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〜 厄年の女
田舎にもこんな小洒落たバーが出来ていたのには驚いた。
2年越し、いや出会った頃から数えれば10数年越しにやっとたどり着いたデート。同窓会の二次会に向かう一行から彼女と二人抜け出して、こうしてバーのカウンターに並んでいる。
久しぶりに彼女と会ったのは去年の同窓会の時で、高校を卒業して以来のこと。声を掛けて来たのは彼女の方だった。
「秀野君、久しぶり。ここ座っても良い?」
そんな感じで既に酔った彼女が私の隣の席に座った。タイミング良く、私の周りには誰もいない。
「結婚しちゃうと何かみんな所帯じみて、ヤダヤダ。育児の話に亭主の悪口。だから、抜け出して来たの」。
彼女の目線の先にはそんな女性達の輪ができていた。こんな酔った彼女の姿を見たのは初めてだ。高校の卒業以来会っていないのだから、酔った彼女を見るのが初めてなのは当然のことだが。
「私達って今年32歳でしょう」。
「うん、俺はもうなったけど」。
「厄年なのよ、厄年。分かる?。去年から私の男運が悪いのはこのせいだと思うわけ。まったくもうー」。
受付でもらった参加者の名簿を見ると、女性の多くは旧姓が括弧でくくられた形で表記されていたが、彼女の名前は昔のまま、「片桐恭子」であった。
丙午生まれの女が人生最大の厄年を迎えた。そんな女性達が数十人規模でここに結集している。この負のエネルギーはいかばかりか?。
「私、秀野君好きだったんだから」。
この言葉を最後に、彼女はグラスを置いたまま、またふらりと女性達の集団の中に消えていってしまった。
− つづく −
(もちろん、フィクション)
(秀)
〜 ガチャ切りの女
翌日、と言っても去年の翌日。
「もしもし、秀野君?。私、分かる?」
「うん?!」。
「キョウコよ、カタギリキョウコ」。
「ああ、昨日はどうも」。
「ねえ、昨日私、あなたに何か変なこと言わなかった?」。
「変なこと?。ううん、別に何も。(あの告白のことか?)」。
彼女からの突然の電話には驚いた。どうして自分の携帯の番号を知っているのか気になって聞いてみると、昨日何人かに教えた番号が出所であることが分かった。
「ねえ、今日何してる?。これから会えない?。...」。
「ごめん。今空港なんだ。明日から仕事だからこれから東京に戻るんだ」。
「ツー、ツー、ツー.....(いきなり電話切れる)」。
「うん?!」
電波の状態は悪くないはず。向こうの電波の状態か?。しかし、その発信元の番号は携帯のものではなかった。
とりあえず、自分から掛けなおしてみる。
ワンコールで相手は出た。しかし、声が違う。
「ダメだよ、秀野君電話して来ちゃ。あーあ、負けちゃった。ちょっと替わるね」。
「もしもし、びっくりした?、驚いた?。今の声?。真由美だよ」。
まんまとはめられた。彼女たちは前日の同窓会で聞き出した男達の携帯の番号に電話をしてはガチャ切りし、その後に相手が電話を掛けてくるかを競っていたらしい。30過ぎた女がそんなことで遊んでいるとは。もちろん自分はそんな女達に遊ばれている、これまた30過ぎの男である。
− つづく −
(もちろん、フィクション)
(秀)
〜 噂(好き)の女
あのガチャ切り電話の後、来年の同窓会での再会を約束して、しばらく彼女のことは忘れていた。来年もまた同窓会があるのかどうかは分からないが、そんなことはどうでも良い。とりあえず、再会の口実が出来たことだし。
やがて、次の夏がやって来て、郵便受けに往復ハガキが届いていた。
そして、舞台は冒頭のバーのカウンターに戻る。
「でね、あのときの真由美とかとの電話勝負は私の圧勝で、お金掛けてたから儲かっちゃってね」。
「ああ、あれね。俺もはめられた」。
「別にそんな言い方しなくても良いじゃない。悪かったなー、と思って、ちょっとおごってあげようと、今日は誘ったんだから」。
「あのときの犠牲者全員におごっていたら赤字だろうよ」。
「ばっかねー。秀野君だけだよ」。
「えっ?」。
「やっぱり私、去年の同窓会のとき、あなたに変なこと言ったよね」。
「変なことって?」。
「ずるいなー、とぼけちゃって」。
「あーあ、思い出した(本当はもちろん、ずーっと覚えていた)」。
「同窓会ってそんな気分になっちゃうんだよなー。あの後も、真由美とか和美とかと会ったりしてるんだけど、周りの色々な後日談が出て来てさ...」。
「例えば?」。
「あの、.......(ヒソヒソヒソヒソ)...」。
「え〜〜っ!!?」
誰と誰がどうなった、という、あまりにもリアルだったり予想外だった話に絶句してしまったが、それ以上に具体的なあんなコトこんなコトが、彼女の口をついて、露骨な言葉として出て来ることに驚愕した。
それに、彼女の吐息が私の耳を刺激する。
− つづく −
(もちろん、フィクション)
(秀)
〜 頬杖をつく女
彼女の話にはもう一つ驚くべき点があった。同窓会の後日談と言われる話があまりにも筒抜けであることだ。ということは、今夜の自分たちのことも暫く後には彼女達の噂話のネタにされているかもしれない。しかし、何しろ10数年の念願叶ってのデートである。ためらっていられようか?。葛藤が始まる。
酒のせいか、彼女は饒舌である。
「実は3年前の春に付き合っている人と『結婚しようかな?』と思ったりしたわけ。お互いの親にも会ったりして。けど、マリッジブルーって言うのかな、『ここまで独身だったんだから』って、欲が出ちゃって」。
結婚話の1つや2つ、30過ぎの女性にはあまり驚くべきことではない。
「けど、条件が良かったのもそれまで。欲を出したがために、30過ぎるとパッタリ。合コンのパーティとかに行っても、こちらの気持ちが読まれているのか、近寄ってくるのは、金があってもオヤジばっかりなのよ」。
「あの頃、私、秀野君が好きでさー。だから、その秀野君とこうして二人でいるだけで何か落ち着かなくってね。秀野君、私をなぐさめてー」。
一気に胸の奥から言葉を出し終えると、彼女は大きな溜め息をついて、カウンターに両手で頬杖をついた。そうだ、思い出した。これが彼女の癖だった。
そして、自分は昔も今も頬杖をつく女に弱いことを改めて確信した。
もう、ためらってなんかいられない。心の中でアクセルを踏み込んだ。
こんな田舎では、電車がなくなる時間まで時間を稼いで、お互い帰れなくなってしまったことを口実に夜をともにするような作戦は取れない。二人とも電車でここには来ていないし、そもそも田舎の電車は既に終わっている。
それに、タクシーで送る振りをして部屋に上がり込もうにも、田舎に、そう一人暮らしの女性はいない。彼女も親と同居しているようだ。
− つづく −
(もちろん、フィクション)
(秀)
〜 気づかない女
このままずっと、この店で暇を潰しているわけにはいかない。
わざと時計を見て、次のアクションへのサインを送ってみた。
「どうしたの、時間なんか気にして?。何か用があるの?」
「ううん、別に。用はないけど、そろそろ眠くなってきたなあ、なんて」。
「私も酔っぱらって、ちょっと眠くなって来ちゃった」。
「じゃあ、そろそろ、ここ出ようか?」。
「何?、今日はこれでバイバイ?」。
「いや、もっと静かな所へ行こう」。
しばし、お互い黙り込む。
「やーだ、秀野君、Hなこと考えているでしょう?」。
私は片手に会計伝票、そしてもう一方の手で彼女の手を握ったまま、動きが止まった。
途端に彼女が笑い出す。
「私ねー、ダメなんだ。相手も自分のこと好きなんだなあ、って分かった瞬間に冷めてしまうの。最初、私の方から好きになって、けどお互いの気持ちが通じ合った途端に何だかドキドキ感がなくなってしまって。片思いってさー、究極の恋愛のスタイルだと思うんだ。現実が理想を上回ることなんか有り得ないし。100から始まってあとはそのポイントが減って行くばかりだから。と言っても最近は100から始まることもないけど。結局私には片思いがお似合いみたい」。
彼女のドキドキ感があろうとなかろうと、今私の心臓は大きく鼓動している。
「確かに私は秀野君のこと好きだったし、今はもっと好きかもしれない。けど、こうして二人っきりでお酒が飲めただけで十分。口説かれるのはうれしいけれど、何かあの頃の思い出までも壊れてしまいそうでやだなー。まさか、そんなつもりで一緒にいたの?」。
そんなつもりも何も、世の多くの男達はそうである。しかも、盛んにシグナルを送っていたのはそっちだ。
そのとき、彼女の携帯が古い映画のメロディを奏でた。彼女はバッグから探りだすと私のことなど気にせず喋り出した。確か、「男と女」という映画だったと思う。
やがて電話が終わると、
「ごめん、これから予定入っちゃった。ここは私がおごるから」。
と、私の手から会計伝票をもぎ取り、さっさと勘定を済ませてしまった。
「また電話してよ。明日でも良いし」。
そう言って小さく手を振ると、さっきの眠気はどこへやら、彼女は急いで店を出て行った。
カウンター越しのマスターの視線が痛い。
「(明日は東京に帰るんだよ)」。
全てが一気に萎えた。
彼女がいまだに独身なのは、厄年のためでなく、「片思いがお似合い」なわけでもなく、無意識のうちにこんなはぐらかしを男にかましてしまうからに違いない。彼女はこのことに気が付いていないようだ。
彼女に電話をして来た相手が女性なのか、男性なのか、そんなことを気にしてもしょうがない。
けど、恋がしたくなった。自分も片思いがしたくなった。
そしてまた、来年も「片桐恭子」に会いたくなった。
− 完 −
(もちろん、フィクション)
(秀)
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