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「巨泉辞職」。駅売りのタブロイド紙の見出しにはそう書かれていた。既にインターネットでこのニュースは目にしていたのでそれほど驚くことではないが、これから先のことを考えると、現選挙制度の問題点が改めて浮き彫りになる。大橋巨泉議員は前回の参議院議員選挙に民社党の比例区から立候補し、41万票を得て当選したことは我々の記憶にも新しい。
今回の辞職の理由は党執行部との確執、その批判の行動としての辞職と伝えられている。彼は比例区の候補であるため、既存の政党に移ることなどできない。離党するか、新党を旗揚げするか、そして彼はもう一つの選択肢である議員辞職を選んだ。欠員は法律に基づき、前回選挙の落選者の中から繰り上げ当選で補充されるはず。もちろん、民社党の落選候補者からである。前回の比例区の選挙は「非拘束名簿式」で行われた。政党名でも候補者名でも有効というやつである。それで大橋候補は個人名で41万票もの大量得票をなし、党の他の候補者の当選に大いに貢献した。
投票用紙に「大橋巨泉」と書いて投票した人々は彼に投票したのであって、能動的に民社党に投票したわけではなかろう。彼が辞職してしまったため、結果として「大橋巨泉」票は他の数人の民社党候補を当選させただけになってしまった。有権者をこれほど馬鹿にした制度があろうか?。何も民社党執行部だけを批判するつもりではない。結局彼はこれと言ったことを何一つやるでもなく議員を辞職してしまった。
一般に、党の懲罰の最大の罰則は「除名」である。党籍を剥奪されるわけだ。比例区(衆参問わず)からの当選者が除名となることはあるのだろうか?。たとえそうなっても、無所属あるいは新党旗揚げという方法は残っている。どこの政党から立候補しようと得票の目処の立つ候補者は怖いものなし。その一方で、得票マシンとして繋ぎとめたい政党側の思惑。制度の歪みとともに、そこには有権者への意識など微塵もない様な気がする。
(秀)
2002/1/30 21:00 加筆修正
深夜の更迭劇。そして翌日(正しくは同日と言うべきだろうが)は多くのマスコミがこの田中(前)外務大臣更迭の事件を追った。さっきからずっとチャンネルを変えながら、私もこのニュースを見ているが肝心なところがなかなか分からない。唯一良く分かることのは、国民の多くが今回のことに腹を立てていること。ある人は田中大臣の更迭に、そして「言った、言わない問題」を未解決のまま、幕引きしようとしたことに対し。
大橋巨泉がテレビで面白いことを言っていた。「田中大臣は外務大臣としてはいろいろとミスをしたが、それでは辞めさせられなかったのに、今回は良いことをして辞めさせられた」。「小泉首相がなすべきことは、3人を辞めさせることではなく、3人を官邸に呼んでいったい誰が嘘をついているのかはっきりできるのは小泉さんだけだった」、と。それができたのにもかかわらず敢えてそれをやらなかったことに新たな疑念が生じる。支持率低下を覚悟してまで、彼は何を守りたいのか?。
状況証拠からいって、誰(と誰)が嘘をついているかはそれとなく思いつく。現にNGOに対し、件の鈴木議員が何度も妨害を加えたということが報道されてもいる。そして、自民党内の抵抗勢力と言われる人々からの横槍もあったのだろう。このあたりがどうも分かりにくい。国民が求めているのは誰かの更迭や辞職ではなく、アフガン復興会議のNGOの参加に対し、ある国会議員の働きかけがあったかどうかであり、さらに大臣更迭の舞台裏である。
後任の外務大臣選任に対し、「一口で言えば、良い大臣を選びたい」という官房長官の言葉にも腹が立つ。田中前大臣は罠にはめられたのかもしれない。
(秀)
毎週、週刊誌の「SPA!」を購読しているが、面白い回と面白くない回が交互に近い感じでやってくる。名前が出ている連載人を除いて、ライターなどのスタッフは二交代でまわしているのではないかと思えてくる。
確か、ウルトラマンシリーズだったと思うが、毎回の撮影から編集までが一週間ではまわらないため、スタッフを二班編成にし、番組作りを交互にやっていたらしい。三交代勤務や信長の鉄砲隊の編成のようだ。しかし、金に余裕がないため、三交代とはいかず、二交代の班編成となる。
役者さん達はそうはいかないが、脚本や撮影スタッフらはこうでもしないと、30分番組とは言え、放送に間に合わない。特撮も多いから、編集もその分大変だっただろう。当のスタッフ達も「あっちの班には負けないぞ!」、という気持ちで切磋琢磨したことに違いない。放送された番組の記録を見ると、監督が週替わりだったり、脚本も何人かで交代で書いている。録りと放送の順番も前後してたりもするそうだが。
何故そんな話を思い出したかと言うと、今週の「SPA!」が面白くなかったから。先々週もそうだったような?。面白いコラムと面白くないコラムが交互に繰り返されるようなら、書いている人間が交代で替わっていると疑った方が良いかもしれない。
(秀)
原曲は「瀬戸の花嫁」。デビュー当時は普通の歌手だった小柳ルミ子の当時のヒット曲だった。それが何故かポピュラーな替え歌に大変身。30歳代後半の人なら小学生時代に耳にしたはず。全編、歌詞の言葉尻にしりとりの要領で食べ物の名前がつながる。「瀬戸ワンタン、日暮れテンドン、夕波小なミソラーメン。あなたの島エビフライ、お嫁にゆくノリマキ」。こんな具合である。
まず最初にこの替え歌に接したのは雑誌での投稿ページであった。私の記憶が確かならば、その雑誌は「冒険王」で、そこから推測するに昭和49、50年のことになる。やがてこの歌を学校で耳にするようになった。口々に口ずさみ、合唱になったりした。遠足のバスの中で必ず誰かが歌うようにもなった。
ただ歌う人それぞれで歌詞が微妙に違っていたりする。中には勝手に自分で作ったりしているのではなかろうか?。そもそもが替え歌なのだから、何を以てそのオリジナル(原曲という意味ではない)とするかは判断が非常に難しい。
それからいろいろと替え歌文化は私たちを楽しませてくれたが、これほど完全な形で私の記憶に残っているのはこの歌とレインボーマンの歌ぐらいだ。全編、食べ物のオンパレードという一貫したポリシーによって表現された完成度の高い替え歌は後にも前にもこの曲以外になかった。
私と同年代の大澄賢也も当時は小学生。彼もこの替え歌、歌ったかな?。
(秀)
子供の頃、近所には2つのお菓子屋があった。そのうちの1つは駄菓子屋で当コラムでも何度か話が出て来ている、通称「こどもみせ」である。そしてもう1軒は豆菓子を量り売りする店だった。この店では普通にジュースやアイスも売っていたが、駄菓子の類はない。いわゆる「大人菓子」と言われる、メジャーブランド(グリコや明治)のチョコレートなどを並べていた。
やはりこの店のメインは豆菓子だ。一辺が30センチ四方程度のガラスケースが20個ぐらい並んでいる。酒のつまみになりそうな、ピーナッツをベースに衣を付けた味付き豆などの類がずらりと。ガラスケースの中にはそれぞれの100グラムあたりの値段を書いた厚紙が乾燥剤とともに豆に埋もれそうになっている。まあ実際には、グラム数を言うよりも「○○円分」と言うことの方が多かった。
するとおばちゃん(おばあちゃんだったり、おじさんだったりする場合もあるが)はガラスケースの蓋を上に引っ張り開け、ケースの中にあるシャベルで豆をすくい、紙袋に入れる。ある程度のところでそれを秤に載せてみる。この店の秤は天井から吊されていた。微調整の後、紙袋の端を両方つかんで、くるくるっと回してひねって、袋を手渡してくれた。
するとおばちゃん(おばあちゃんだったり、おじさんだったりする場合もあるが)はガラスケースの蓋を上に引っ張り開け、ケースの中にあるシャベルで豆をすくい、紙袋に入れる。ある程度のところでそれを秤に載せてみる。この店の秤は天井から吊されていた。微調整の後、紙袋の端を両方つかんで、くるくるっと回してひねって、袋を手渡してくれた。
(秀)
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