\
\
35ミリフィルムのカメラを初めて作ったのはドイツのライツ社(現ライカ社)であった。そもそも、これは映画用のフィルムである。このフィルムの2コマ分を使い、24ミリ×36ミリのフィルムサイズカメラを作ったのが同社のオスカー・バルナックであった。これにより35ミリフィルムの規格を「ライカ判」とも言う。そして、画面サイズだけでなく、パトローネと呼ばれる35ミリフィルムの缶詰の規格も誕生する。本来長い映画用のフィルムを切って使用しようと、彼の机の上にあった顕微鏡のレンズケース(缶)のサイズがちょうど良く、それを元にデザインした、と言われている。もちろん、フィルムは暗室でパトローネに詰めなければならない。最初の試作機には50枚のカウンターが付いていたらしい。
この試作から、そろそろ90年近く経つ。その後、量産機を出し、彼がデザインしたカメラは本来「L型」というシリーズ名を持ちながらも、彼の名にちなんで「バルナック型カメラ」とも呼ばれ、多くの人々の垂涎の的となり、現存の(あるいは消えてなくなってしまった)カメラメーカーにも大きな影響を与えた。「ライカ1台で一軒家が買える」と言われた時代である。更に時代は下り、ライツ社は「M型」をリリースし、技術的にも最先端を極めた。しかし、そのせいで一眼レフカメラの開発が遅れ、何度かの経営危機を経て、現状はごく一部のマニア向けのカメラメーカーになってしまった。そのマニアにも「M3が最高」と、もはや50年近く前にリリースされたマシンが技術的に最も素晴らしかったと評される始末。盛者必衰。
経営危機や生産拠点がドイツを離れたあたりから良くない。高級機は維持するものの、コンパクトカメラなんかも作るようになってしまった。かつて心震えた「Leica」のロゴが付こうとレンズに「エルマー」という往年のブランド名を付けても、写りはそこそこのコンパクトカメラでしかない。そして、こともあろうかライカ判と言う名を持つ35ミリカメラの始祖でありながら、APS規格のカメラまで作ってしまった(作ったのは他社でライカの名前で出しただけだろうが)。
そしてとうとう、デジカメにも進出してきた。最初は数年前の富士フィルムとの共作。そして今度は松下との共作である。ライカブランドのコンパクトカメラを松下が生産していた伏線はあったが、ライカにはもはや独力でデジカメを作る力もないのか?。間もなく発売されるそのカメラには「ズミクロン」レンズが付いている。ズミクロンというにはライカファンにとって、まさに魔性のレンズブランド名である。
ライカの命はそのファインダーにある。しかしデジカメではそれよりも液晶画面の方が重要であろう。ズミクロンレンズも画像編集ソフトの使用を考えれば、あまり重要ではないはず。そもそもズミクロンを名乗るに値するかも疑問。何故ならズミクロンならそれだけで軽く10万円を超えてしまうだろうが、このカメラはレンズ付きで9万円前後。ライカ社の凋落と転身ぶりを嘆きながらも、自分自身、ズミクロンレンズ付きのデジカメには心が動いてしまうところが悲しい。神様オスカー・バルナックは草場の陰でこの状況をどう思っているのだろうか?。
(秀)
ドラマ「ブラック・ジャック」を見ていたら、ニュース速報のテロップ。「ついに戦闘開始か?」、それとも「またテロか?」と、一瞬息を飲む。やがて流れて来たテロップは「近鉄バッファローズ優勝」であった。拍子抜け。「何がニュース速報じゃー!」。
こんなことだから、平和ボケと言われるんだ。近鉄の優勝を伝える重要性、緊急性はほとんどない。こんな感じでは「ヤクルト優勝」もテロップが出るだろうし、いずれやって来る「長嶋監督辞任」のこんな速報としての扱いを受けるのだろう。ただ、ニュース速報を流すタイミングは難しい。例えばドラマの最中にニュース速報を入れると、その内容によってはテロップを出した途端にニュース番組にチャンネルを切替えられてしまうからだ。
あのニュース速報を出す基準はどこにあるのだろうか?。どこかが出して自分のところが出さないというのはやばいのだろう。しかし、最近は安易に出し過ぎているような気がする。誰かの死亡や「犯人逮捕」程度のニュースはほとんどの人には直接影響がないため、速報として流すほどではないと思う。
近鉄が優勝しても私には何の恩恵もない。全体としても西武かダイエーの方がまだ経済効果を望めたはず。これでも、冷え切った関西経済には少しは効果が出るのだろうか?。いっそのこと、阪神タイガースも優勝して、阪神と近鉄の日本シリーズになると、局地的ではあるにせよ、関西経済への貢献は大きいはず。そのときはニュース速報を流しても許そう。しかし、その日が来ることは.....、とほとんどの人が思っているに違いない。
(秀)
前回のコラムで「長嶋監督の辞任」と書いたら、その日のうちに彼が早々に辞任を発表してしまった。あまりものタイミングに我ながら驚いている。このとき、懸案のニュース速報がテレビのテロップとして流れたかどうかは未確認。お気づきの方はご一報を。
そして30日はジャイアンツの本拠地での今期最終戦(本当の今期最終戦は甲子園球場での阪神戦)。長嶋監督のドームでの最後の試合であった。辞任発表がなければ、ほぼ消化試合だったはずが、テレビで見た限り、ドームは満員。この日のチケットはダフ屋などで高値を呼んでいたようだ。視聴率はどうだったろうか?。しかし、多くの期待とは裏腹にゲームは惨敗。日頃野球中継嫌いの私もこの日はテレビで見ていたが、あまりもの選手のふがいなさに腹が立ってテレビを一旦消した。しばらくの後、再度点けると、その差は更に大きく開いてしまっていた。
最後のドーム戦ということで、テレビでの中継はいつになく長嶋シフトを敷いている。CMの前後では往年の名シーンを流す一方、いつも以上にベンチの監督の姿が画面に大写しになる。しかし、その表情が何とも言えず堅い。いや、苦渋に満ちている。あんなゲーム内容では仕方ないことだろう。苦虫を噛み潰したような顔だ。私がテレビを消した理由はこんな姿を見たくなかったからでもある。
ところが一転、試合終了後のワイドショースタイルの番組に出演していたミスターはいつもの笑顔でとても雄弁だった。試合終了後に行われた引退セレモニーをニュースショーで見たが、ここでもいつもの笑顔であった。ちょっと救われた。ところで、「電波少年」が一向に始まらない。突然の辞任発表のため、編成が変わったようだ。ザ・テレビジョン(雑誌)の番組表は役に立たない。お陰で夜更かしをしてしまった。
(秀)
10月1日は暦の上で、様々な日であった。日本酒の日であったり、コーヒーの日、印章(ハンコ)の日、浄化槽の日、法の日であったり。そして、共同募金の開始日として、赤い羽根の日でもある。この日の朝、通勤途中、新橋駅でJRから都営地下鉄に乗り換える際に、募金を呼び掛ける女子生徒達の姿を見た。
「この子達は今日学校どうしたんだろうか?」。募金活動をするくらいだから、学校をさぼるような子ではないだろう。しかも、きちんと制服を着ているし。ボランティアの授業の一環か?。その答は「都民の日」だった。都内の公立の学校はこの日休みなのである。それでもせっかくの休みの日にボランティア活動とは感心。
感心したからには、募金をしてやりたいのだが、どうも気が引けてしまう。かわいい、制服を着た女子中学生(ひょっとしたら高校生)が3人グループ毎に数メートルおきで声を掛けている。真ん中の子が募金箱を持って、赤い羽根の束を持った子がその両脇を固めている。募金をすると、この女の子達が羽根を付けてくれるんだ。恥ずかしい、ああ、恥ずかしい。公衆の面前で善人ぶって募金をする姿を晒すのが、まず恥ずかしい。同じ会社の人も多く歩いているし。そして女子中学生に羽根を付けてもらうのがもっと恥ずかしい。赤い羽根を付けて街を歩くのも「私は募金しました」と誇示しているようで気が引ける。
ところで、勇気を振り絞って募金箱まで歩み寄り、財布を出した途端に1万円札しか入っていなかったらどうすればいいのだろうか?。そう思うとますます気が引けるが、向かいのKIOSKで何か買って小銭を作れば良いのだと、さっき気が付いた。ボランティアの皆さん、御免なさい。町内会の募金でその分も募金するからね。
(秀)
秋だ。芸術の秋、食欲の秋、味覚の秋、スポーツの秋。秋の夜長。なら、やはり読書の秋だろう。我が本棚には買ったまま読んでいない本が溢れている。カバーを付けてもらっているので、すぐさま本のタイトルは分からないから、タイトルを見て、「ゲゲ!」っていうのも出てくる。買ってからもう随分時間が経っている。いったいこんな感じの本が何冊あるのだろうか?。かつてそれを一覧表にまとめてみようかと思ったが、あまりにも自虐的な行為だと気が付いて、思いとどまったことがある。そのときからもまた本は増えている。数年分のバックオーダーを抱えているに違いない。
「本を読みたい」という欲求は強い。しかし、現実には遅々として読み進まない。そもそも読むのが遅いし。書店であれもこれもと、気の向くままに本を買ってみたい。しかし、そんな金はない。それ以上にそれらを読む時間が取れない。休みの日だからと言って、ずっと一日中読み続けられるわけでもない。こればかりは金を出せば何とかなるというものではない。そういう意味では、読書とは非常に贅沢な趣味だ。せめてもの救いは、何にも強制されていないから気が楽なこと。仕事で読まなければならないとなるとこうはいかない。
時間がないなら、こんな駄文などを書かなければいいのだろうが、そうはいかない。十六夜の夜(2日)。月は傾き、夜は更けていく。今日も夜は長いか?。けど、ちょうどいいタイミングで睡魔がやって来る。
(秀)
\
\