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第611話 〜2001/10/12〜

■金八先生の試練

 ご存知、金八先生が帰って来た。「もう、いいよ」と言う方もいるかもしれないが、私はまたまた見入ってしまう。マンネリと言われようとも、リアルさを追求し、より一層のトラブルが起き、必ずしもハッピーエンドに終わらない結末にドキドキしてしまう。

 教育長の急逝に伴い、桜中学の和田校長が教育長に転出し、桜中学は新たな校長を迎える。ところがこの校長、やり方が全てこれまでと違う。学校に併設されているディサービスでのボランティアにも露骨に異を唱える。教職員からは総スカン。理科の遠藤先生は民間企業での研修ということで、研修先の街の本屋のレジで不貞腐れている。これらは、いずれの回の話への伏線だろう。

 また、3Bに男女それぞれ一名ずつの転校生がやって来た。どちらも暗い過去を引きずり、トラウマを持っている。何もここまでディープな設定を二名も一度に転校させて来ることもなかろうに。しかし、今回最大の金八さんの試練はそんなことではない。長男幸作の緊急入院である。しかも病名は「悪性リンパ腫」=血液の癌。次週幸作は無菌室に移されてしまう。公私共に過去最大の試練を受けるに至った金八っあん。どんなエンディングが彼らを待っているのか?。

(秀)


第612話 〜2001/10/15〜

■レッツ・ゴー!永田町

 ドラマ「レッツ・ゴー!永田町」で石橋貴明演じる筒井五輪(東京オリンピックの年に生まれたのでこんな名前)は与党民自党の代議士稲山一郎の公設第二秘書(だった)。稲山代議士を演じるは西村雅彦。彼は建設族の二世議員である。これはいわゆる職業ドラマであるが、出演者の顔ぶれからいってもコメディ、政治の裏表がおもしろおかしく楽しめそうだ。ところで、ドラマなどに出てくる架空の政党は民自党か民政党、新聞は毎朝新聞と相場が決まっている。このドラマでもそうである。

 もちろんフィクションでありながらも設定は今の政局を模したものになっている。総理を演じるのは岩城滉一、役名は和泉俊一郎。脱派閥を唱え、世論の高支持率を背景に構造改革を推進するも党内の反対勢力の抵抗により、その実現の可能性は低いと見られている。その反対勢力の中心は元総理の野本広太郎。ベースは橋本竜太郎だろうが、+野中の意味もありそうだ。江守徹が演じている。それに田坂真以子という女性大臣を室井滋が演じている。

 早速、交通違反のもみ消しや愛人騒ぎに怪文書、それに派閥内部での騙し合いといった騒ぎが初回の放送から立て続けに起きる。この町では一般人の非常識が常識、非日常が日常。これらは五輪らがしばしば口にする「これが永田町だ」という言葉に凝縮されている。五輪は代議士の愛人処理の不始末で第二秘書を解雇され、私設秘書として雇われることになった。これも永田町ならではのやり方らしい。

 このドラマの見所はやはり政局の行方だろう。ドラマの中での構造改革の行方は?、改革派と反対勢力の派閥力学の行方は?。政治の最大の見せ場は解散総選挙。見る側としてはそこまでの展開を期待したい。

(秀)


第613話 〜2001/10/16〜

■恋愛大魔王

 恋、その多くは非日常から始まる。しかし、この非日常というのがくせ者である。例えば、海での出会い、スキー場での出会い。実際よりも男性は格好良く、女性は奇麗に見えてしまう。ところが帰って街で会ったとき、「あれ??」、「あれれ???」、「この前の人ですか?」となったりしたことないか?。スキー場では原田知世(古くてスマン)だったはずなのに。

 また、酒の席で男性から見て女性がいとおしく思える時がある。相手の酔った姿がそう見えるのか?、自分が酔ってしまっているからそう見えてしまうのか?、ちょっと分からない。逆に女性の立場からはどうなのだろうか?。これまた非日常である。こんな風にそのシチュエーションで相手が良く見えることを前の例では「旅目」、後の例は「酒目」というらしい。ダンス☆マンがテレビでそう言っていた。

 こんな「旅目」や「酒目」は恋愛大魔王の仕業だとダンス☆マンは新曲の中で説いている。その大魔王の名はLA★BOOO。ダンス☆マンの新曲のタイトルでもある。旅目や酒目の理由をいくら考えても分からなくても、それが恋愛大魔王の魔法なのならしょうがない。しかし、大魔王に騙されなように戦え、とダンス☆マンは歌う。地球人なら気が付くことない、異星人ながらの感性で我々に警告を与える。

 この他の思い込みや勘違いもきっとLA★BOOOに仕業に違いない。

(秀)


第614話 〜2001/10/17〜

■ドナドナ

 先週末の東京での狂牛病騒ぎ。結果、シロだったが、第一報をWebのニュースサイトで見たときは驚いた。「東京中央食肉市場」と書かれていたその場所は、やはり品川駅港南口(東口)にある、先日も通ったところだった。ニュースで出てきた場所が自分の身近や何度も通ったところだったりする。前にも書いたが、現実感というのはこんなものだろう。しかしながら、どこかで自分の食べるものは大丈夫だろうと思っていたりする。

 食肉市場とは屠殺場のことである。このため牛を積んだトラックが場内に入っていくのを見たこともある。まさにドナドナ。悲しそうな瞳で肉牛が見ている。道を一本挟んで、屠殺場とインテリジェントなソニーの本社ビルが並ぶ異様なエリアだ。

 続いては品川駅の隣、田町駅近辺での話。駅の近くに警視庁三田警察署がある。朝の8時40分頃にこの場所を通ると、大きな護送車が署の正面玄関前に横付けされていることがある。中には既に何人かが乗せられている。そこに手錠と腰紐を付けられた何人かが玄関から出て、護送車に乗せられていく。行き先はおそらく検察庁だろう。いわゆる「送検」というやつだ。護送車は最寄りの警察署を巡回して、容疑者をピックアップしているのだろう。このときも私の頭の中ではドナドナのメロディが流れている。彼らも悲しそうな瞳でうつむいている。

(秀)


第615話 〜2001/10/18〜

■やりたいこと

 映画であれ、ドラマであれ、芝居であれ、もちろん小説でも、作者はその受け手に対して何らかのメッセージを送っているものだ。主役がそれを台詞として吐く場合もあるが、これはあまりにもストレートすぎて、私としてはやや興醒め。できれば脇役や通りすがりの人にぽつっと語ってもらいたい。

 その主題というか、作者の訴えたいことに、しばしば「やりたいことをやれ」というのがある。先クールの東芝日曜劇場の「恋がしたい 恋がしたい 恋がしたい」もこれをテーマにしていたようだ(最終回はビデオに録っていて、まだ見ていない)。また多くの場合、青春の一過性のテーマとしてドラマなどで取り上げられることがある。かつての「俺たちの旅」などもまさにそうだった。「やりたいこと」と言っても、「旅行に行きたい」とか、「のんびりしたい」とかいった、その手のお気軽な欲求ではない。職業や生活環境といった生き方の根本に関わる話である。

 これは多くの人が共感を持つテーマであろう。受け手も日々の閉塞感からフィクションの中でそれを期待する。しかし、ふと自分の生活に当てはめてみると、さらにもやもやとしてしたものがわき上がってきやしないか?。「自分のやりたいことって何だろう?」。「どうして今の仕事をやってるんだろう?」。「本当になりたかったのは?」。本当にやりたかった仕事に就けている人はどれくらいなのだろうか?。これと言って「やりたいこと」を挙げるのも難しくなっていたりする。

 やりたいことをやるには力が足りず、すべてをリセットして新しいことをスタートさせるには許されない、若くもないし、貫禄もない。そんな中途半端な年齢に今の自分はある。

(秀)


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