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最近のドラマはほとんどが1クールの10回+αで終了するものが多いが、その中で伏線を張ったものが多い。ドラマの伏線とは、メインストーリーとは別のサイドストーリーが用意されており、最終的な結末に於いてこの2つに因果関係があるというものである。そのためには毎回わずかながら(わずかでない場合もある)、サイドストーリーの展開が映し出される。
伏線はドラマを最後まで見終わって、「なるほど!」と言わしめたり、それによってストーリーの濃度を上げていくには有効な手段である。しかし、あまりにもこの手法におぼれてしまうと、ストーリーの幅が狭くなってしまう可能性がある。「ストーリーの幅が狭くなる」とは主人公の周辺で全てが解決してしまい、リアリティが薄れることであり、結果として強引な展開とならざるを得ないことである。このため毎回同じ登場人物だけで展開するドラマは面白くないことが多い。中にはサイドストーリーだと思って見ていたものが、いつの間にかメインストーリーと入れ替わる様なドラマも現れた。これは1度でも見逃していると話についていけなくなる可能性が高い。
毎回登場する人物でも主人公やストーリー展開には全く関わりがない人がいても良いし、登場人物にあまり多くの意味を持たせる必要はないと思う。現実社会はそんなものである。伏線はストーリーを複雑化していく上で確かに有効であるが、最近はそれにおぼれているものが多いように感じる。サイドストーリーがあまりにもチープな結末であったり、メインストーリーに何の影響もなかったときには落胆してしまう。リアリティの隙間から垣間見える非日常を私はドラマに求めている。
(秀)
昨日、テレビのニュースで子供達が霞ヶ関の中央省庁を視察して回るイベント(?)が行われたと報じていた。田中外務大臣が「他の仕事のため会えません」と言っておきながら(別に大臣本人がそう言った訳ではなかったようだが)、実は夏休みだったというミソを付けた視察イベントだったようだ。
きっと田中大臣が執務中であれば、外務省への取材が集中し、テレビでもその様子が映し出されたであろうが、お休みなので、代わって画面に登場したのは塩爺こと塩川財務大臣であった。支持率も高く、何かと話題の小泉内閣であるが、役者という面ではこのあたりで打ち止めだろう。坂爺ではいまいちインパクトがない。扇大臣もちょっと...。まあ、全ての省庁がこの日に子供達の視察を受け入れたのかどうかは知らないが、財務省への取材はまあ無難な選択だっただろう。
「何でも聞いてちょうだい、何でも答えるから」とあの笑顔で子供達に語りかけていたが、所詮相手は小学生である。「塩爺と呼ばれるのはどうですか?」、ぐらいの質問しかしない。「何でも答える」なら、国会でとぼけた機密費の実際の使い道について、聞いて欲しかった。
子供を相手に財政再建について「協力してちょうだい」などと言ったらしいが、何と無責任なことか。300兆円の借金を「子供や孫のクレジットカードを使っているようなもの」と揶揄した言葉があった。まさにその世代の子供達が目の前にいて、勝手に彼らの金を使っておきながら、「ちゃんと返しなさい」と言っているようなものだ。まあ、借金の当事者は宮爺(宮沢前大蔵大臣)だけど。
「後は野となれ山となれ」、「我が亡き後に洪水は来たれ」。この程度の視察なら、霞ヶ関を回るよりも家で格言の勉強をしていた方が役に立ったかも。
(秀)
西郷どんは地元では今でも英雄らしい。同郷の大久保利通の比ではないようだ。同じ職場の薩摩おごじょに教えてもらった。中学生の時に修学旅行で鹿児島に行ったが、観光地の土産物屋で西郷さんの銅像のミニチュアを買ってしまったことがある。通常は2,000円ぐらいのものが500円と言われて得した気分であったが、そもそも2,000円の設定自体が怪しい。せめてもの救いは、その私が持ち帰ったミニチュア銅像を旅行の餞別をくれた父の友人にあげたことで、とりあえず、恥ずかしい証拠品は私の身近にはない。
鹿児島の西郷さんの銅像は軍服を着て険しい表情をしているが、上野の西郷さんは着物姿に犬を連れて、幾分穏和な顔つきである。しかし、犬の手綱を引いたもう一方の手(左手)には日本刀を握っている。散歩時も日本刀を放せないほど命を狙われていたのだろうか?。実は散歩ではなく、ウサギ狩りに行く姿なのらしい。あの上野の森に、着物姿とは何とも不似合いな気がしてならない。まあ、軍服よりは「西郷どん」と呼ぶにふさわしい格好ではあるが。しかし、あの姿は本人に似ていない、と除幕式の時に未亡人が言ったらしい。
さて、もう随分昔の話(20年くらい前か?)になるが、上野の西郷さんの銅像の一部が破損して修復されたことがある。日本刀の紐の部分が欠けてしまっていて、それを直したのだが、その前にあるテレビ番組が上野で「銅像の一部が壊れているらしいのですが、どこだか分かりますか?」というインタビューをやっていた。あるおばさんにそう尋ねると、そのおばさんは「チョンマゲ」と答えた。次のシーンでカメラは西郷さんの顔を映しだしたが、その頭上には鳩が一羽ちょうどいい形でとまっていた。
(秀)
土曜日は朝5時に起こされた。この日、長女が林間学校に出掛ける。6時半までに学校に集合ということで、早朝から我が家は大騒ぎである。夕べはこの集合に遅刻して泣きじゃくる長女を助手席に、バスを追いかけている夢を見た。少し眠たいが、現実は無事で安心した。
3日分の荷物を詰め込んだ大きなリュックを背負い、ヨロヨロしながら歩いて行く後ろ姿を見送った。本当は学校まで荷物を持って送って行きたいくらいであったが、先生達にも生徒達にも面が割れているのでやめた。本人も恥ずかしいだろう。学校まで歩いて5分というのがせめてもの救いである。振り返って何度も手を振っている。
初日の夜には「肝試し」が行われるようだ。彼女はこの事をひどく気にしている。恐がりなのだ。「今年もお父さんがPTAの会長だったら、肝試しなんか中止にしてやったのになあ。あっ、はっ、はー」。もちろん、そんなつもりは微塵もない。本当は、「もっとやれ」と言いたいくらいだ。彼女への気遣い。彼女は月曜日に帰ってくる。
(秀)
指定された銀行口座にお金を振り込む必要が発生し、妻にそれを頼んで、会社に出かけた。しばらく後に妻から無事振込が済んだ旨のメールが届いたが、「振込手数料に630円取られた」と書かれていた。早速、家に電話をして内容を問いただすと、「ATMでは振り込めず、窓口で支払うように言われたのでそれに従ったら、630円取られた」というものだった。通常この手の振込(3万円未満)はATMでキャッシュカードを使って振り込めば210円でできるはず。早速、その銀行の本店に電話を入れた。
振込先は実店舗を持たぬ、新興のネット(電話でもOK)上の銀行である。電話に出た女性に、「○○銀行へはあなたのところのATMからは振込ができないんですか?」、と問いただすと、「確かに操作パネルにこの銀行の表示が出ませんが、窓口に言っていただければ、振込カードをお作りしますので、それを使ってATMからの振込が可能になります」との答が返ってきた。
「窓口で聞きましたが、そのような説明は一切ありませんでした」。
「申し訳ございません。それは本店でのことでしょうか?」。
「いいえ、□□店です」。
「それは大変失礼を致しました。今後このようなことがないよう、徹底いたします」。
「余計に取られた420円は返して貰えないですか?」。
「申し訳ございませんが、それはできません」。
「ああ、そうですか」。
「よろしいですか?」。
「もう2度と使いませんから、良いです」。
相手の言葉が返ってくる前に電話を切った。
電話で説明を受けた内容をメールに書いて、妻に送った。すると、妻はその支店に電話を掛けて、このメールの内容を確認し、窓口の対応が悪くて手数料を多く取られたことに文句を言った様だ。その結果、差額の420円は私の口座に返金してくれることになった。家に帰ると昼間の不満はどこへやら、この顛末のことで妻は饒舌である。
本店の女性はマニュアル通りの対応をしたにすぎないだろう。「徹底いたします」というのも一時しのぎの回答にしか思えない。支店の担当者はあまりにもしつこいクレームに金を払うことで終わりにしたかったのだろう。お互いの立場が分からぬでもないが、この一貫性の無さ、ごねれば得をするという結果に企業のずるさを垣間見た(きっと自分の勤める会社もそうだろうけど)。私は約束は守る。結果として420円返してもらったとしても、本店の女性に言った「もう2度と使いません」という啖呵は守るもんね。
(秀)
from.ごみちゃん
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