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現代人たる者、日々ストレスを溜めながら暮らして行くことはもはや避けられない。何もあなただけが世の中のストレスを一手に引き受けているわけでない。このように日常生活で溜まったストレスを解消するには、非日常的な状態に身を投じるのが良いかもしれない。とりあえず私は会社を休むとともに、コラムもお休みして。イカン、イカン。会社はともかく、コラムまで休んでは、かえってストレスが溜まってしまいそうだ。
手軽なところでは、「飲む」だろうが、あいにく私はほとんど飲めない。「食う」にしてもそれほど食に対するこだわりはない。好き嫌いも多いし。「無駄遣い」という手もあるが、晴れた気以上に浪費を悔いることが多い。結局はマイナスである。やはり、日々の喧騒から離れてゆったりと温泉につかるというのが良さそうだ。旅館の畳の上で大の字になって、あくびをきめてみたい。かと言って、暇も金もないので、手っ取り早く銭湯にでも行ってみるとしよう。
読者の中にはリフレッシュのために旅行に出掛ける人もいるだろう。しかし、私は出不精だ。帰省ぐらいでしか家を空けることはない。やがて、(今住む)家に帰る日が近づくにつれ、何となく落ち着かない。そして、家にたどり着くと、いつもこの台詞が自然と出てしまう。こんな人は結構多いのではないだろうか?。さあ、皆さんもご一緒に。「あ〜ぁ、やっぱり家が一番」。
(秀)
冷蔵庫を開けると、丁度目線の高さにプリンと茶碗蒸しが隣り合って並んでいる。プリンはグリコプッチンプリン、でかいやつ。きっと、子供のおやつなんだろう。茶碗蒸しはスーパーなどで100円ぐらいで売っている、出来合いのアレである。近々夕飯のおかずが寂しい時に温められて、食卓に登場することだろう。
かつて、プッチンプリンの登場は衝撃的だった。そもそもそれまでのプリンというのは、ケーキ屋などで買って来るか(かと言って、そんな機会は滅多にない)、スーパーで売ってる、「ハウス プリン」のような粉末のプリンの素を買って自作するもので、スーパーの冷蔵庫の棚に、出来合いのプリンが並んでいた記憶はない(記憶がないだけかもしれないが)。それがプッチンプリンが登場するや大ヒットし、スーパーで他のメーカーのものも含めて出来合いプリンの陳列が始まった。
プッチンプリンは国内のプリン普及におけるエポックメイキングな食品なのである。多くの人はあの「プッチン」機能を評価しているだろう。しかし、私としてはあの形をまず第一に誉めてあげたい。あのプリンの形も画期的だった。爪を折って、そこから空気が入るだけの簡単な仕組みであるが、取り出された見事な形、しかもカラメルが良い具合に載ったプリンを眺めて、喜んだものだ。
ここで一つ私のアイデアを。グリコはモーニング娘。をポッキーのCMに使用しているので、そのままプッチモニをプッチンプリンのCMキャラクターに使用すれば良いと思う。プッチモニの略称「プッチ」を掛けて、コピーは「プッチもプッチン!」。ベタ過ぎるかな?。
一方のカップ茶碗蒸しも、これまで家庭で自作する手間から考えれば、圧倒的に手軽で、茶碗蒸しが食卓に並ぶ回数を一気に押し上げたことだろう。これまた、画期的だった。いっそのこと、「プッチン茶碗蒸し」でも出れば、もっと世間は驚くだろう。プッチンして姿を現わした塊がほんのりと湯気を出しているのを見て、きっと子供達は大喜びだろう。あれーっ?、電子レンジから甘ったるい匂いがして来たぞ。茶碗蒸しだと思って手探りで冷蔵庫から取り出し、レンジに放り込んだのはプリンだったりして。
(秀)
先頃発表された長者番付の上位に多くのIT関連の長者様がランクインしていたようだが、今日の話はそれとは対極にいる、新しいパソコンを満足に買うこともできない、哀れなコラムニストの話である。彼は秋葉原通いの度に、わらしべ長者の如く、パソコンをアップグレードしていった。わらしべ長者の話そのまま、元手がタダというわけではないが、非常にチープな割にはそこそこのスペックのノートパソコンを手に入れた。
●第一段階
まず手始めに、中古パソコンショップで1台のノートパソコンを買う。7,800円(詳細は第469話「7,800円パソコン」参照)。スペック的には、CPU:Pentium75MHz、HDD:810MB、メモリ:16MB、ディスプレィ:SVGA(但し、256色)。OSもなし。必要な環境をセットして、インターネットに繋いでみるが、回線は速くてもCPUが非力なため、データ転送が終わっても画面表示がもたつく。
●第二段階
今度はジャンク(第469話参照)パソコンに手を出す。先日買ったマシンの後継マシンのジャンク品を1,000円で購入。但し、HDDやメモリはなし。同一メーカーであるため、筐体は違うが、パーツの互換性はあるようだ。早速、前のマシンからHDDやメモリカードを移し替える。うまくはまって大喜び。これで、前のマシンとの変更点は、CPU:Pentium100MHz、ディスプレィ:色数が6万5千色に増色(解像度はSVGA変わらず)、メモリカードスロットが1つ増えた。速くなった様な気がする。ちょっと良い気分。
●第三段階
メモリカードスロットに1つ空きができたので、メモリカードを買う。16MBで2,000円。これで、マシンのメモリ総量が32MBになる。最近のメモリに比べると非常に割高であるが、しょうがない。
●第四段階
今度もジャンクに手を出す。運良く、筐体が同じ、同一シリーズの後継機のジャンク品を1,000円で発見。もちろん、HDDはないし、今度はFDDもない。しかし前回のマシンから使い回せるので問題はない。筐体やマザーボードそのままにシリーズ化してくれるのはこんなときうれしい。これで、CPUが133MHzになる。買って帰ってから気付いたのであるが、アップグレードはこれだけでなく、画面の解像度がXGAになることが判明。しかし、困ったことにBIOSにパスワードがかかっていて起動できない。しょうがないので、手こずりながらも解体してマザーボード上のバックアップバッテリーを外す。パーツの組み替えも終わって起動すると、本体組込みのメモリ分8MBのメモリが増えていた。これで40MB。これまたラッキー。
●第五段階
次々とマシンスペックはアップしていくが、当初から使用しているHDDは810MBのままと、ちょっと寂しい。そこで今度はHDD探しを始める。結果、1.4GBのHDDを2,800円で購入。これまた大特価!。但し、ディスクの交換を行うとOS等の再インストールが必要となるため、この作業にはまだ着手していない。
●まとめ
これまでの支出総額、14,600円。これを中古ショップで買うと、35,000円から40,000円は下らないだろう。XGAのディスプレィが高評価である。ジャンク品とは会社で導入していたものがリース期間が満了し、それが何等かの理由で中古市場に流れたもののようだ。だから、5年くらい前の機種となる。ディスクやバッテリーが外されていたりと、そのままでは使用できるものではないが、パーツとして見ればなかなか魅力である。さらなるアップグレードを目指して、後継機のジャンク探しはまだ続くかな?!。
(秀)
高校の時には、深夜にラジオを聴きながら勉強をするのが日課であった。こんな人、結構多いのではないだろうか。勉強はさておき、ラジオだけを楽しんだ人も含めて。深夜1時からはオールナイトニッポンというのがお決まりであるが、それまでの時間は「青春キャンパス」や地元のAMローカル局のオリジナル番組を聞いていた。もちろん、全国ネットの番組も地方のローカル局を経由して聞いていた。
その地方ローカル番組の中で私がもっとも好きだったのは、福岡の局がやっていた「パオーン!ぼくらラジオ異星人」という番組であった。おぼろげな私の記憶では新聞のラジオ番組欄には「パオーン!」と表記されているだけで、番組名の文字としての表記がこれであっているかどうか今となっては分からないが、ラジオでコールされる番組名はこうであった。男性局アナが日替わりでパーソナリティを務める、中高生(主に高校生)向けの番組であった。番組中に福岡の有名高校の話題が出るなど、ご当地色の大変濃い番組だった。番組の中身については機会があったら改めて書くとしよう。
番組の最後はしんみりとパーソナリティがリスナーからの手紙を次々と読むコーナーであった。そのときのバックミュージックが「ベイビー・カム・バック」という曲だった。これは'78年にプレイヤーという米国のバンドが出したヒット曲である(この番組で流れていたのは'82、83年頃)。サビの部分の「ベイビー・カム・バック」という部分には聞き覚えのある人も多いだろう。
コーナーに寄せられたリスナーからの手紙のほとんどは恋の告白や片思いの様子を綴ったものだった。オールナイトニッポンなどにはない、地方ローカル番組ならではこその、もう1つのメディアとしてのラジオの楽しみがそこにはあった。別に自分がこのコーナーに手紙を出したり、このコーナーで自分へのメッセージが読まれたわけではないが、当時同じような悩みを抱える同じ年頃のリスナーとして、耳を傾けていたものだ。また、その雰囲気に良く合った曲だった。だから今でもこの曲を耳にすると、あの頃を思い出して、胸がキュンとなってしまう。
(秀)
デスクトップパソコンを買うとなると、置き場所も考えなければならない。文字通り、基本的に常設できる机が必要となる。一方、ノートパソコンとなると使わないときは畳んでしまい込むことができるので、買う以前から置き場所に頭を悩ませるようなことはあまりない。むしろ、置き場所にこだわらないところが、ノートパソコンの良さでもある(、とちょっと前までは思っていた)。
ノートパソコンとなると、外出先に持って行って使用するようなことも可能であるが、私としてはそれ以上に、家の中での使用場所を指定しないパソコンとしての側面を支持している。リビングの座卓でテレビを見ながらインターネットもできる。座敷でも良いし、その気になればトイレにも持ち込める。デスクトップパソコンではこうもいかない。
しかし、ノートパソコンをしまい込んでいると、使用する前にはセッティングが必要となる。これが結構面倒である。電源ケーブルはバッテリーで何とかなるとして、インターネットに繋ぐとなるとイーサネットのケーブル(電話線の人もいるだろう)にも接続しなければならない。ケーブルをずるずると引き回し、リビングで使用するのはスマートでない。ここは一気に無線LANを導入して、ケーブルから解放された環境の構築に心が動く。思い立ったときすぐに、(家の中の)好きなところでパソコンが使用できるとなると、パソコンの使い方も変わるかもしれない。
何も問題は使用前のケーブルの接続だけではない。逆に使用を終えるときはこれらを片づけなければならない。そして、邪魔にならないところに移動して保管することになる。私の場合はノートパソコンをパソコンバッグに入れて、リビングの隅に立てて置いている。バッグに入れてしまうと、使用前後のセッティングと片づけがますます不便になるが、こうでもしないと保管場所に困ってしまう。机の上に置くスペースがあるなら、そこに常設するかもしれない。しかしこれでは使用のための移動の度に、面倒なことの度合いが増えてしまい、ノートパソコンの良さが半減してしまう。ましてやデスクトップパソコンは既にある。
冒頭、ノートパソコンは置き場所に困らないと書いたが、必ずしもそうではないわけだ。常設しないのであれば、保管場所が必要であるし、使用前後のセッティングと片づけも必要となる。ちょうどデスクトップパソコンとノートパソコンはベッドと布団の様な関係だ。かと言って、保管場所に困ったノートパソコンを押入にしまい込むのは心苦しい。
(秀)
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