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第586話 〜2001/9/5〜

■代役

 「稲垣吾郎 逮捕」というスポーツ新聞の見出しを朝のテレビで見たとき、「大麻か?、覚醒剤か?」と思った人は少なくないだろう。数日前のいしだ壱成からのルートでの逮捕だと私も最初はそう思った。それが、駐車違反に公務執行妨害(後から傷害容疑もこれに加わった)だったと分かった途端、スポーツ新聞の狡さをちょっと怨んだ。

 さて、一方のいしだ壱成容疑者(芸能人は呼び捨てであるが、犯罪者には容疑者という肩書きが付く)の方であるが、ちょっと話題の旬を過ぎてしまったが、彼が「大江戸ロケット」という芝居の大阪公演の最中に逮捕されたのが、マスコミには好都合だったようだ。「(東京公演は)中止か?、代役か?」と書き並べたが、誰も本気でこの公演の行く末を気にしているはずはない。ただ、今回の代役にはちょっと肩すかしを受けた感が否めない。

 「山崎裕太?、誰それ?」。多くの人がそう思ったに違いない。私もかろうじて「あっぱれさんま大先生」に出ていたというヒントで何とか分かった。しかし、それは随分昔のことで、最近の彼の活躍、まさか俳優になっていたとは驚いた。「東京公演(までも)を中止にすると大きな金銭的損害が出てしまう」というのが主催者側の本音だろうが、それならそれなりにもっとビッグネームをブッキングするべきであろう。山崎裕太でさえ、芸能マスコミは興味本位で取り上げてくれたのだから、ここは一気に芸能マスコミを宣伝媒体として使用する良い機会だったはずなのに。

 この原稿は事件の直後に書き始めたのだが、タイミングを逸して今頃のリリースと相成った。既にいしだ壱成のことに触れるマスコミはほとんどない。逮捕時に一緒にいたと言われる女性が誰か気になるが、このあたりの情報も出てこない。「いしだ壱成(容疑者)逮捕」→「『大江戸ロケット』の公演はどうなる?」→「代役にて公演決定」→「けど、代役のインパクトに欠けるなあ」→「取材終了!」。こうして冷却期間をおいて、この間のマスコミの対応を見てみるとおもしろい。所詮こんなものである。「代役公演不発」、「いしだ壱成被告初公判」。次に芸能マスコミが狙っているのはこの線だろう。いしだ本人としては拘置所の中にいる、今の自分の代役が欲しいのではなかろうか?。「花村大介」での弁護士ぶりは今やどこ。

(秀)


第587話 〜2001/9/6〜

■遅れて来たアイドル

 松浦亜弥。彼女のポジションは微妙である。「モーニング娘。」の妹分として、同じつんくがプロデュースするアイドル歌手である。「モー娘。」に入ればそれなりに人気が出るであろう。少なくとも新たに加わった4人よりは良いと思う。にもかかわらず、彼女はピンのアイドルだし、「モー娘。」に比べるとテレビなどへの露出も極めて少ない。それなりの素材を持ちながら、現状に甘んじている不遇さが、微妙なポジションというわけだ。先般のシャッフルユニット「三人祭り」のメンバーであったが、やはり露出は少なかった。認知度もあの3人(石川、加護、松浦)の中では最も低いはず。

 そんな彼女の3枚目のシングル「LOVE涙色」が5日にリリースされた。一言で言うと、80年代のテイストを持った曲である。詞の中に「メール」というかつて(80年代)なかった単語が出て来るが、曲は80年代のアイドル全盛期の感じを持った曲になっている。アレンジ(特に、後半サビの繰り返し前のギターソロ)もまさにそんな感じ。

 松浦亜弥、彼女は遅れて来たアイドルだ。80年代のアイドルを彷彿させる感じがある。特に彼女について詳しく知っているわけではないので、単に新曲のイメージだけで判断しているに過ぎないが、つんくもそのあたりを狙っているような気がする。初めてこの曲を聴いたのは、先月の「モー娘。」メンバー追加オーディションの放送で、レッスン曲として候補者が歌っていたものだった。サビの部分が候補者毎に何度も流され、すっかり刷り込まれてしまった。あれは「松浦亜弥新曲サブリミナル番組」だったかもしれない。この曲は良い線行きそうな気がする。

 新曲発売日の会社の帰りにCDショップをのぞいたら、2軒で既に売り切れ。あのオーディション番組でのサブリミナル効果が出たのであろうか?。どんな人が買っているのだろう?。彼女と同年代の男性か?、「モー娘。」も好きな少女達か?、それとも80年代のアイドルテイストを懐かしんでいる私達の世代か?。3軒目でようやく手にできた。カウンターで「ポスター付きますけど、お付けしますか?」と聞かれた。もちろん、「付けて下さい」。そう答えた時の私は10代の少年の様な気分であった。

(秀)


第588話 〜2001/9/7〜

■宿題

 宿題は家でやるものである。帰りの電車の中でやるものではない。宿題は前の晩にやるものである。朝、電車の中でやったり、昼休みにやるものではない。最近、日々のコラムのリリース時刻が遅れている。原因は至極私的なことで、ここで明らかにするのもはばかれるようなものなので控えるが、前夜にメルマガの配信をセットし、Webも更新しているときに比べると、ちょっと気分がすっきりしない。宿題を忘れた子供のような感じだ。

 「宿題を忘れる」というフレーズにも4つのパターンが存在する。1つ目は病気などの不可抗力により、宿題ができなかった場合。これは先生に許して貰える可能性が大きい。2つ目はやったけど、家に忘れてきた、というパターン。3つ目は確信犯的に宿題をやらずに「忘れました」というパターン。そして、4つ目が宿題が出ていたことすら忘れてしまっているパターン。「忘れる」にも種類があって、単に持ってくるのを忘れるのと、やること(宿題が出ていたこと)を忘れるのには大きな違いがある。確信犯でありながら、「やったけど、家に忘れてきました」なんて言う強者もいる。

 私も子供の頃には上記の4つ目のケースで忘れたことが何度かある。学校に着いて慌てて始めたり、友達に見せてもらって写したりもした。プリントのような場合は良いが、漢字の書き取りとなると、この手は使えない。ひたすら書くのみ。そう言えば、宿題係というのがいて、朝、宿題の答合わせをする時間というのがあった。普通は赤ペンで丸を付けたり、間違ったところの答を書いていくのだが、白紙のプリントに鉛筆で答を書き込みながら赤ペンで丸付けをする、更なる強者もいた(私ではない)。

 平日日刊であるため、日々のコラム執筆を忘れるようなことはない。頭の片隅にはいつも気に掛かっている。それでも忘れる(遅れる)のは確信犯なのだろう。遅れながらも、せっせと書く。こればかりは友達に見せてもらうわけにはいかないから。

(秀)


第589話 〜2001/9/10〜

■欽ちゃんはおもしろかったか?

 欽ちゃん、萩本欽一。彼は本当におもしろかったのかを検証してみたい。もう20年近く前のことになるだろうが、彼はテレビのレギュラー番組を連日抱え、その視聴率を合計すると100%にも達するほどであった。月曜日は「欽ドン」、水曜日は「欽どこ」、そして金曜日には「週刊欽曜日」と。

 「欽ドン」は、「欽ちゃんのドンとやってみよう」というタイトルを縮めたもので、かつては土曜日の夜7時半からの1時間半の番組だった。その中の「母と子の会話」、「レコード大作戦(曲の一部分を会話として使用し、オチをつける)」などのコーナーは、そもそもはラジオ番組でリスナーからのはがきで構成されていたものだった。もちろん、ライバルは「8時だヨ!全員集合」である。結果は全員集合を脅かしはするものの、新規加入の志村のブレイクにより破れてしまう。やや蛇足であるが、「8時だヨ!全員集合」は裏番組であった「コント55号の『世界は笑う』(フジテレビ)」という番組の対抗馬として登場し、それに勝利していた。

 その後、欽ドンは「欽ドン 良い子悪い子普通の子」という形で、再登場する。冒頭の欽ちゃん全盛期はこの頃である。彼の周りには色々なキャラクターが存在する。しかし、いずれも素人っぽい。欽ちゃんはそれをからかって、いじくって視聴者の笑いを取っている。自ら仕掛けて笑いを取るのは、「欽ちゃん走り」くらいであろう。このスタイルは上記のそれぞれの番組にとどまらず、今も司会を続ける仮装大賞でも同様である。彼の笑いは人を陥れるようなことはない。だから子供からお年寄りまで幅広く好まれている。しかし、熱狂的とは言えない。おばちゃん達が通りすがりの芸能人を見つけて「いつも見てるよ」と言っているのとあまり変わっていない気がする。

 さて、結論であるが、彼は決しておもしろくはなかった。所詮素人や他人をいじって笑いを取っていたに過ぎない。素人相手のツッコミである。欽ちゃんの笑いの正体はそうだったのだ。オリジナリティがない。それでも当時はおもしろいと思っていたなんて、なんと未熟だったのか。けど二郎さんはおもしろいと今でも思っている。

(秀)


第590話 〜2001/9/11〜

■台風接近中

 さて、さて、台風である。台風15号が接近中とあって、いつもより約1時間早く家を出て、何の影響もなく、無事会社に着いた。そして、このコラムを書いている。昨日の終業時に「明日は台風の影響で交通機関の混乱が予想されますので、いつもより早く出社しましょう」という放送を流していた。真に受けたのは私ぐらいで、まだオフィスは閑散としている。間もなく、通勤途中の同僚から「遅れます」という電話が掛かってくることだろう。会社でこのコラムをお読みの(台風の影響下にある)サラリーマン同志の皆さん、まずは無事でご同慶の至りである。

 学校はどうなのだろうか?。子供の通う学校では連絡網が回ってくるまで自宅待機となっている。この時間、うちの周りの子供のいる家庭では一斉に電話のトラフィックが増すことだろう。兄弟がいるところになると、お姉ちゃんの連絡網による話し中で、弟の連絡網が止まってしまうこともあるかもしれない。せっかちな親が連絡網を待てずに、学校に電話を掛けてきて困ると、教頭先生が話していた。こんなお母さんはその後、この情報を友達のお母さんルートに連絡網を無視して流してしまうため、余計に話し中になってしまう。ついでに話し込んだりして。登校したところで、誰もそわそわして授業どころではないだろう(結局、休校になった)。長女は休校や早帰りに備えて、給食の献立表を見ている。「このメニューなら給食がなくなったとしても大丈夫だ」ということらしい。何ともたくましい。

 雨戸を閉めたり、停電に備えておにぎりや缶詰で早めに夕食を済ませることも、ラジオや懐中電灯を用意するようなことなどもすっかりなくなってしまったが、何だかんだ言いながら、大人も子供も非日常を楽しんでいる。無事や所在の確認も携帯電話で簡単にできるようなご時世でもある。昔ほどの騒ぎではないのだろうが、この加減が非日常としてちょうど良いのかもしれない。

 これから台風はさらに首都圏に接近し、風雨もますます強まるらしい。今年2度目の台風騒ぎであるが、今回も先日同様、無事で通り過ぎていくのを願いたい。無事に帰れるかに既に私の関心は動いてきている。

(秀)


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