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第61話 〜1999/7/7〜

■夏休みの宿題

 毎朝、近くの寺から聞こえる蝉の声で目が覚めた。ラジオ体操は既に終わった時間であるが、計画通りに宿題は朝に済ませることにしていた。夏休みの宿題となると必ず「夏の友(学年によっては「なつのとも」だったりする)」という印刷冊子が配られた。冬休みは「冬の友」である。1年生の時はこれに絵日記帳が渡された。約30日分のページがあったような気がする。

 少年(秀)の絵日記は毎度、「きのう、○○をしました」といった具合の書き出しで始まる。親に「日記は今日のことを書くんだ」と言われても、それでは毎日、「きょうは(も)7じにおきた。はをみがいた。かおをあらった。いましゅくだいをしている」の繰り返しでしかない。この書出しは律義に朝宿題をしている証拠なのだ。絵まで描かなければならないため結構な苦痛だったような気がする。

 記憶によると蝉取りに行った話を書いたような気がする。家の裏の寺で蝉はわんさか鳴いていた。四方八方、360度パノラマ状態である。「これが自然のサラウンドサウンドだ」といった感じである。うまく取れたかどうかは覚えていないが蝉が木に止まっている絵を描いた。遠近法などメチャクチャ。蝉が手の平ぐらいに大きいというのはその年頃の子供にはお決まりなのかもしれない。捕虫網の目も粗く、真っ直ぐな線で書かれていたりする。

 小学1年生の時にアサガオの観察というものもあった。しかし、目が覚めた時にはいつも既にしぼんでしまっていたような気がする。開いたアサガオを見ることなく観察日記を絵付きで描いたような気がする。休日の朝に寝坊するのは今も昔も変わっていないようだ。

 それと、読書感想文がかつてはとても苦手だった。読むのも苦痛だし、書くのも苦痛だった。大部分を引用、しかも前書きや後書きから、で済ませたこともある。読書感想画に至っては挿し絵や表紙を真似て書いていた。

 中学校のときは自由工作で火災感知器を作った。折りしも学校の先生(担任ではないが)の実家が火事になったため、作品の出来はさておき、意識と雰囲気の影響だけで校内作品展で入選し賞状をもらった。

(秀)


第62話 〜1999/7/8〜

■ためになるテレビ

 テレビのチャンネルを次々に変えることをザッピングと言う。コマーシャルの度にパチパチとリモコンを押したりしてはいないかな?。以前偶然点けたNHKでは「ヨガの時間」を放送していた。50歳ぐらいの痩せこけた親父(推定体重45kg)が中途半端な海パンみたいなパンツ一丁で画面に出ていた。何故か見入ってしまう。自らポーズの名前をナレーションし、色々なポーズをまじめなカメラ目線で決めていく。次の瞬間、その親父は「片鼻呼吸」と宣し、ポーズを決めた。さてどんなポーズだったかは想像して欲しい。

 一方、先日テレビで非常に有効な情報を得たのでみなさんにも紹介しておきたい。テレビ東京で「スーパーの秘密」というような番組をやっていた。その中で元スーパーの店長をやっていたという男性がスーパーの達人として登場し、色々な裏情報を紹介していた。かつて仕事をやっていたからには裏情報を知っているのは当然のことで、それをわざわざ達人呼ばわりする点は納得いかないが、所詮それがテレビ東京のセンスである。

 あなたはスーパーの精肉コーナーに立っているとする。手許のパックを手に取り値段を見て欲しい。その後に貼ってあるラベルのバーコードの数字を見て欲しい。大事なのは最後の方の桁である。1番最後の桁はチェックデジットようなので無視する。それから上の3,4桁を見るとそこにはその商品の価格が表示されているのである。

 ただそれだけであればなんてことはないが、今度は「1パック980円」などと後からシールを貼ったようなもののラベルを見て欲しい。ラベルには1,252円などと書かれているかもしれない。それが980円なら確かに得だが、バーコードの所の数字にはあらかじめこの商品が980円である旨が印刷されていたりする。要は最初からその商品は980円であり、1,252円はオトリ、すなわち二重価格なのだ。レジで店員がただスキャナを通すだけで割引いた(かのような)価格が表示されるわけである。週末の買い物が楽しくなった。

 このコラムはためになるコラムでもある。

(秀)


第63話 〜1999/7/9〜

■星に願いを

 「趣味は何ですか?」と聞かれると回答に窮してしまう。そんなときは、短歌で下の句に困ったら「それにつけても金の欲しさよ」と続ければ何にでもあうという先例に倣って、「金儲け」と言うことにしている。いくら無趣味で回答に窮したところで皆さんがお見合いの場で使うのは止めよう。

 しかし、保険屋のアンケートで趣味を書く欄には躊躇なく、「金儲け」と書いている。銭勘定にうるさい奴を装い、相手をあきらめさせる作戦の1つである。

 七夕の日の朝に息子(小1)が私に尋ねた。「おとうさんのねがいごとってなに?」。迷わず、「お金持ちになりたい」と答えておいた。

 その日は学校の懇談会の日で午後に妻が学校に出かけた。教室には七夕の飾り付けがあったらしい。「おかねもちになりたいです」という息子が書いた短冊を目にして、妻は恥ずかしくなったらしい。しかもその短冊は笹から落ち、廊下に転がってしまっていたらしい。どうやらお金持ちにはなれないみたいだ。

(秀)


第64話 〜1999/7/12〜

■小須田部長

 この7月に組織の異動があり、オフィスが引っ越すことになった。そのため金曜日は荷作りなどで1日費やしてしまった。ビルも変わる引っ越しは3年振りである。引き出しから出て来た資料を懐かしむあまり、作業が遅々として進まない課長がいたり、同僚の引き出しからはランパブでお姉さんと撮った上司の酔っ払った顔の写真が出て来たりして、普段にはないテンションで作業が進められていく。

 本当はゴミなどのいらないものは前に出しておかなければならなかったが、いらないものがやはり次々と出て来てしょうがない。「いるもの」、「いらないもの」、そんな選別をしていたら小須田部長を思い出した。

 小須田部長とは内村光良がフジテレビの「笑う犬の生活」の中のコントで演じるキャラクターである。このコントはかつては本社で部長であった小須田部長が毎回次々に、しかも度を増して左遷されるストーリーのショートコントである。次の異動が決まり、荷作りしている部長を手伝いに来るかつての部下、ネプチューンの原田泰造との二人で演じられる。セットで二人の前には「いるもの」、「いらないもの」とそれぞれ書かれたダンボール箱が置いてある。「この携帯はいるよな」。「部長、いりません。電波が届きませんから」と言って、携帯を取り上げ、「いらない」の箱に原田が捨てる。部長は異動先を知らされていないので青ざめる。「この名刺はまたいつか使えるよね」。「部長、いりません。部長はもう、うちの会社の社員ではなく、現地法人の社員ですから」と名刺も捨てられてしまう。「このスーツはいるよね」。「いりません。寒いですからこれを着て下さい」と言って、防寒服とイヤーウォーマを原田が取り出す。

 あるときはアラスカ方面、またあるときは南の島へと部長は転々とするが、未練があるらしく、携帯とスーツは捨てずにとっている。「まだこの携帯捨ててなかったんですか?」というのが最近は必ず入るようになっている。そして最後は今回の左遷の原因となった部長の失態が原田によって明かされ、部長が泣き崩れるところで終わる。

(秀)


第65話 〜1999/7/13〜

■ふた

 「秀コラム」はほとんどを会社帰りの電車の中で書いているため、執筆を開始して、帰りの電車の中での読書が無くなり、本を読む量がめっきり減ってしまった。それでも書店に行っては今までの感じで本を買ってしまうため、読まないまま本棚にしまわれた本が日々増加している。すぐ読みたい本とあわせて、そのうち読みたい本を買ってしまうのが原因の様だ。そのうち読みたい本を読み出す前に、新たなすぐ読みたい本が現れる、悪循環である。

 書店に行って読みたい本を探し出すのは結構面倒なことである。雑誌などの書評を見て、欲しくなった本を求め、書店に出かけても探し出せないことが多々ある。店員に尋ねようにも恥ずかしいタイトルだったら困る。「『かつどん協議会』ありますか?」。「『活動協議会』ですか?、しばらくお待ち下さい」。「すいません。『活動』ではなく、『かつどん』です」。「???」。一瞬、検索用の端末を叩いている店員の手が止まる。この時間がどうも気まずい。「お取り寄せになりますが...」。予想通りの回答である。もっと気まずい。逃げるように立ち去るしかない。

 ようやくその「かつどん協議会」が文庫本になって、書店で手にする事ができた。ギャグの中編小説である。カツ丼に対する熱い思いとうんちくが語られている。カツ丼はアンサンブルであり、いずれかの要素が強すぎると全体的なカツ丼としての出来が悪くなる、上品なトンカツ屋のカツ丼などは「肉が強すぎてダメ」と評されている。卵も大事だし、ご飯も大事。ダシも甘すぎず、辛すぎず。

 かつとじとご飯を別々に食べるのは邪道である。ご飯に浸みたダシが旨味を増してくれる。卵は半熟の状態でご飯に載せ、配膳のわずかな時間であるがふたをして蒸らすのが重要である。読み終えると早速カツ丼が食べたくなった。その最初のアクションがカツ丼の店探しではなく、ふた付きの丼探しであるところが私らしい。最近はふた付きの汁碗すらスーパーには置いていないが、何とか努力の甲斐があり、捜索から二日目で目的のふた付きの丼を手に入れることができた。

(秀)


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