夏場なら)グーッと飲み干し、汗が引いたのを確認してさっさと出ていくのが正しい作法である。サラリーマンと思しき人が多いのが特徴である。一方、スタバは腰を下ろして、通りをせわしく歩き去っていく人々を眺めながらでも、ゆったりとカップが汗をかくのも気にせずに、まさに休憩として利用するのが好ましい。好きな本を読むのも良かろう。
店の地下へと吸い込まれた我々は、ソファに腰を下ろすと、しばしの休息を行った。地下なので、自分のはもちろん、煩わしい他人の携帯の呼び出し音や会話もなくて、それもまたうれしい。「うちの駅の近くにスタバがあるんだけど、今度は横にドトールができてるんだよ」、と自分。そのスタバはいつも繁盛しているようだが、これで熾烈な競争が始まることだろう。「サラリーマンはスタバよりもドトールに入りますね」、と連れが言う。「安いから?」、「いいえ、たばこが吸えるからですよ」。たばこを吸わないので、そんな意識は全くなかった。カップのアイスモカが底を突いてしまった。時計を見て一旦地上に出ると、すぐ側の地下鉄へと再度吸い込まれて行った。
(秀)
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