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第671話 〜2002/1/8〜

■すごろく

 いろいろと楽しいゲーム類があるが、その源泉はほとんどがボードゲームで、その最もシンプルな姿がすごろくだろう。テレビゲームなんかも分岐を多くして、3Dにしたりしているが、スタートがあってゴールがあるところを見れば、やはり源泉は同じだと思える。

 そのすごろくも単にさいころを振って、移動した先の升目の指示に従うものから次第にアイテムを使用し、より高度で複雑な要素を絡めて順位を競うようになる。アイテムの代表例がお金で、人生ゲームやモノポリーがそれを具体化したゲームである。

 小学生のときに、すごろくゲームを作るのが流行った。自由帳の見開きが1つのゲームで、競うように何ページもいろいろなシチュエーションですごろくを作った。次第に知恵もついてきて、雑誌の切り抜きなどをコラージュ状に貼り付けるようにもなった。良くできたものは画用紙に書き起こし、保存したりもした。

 やがて億万長者ゲームや人生ゲームの面白さに触れて、このすごろくゲームづくりはやめてしまったが、自分でルールを作るといった面白さを知った遊びであった。総じて当時の遊びはこの想像力を使ったり、応用したりといった要素が不可欠であった。一方でテレビゲームで培われた判断力がどのくらい現実社会で有効なものか、ちょっと疑問がある。

(秀)


第672話 〜2002/1/9〜

■パンと牛乳

 実のところ、ここ数日体調が優れず、会社を休んで寝込んだりしていた。病院に行くと、逆にもらってひどくなるかもしれないので、家でじっとしている。ぼんやり天井なんか眺めていたら、いろいろと子供のときのことを思い出した。

 共働きなので、学校を休むと親兄弟も皆出かけ、一人で寝かされていた。病状はそれほど深刻なことはない。いつものように、テレビでおはようこどもショーからカリキュラマシーンを見てからは、NHK教育にチャンネルを切り替え、学年などおかまいなく、次々に流れてくる「○年生の理科」や「はたらくおじさん」などを見る。結構、面白かったりする。しかし、次第に子供が見る番組がなくなってしまう頃から退屈になってくる。何度も読んだはずのマンガをペラペラとめくってみたり。

 学校が終わる頃になると、「あら、不思議!?」、病気が直ったような気がした。しばらくすると、近所の子が帰りがけに給食のパンと宿題のプリントを届けてくれる。この届けものをすると、お礼におやつをくれるようなところには、このお休みセットを持って行きたがる人が増え、競争率が上がる。「それなら、一緒に」と、先生がうまくおさめてみたところで、先方にはあげるおやつの量が増えてしまって、迷惑なことだろう。いや、一人あたりの分け前が単に減らされているだけか?。とりあえず、私の場合は何もあげない。

 具合が悪くなると、決まって父親が「(明日は)パンと牛乳か?」と言う。「病気=パンと牛乳」である。それで実際にパンと牛乳とともに一日中一人で置き去りにされていたわけではないが、このフレーズだけは妙に覚えている。今となって、我が子が具合の悪いときに、「パンと牛乳か?」、なんて言ってみるが、そんなもの通用しない。けど、それでも良い。会社が終わる頃になると、ちょっと元気が回復してきた。

(秀)


第673話 〜2002/1/10〜

■任官拒否

 私の周りに元自衛官や防衛大学卒という人が何人かいる(いた)。彼らは総じてイメージどおり、タフで礼儀正しく、しかも後輩の面倒見も良く、仕事をやる上では非常に好ましい。飲み会の席では、「匍匐(ほふく)前進」なんて芸も披露してくれる。もちろん、場は一気に盛り上がる。

 防衛大学を卒業したからには自衛官に任官し、幹部候補生として国防のために身を捧げるのかと思うと、必ずしもそういう人ばかりではなく、毎年卒業生の何人かが任官を拒否し、そのまた何人かが私の周りで働いていたりする。元海上自衛隊員だった人は、潜水艦で....(ことの性質上、詳しく書くことは差し控える)だったらしい。

 ある日数人で食事をしていたとき、そのうちの一人の汁椀の持ち方が変であることが話題になった。その持ち方とは、左手の親指、人差し指、中指の3本を使い、人差し指で椀の内側をあとの2本の指で外側を押さえた形(さあ、やってみよう)で器用に椀を口まで運んでいる。

 指摘された人は気まずそうに、防衛大学出身で任官を拒否したことを告白した。金属製の食器のため、熱くて汁椀を普通に手の平に載せたような形で持つことはできない。このため、皆このような持ち方をし、一旦身につくと直らないらしい。一方、その持ち方を指摘し、「そんな食器の持ち方をするのは自衛隊か刑務所に入っていた人」と断言した人は父親が自衛官だったと告白した。

(秀)


第674話 〜2002/1/11〜

■幸作の危篤

 今回の金八先生は以前(第611話参照)も報告したとおり、かなりシリアスで過酷な設定となっている。かつてのシリーズ初期のような、エンディングごとの心温まる安堵感や青少年の言動から受けるすがすがしさなど到底味わえない。特に今回は長男幸作の病気も加わり、公私共に金八っつあんは疲弊し続けている。

 先日の回の放送で、幸作の病状に危険な状態が現れた。年末年始に掛けて一時帰宅が認められていた彼が肺炎を起こし昏睡状態となって、三日三晩生死の境をさまよった。「何も今のタイミングで死ぬはずはないだろう」、しかも、「これはドラマだから、幸作が死んでも彼が実際に死ぬわけじゃないし」と、頭の中で分かりきっていながらも、佳境では私も思わず涙が湧いてきた。案の定、彼は持ち直した。

 兼末健次郎は幸作のことを最も心配している親友である。危篤に陥った幸作のために、彼は頭を丸めた。幸作も抗癌剤の副作用で頭髪の脱毛がひどく、既に坊主頭にしている。そんな彼にやってあげられる唯一のこととして、同じように頭を丸め、「一人で(病気と)戦っているんじゃない」、という応援の意味である。彼のその行動にかつての3Bクラスメイトも感化され、10人ほどが同じように頭を丸め、病状が回復した幸作を見舞った。そんな旧友の姿を見て、幸作は涙を流す。金八さんも言葉なく、ただ頭を下げるばかりだ。次のシーンでは金八さんも頭を丸めるのか、と思ったが、それは深読みすぎだった。

 職員室で朝の10分間読書の存続をめぐり、校長と丁々発止。校長からの来年度の異動をにおわす恫喝にも屈せず、決裂。一難去って、また一難。言い忘れたが、この日の冒頭は火事現場から教え子を助けだすところから始まった。公私ともにこんなにトラブルが多い人生に絶えられる人間がいるのか?、という疑問は尽きないが、来週もまた新たな災難が彼を襲うらしい。

(秀)


第675話 〜2002/1/15〜

■マネーの虎

 土曜深夜(日付としては日曜日)のテレビ番組に「マネーの虎」という番組がある。もちろんこのタイトルは「マレーの虎」からのパクリ。深夜番組のため全国ネットでないかもしれないが、日テレでやっている。司会は何故か吉田栄作。金儲けのアイデアを持っているが金がなかったり、自分のやりたいことがあるがお金がない出場者が毎週2名出てきて、そのプランを説明し、スポンサー(番組スポンサーとは別)から出資を取り付ける番組である。

 スポンサーは各回5人。いずれもそれぞれの業界で急成長を遂げ、「風雲児」と言われるような、会社のオーナー社長である。この番組の面白いところは、このそれぞれの社長がトランクやらバッグから、ごっそりと帯封のされた札束を数千万円分テーブルに積み上げるが、それがいずれも社長自身のポケットマネーというところである。局の金で面白そうなアイデアを選ぶのではなく、自分が金を出すから、社長達も真剣である。彼らがまさに「マネーの虎」である。

 出場者はあらかじめ目標とする金額を申告し、交渉が始まる。依頼者1名対虎5名との面接スタイル。虎達の投資額合計が目標額に達しなかった場合は、すべてご破算となって、途中までの金額も手にすることはできない。先日は「立川でこれまでにないスタイルのクラブを開きたい」と650万円を求めた青年が出てきた。私には到底成功するプランには思えなかったが、彼は650万円の投資を取りつけた。続いて登場した出場者は「新しいコンセプトの和風バーの開店資金」として1,150万円を求めたがこれは失敗した。

 「甘い、甘い。お前は甘い」と怒りながら見ている。テレビでなく、彼らが直接虎の人々の所に依頼に行ったのでは、おそらく門前払いだろう。誰もが不成立になるとテレビとして面白くないのは分かるが、もしこれにヤラセがあるとしたら、大いに興ざめ。次週(1/19深夜)ではいよいよ過去最高額の1億円の投資を求める出場者が登場する。予告のダイジェストでは、かなり無礼な若者だった。何はさておき、この番組の最高のプレゼンターはポケットマネーを出す虎たちをブッキングした製作サイドだ。

(秀)

「マネーの虎」番組ホームページ:
http://www.ntv.co.jp/money/

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