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第581話 〜2001/8/29〜

■大失業時代

 7月の完全失業率が5%に達し、過去最悪の状況であることが報じられている。「完全」があるなら、「不完全」があるのか?、と勘繰ったりするが、それはさておき、5%というのは40人学級で半分が男の子なら、その20人のうちの1人が失業しているということになる。もちろん、そんな人が同窓会に出て来ることは稀だが、今年の高校の同窓会の出欠の返信葉書に「ただいま求職中」というクラスメイトがいた。彼は国内大手コンピュータメーカーの名前を冠したその関連企業で働いていたはず。

 世間一般でも見られる昨今の給与体系や雇用制度の変更の行き着く先は、やはり労働市場の流動化、とりわけリストラでしかなかった。リストラという言葉は卑怯だ。正直に「首切り」と言え。でないと、経営者の責任が曖昧に感じられる。折りからのIT不況で、大手家電産業なども大幅な首切りを敢行すると発表している。政府が来年度予算でIT関連の政策の振興を発表した直後にこの有り様では、政府の思惑は焼け石に水だし、この分野の雇用の下支えにも役立っていないことが露呈した。

 ところで、公的資金の導入まで受けた銀行業界はどうなのだろうか?。「省庁改編」と言って、組織を合理化したはずの公官庁にその効果は出ているのだろうか?。「痛みを伴う『構造改革』」、「我慢して欲しい」。ところが、小泉総理は具体的にまだ何もやっていないぞ!。

(秀)


第582話 〜2001/8/30〜

■クラヤミの会社

 会社からの帰り、文庫本から視線を上げると、その視線の先に「クラヤミ三○堂(○は伏せ字)」という社名があった。場所は、有楽町駅と東京駅の間の八重洲口側。東京駅から徒歩3分(ぐらいか?)の都心の一等地に謎の社名を持つ会社が10数階建てのビルにこうこうと電飾の看板を掲げている。

 ずっと前からこの看板はそこにあったのだろうが、気が付いたのは初めてのことだ。一体ここは何の会社なのだろうか?。まるで喪黒福造でも勤めていそうな名前だ。私の中で「クラヤミの会社」として通勤の行き帰りに悩まされた。そして、ある日その看板に引かれるように東京駅で下車し、いつの間にか、八重洲口を出ていた。

 というのは嘘で、インターネットで調べてみることにした。「クラヤミ三○堂」と入れて検索すると、該当がないし、「クラヤミ」でもそれらしいのは出て来ない。「三○堂」と入れると出て来た。あれ?!、私は大きな勘違いをしていたようだ。「クラヤミ三○堂」ではなく、「クラヤ三○堂」だった。漢字の「三」とカタカナの「ミ」は確かに似ている。それが理由だと思うが、わざわざ文字を補って、「クラヤミ三○堂」だと思い込んでしまっていたのだ。

 その会社の正体は、業界トップの医薬品卸会社だった。東証の一部上場企業でもある。「さすがは八重洲に本社を構えるだけはある」と、早くも豹変。その一方で、ちょっとがっかり。しかし、「クラヤミ○堂」と今でもあの看板のロゴは読めそうな気がする。気になる人は検索エンジンに「クラヤ」と入れて探してみると良いだろう。

(秀)


第583話 〜2001/8/31〜

■ケーキの端切れ

 私の実家の4軒先に佐藤さんという家があり、そこはケーキ工場であった。ケーキ工場とはやや大袈裟かもしれない。当時の見掛けはちょっと間口の広い、普通の家だった。ガラガラと戸を横に開けると、土間にはライトバンの車が止まっていて、奥の方から甘い匂いがして来る。「ごめんください」、「ケーキの端切れください」。匂いがして来る扉の向こうがケーキ工場である。

 ケーキの端切れとは、ロールケーキの両端をカットした時の耳のことである。暫く後に佐藤さんの家は改築して道路に面した部分に店を作り、カステラやケーキをそこで販売するようになったが、当時はそこでケーキなどの販売はやっていなかった。あのたくさんのロールケーキは、きっとどこかの委託で作っていたのだろう。このため、佐藤さんところのケーキの端切れはよく食べたが、肝心の本体は食べた記憶がない。

 おじさんかおばさんに50円渡すと、作業台の片隅に無造作に置かれたロールケーキの耳をビニール袋にたっぷり入れて、それを新聞紙にくるんで渡してくれる。見た目はどうであれ、さっきまではロールケーキの一部分を構成していたのだから、パンの耳と一緒にされては困る。スポンジの生地もクリームも良い感じに幾つかの種類がミックスされている。何種類ものロールケーキをちょっとずつ食べているのと同じである。「ガリッ!」とザラメ感のある砂糖の混ざったクリームが最も好きだった。クリームの付いた指を舐め舐め、子供には至福の昼食である。もちろん、食べきれないのでおやつにもなって、一日中食べていた。

(秀)


第584話 〜2001/9/3〜

■シャツの裾

 それがズボンの中にあるべきか、ズボンから出しておくべきかは非常に悩ましい。少なくとも私には明確な判断基準がないため始末に悪い。Tシャツにしろ、ポロシャツにしろ、特に若い人の間でシャツの裾を外に出して着る人が増えている。それが当たり前かのような雰囲気さえある。ところが、こんな風にシャツの裾を出して着るスタイルは、少なくとも私の子供の頃にはなかった。

 今は高校生や中学生の男の子が夏の制服のシャツを出して着ているが、そんなスタイルはかつてはなかった。今ほどではないが、ズボンを腰ではく者はいたが、制服のシャツの裾はちゃんとズボンの中にしまわれていた。「お前、シャツ出てるぞ!」、「いっけねー」、とあわててしまい込んだりした。これは、制服に限らず、Tシャツでもポロシャツでもそうだった。当時はカジュアルショップのマネキンでさえもシャツの裾はちゃんと中に入れていた。

 ズボンにTシャツやポロシャツの裾を入れるのは、もはやおじさんスタイルになりつつある。カジュアルなのに変なベルトをして、白い靴下を履いていたら完全にアウトだ。潔く、おじさんであり続けよう。私の場合は中途半端で踏ん切りがつかない。とりあえず、スーツを着る場合のワイシャツの裾を出して着る作法は今のところ無い。おそらくはこれからも大丈夫だろう。何しろ、おじさん服なのだから。たとえ派手な色シャツでもそうあり続けて欲しい。そして、お腹が冷えるので、パジャマの裾をパジャマのズボンに入れるのは許して欲しい。相当、格好悪いけれど。

(秀)


第585話 〜2001/9/4〜

■記憶の棚卸し

 秀コラムの開始の動機というか、勝手に決めた使命と言うべきか。そもそも秀コラムは自分の「記憶の棚卸し」を目的として始めたのだった。社会や不正義に対して不満をぶつけたり、滑稽に批判してみるのはむしろ本題ではない。しかし読み返してみて、実にこの分野のコラムが多いというのはそれだけ住むに穏やかでない、世知辛い世の中だということだろう。

 結構他人様と比べると自分は昔のことを覚えているようである。しかしも広範囲に、かつ鮮明に。しかし、このことを誰にも伝えないでおくといずれは風化し、私の記憶どころか、世の人々の記憶からも抹消されてしまうに違いない。そこで、自らの「記憶の棚卸し」を行い、稚拙ながらも文章にまとめてみようと思った。そして読んでくれた誰かに楽しんで貰えればうれしい。

 ふとしたところで、自分のコラムが引用されているのを発見した。Yahoo!オークションに子供用自転車「ドレミ号」が出品されており、その商品紹介に私の書いたコラム
(第277話「謎のドレミ号」)が部分引用されていたのだ。最初は「同じ様な人がいるんだなあ?!」としか思わなかったが、「文章の言い回しまで似ている」と思った途端に気が付いた。

 無断引用だったことを別に怒っちゃいないが、お返しに写真を我がWebにて転載させてもらった。私のコラムも誰かの役に立っているかと思うと、やはりうれしい。本来ならば私がこのドレミ号を買い取ってやりたいぐらいだが、25万円では手が出ない。

 ところで、このドレミ号の出品者は私のコラム、しかもこの回の話をどうやって見つけたのだろうか?。読者かな?。試しに検索エンジンで「ドレミ号」と入力してみたら、秀コラムのこの話のページが先頭でヒットした。この人もたぶんこうやって見つけたのだろう。けど、ちょっと笑えた。先頭でヒットするのは気持ち良い。

(秀)


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