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第736話 〜2002/4/12〜

■父からのメール(1)

 自分の余命が長くないと気がついてからというもの、父は一刻も早く病院を退院することだけを願い、最後の頼みをきくような形で、私たち家族もそれに同意するしかなかった。

「明日、暇か?。秋葉原に行きたいんで、車を出して欲しいんだが」 

 結局これが彼にとってはこれが最後の外出になった。

 小さいときにずいぶん父に連れて来られたこの街も、常磐新線が通り、第二東京タワーが完成した頃からその姿を大きく変えてしまった。それに世間の多くの人がほとんどの買い物を通販で済ませてしまうようになってからというもの、大きな家電ショップもネットの中にその店を移し、秋葉原も以前のような電気の街という様相ではない。それでもパソコンなどのパーツを手にとって買うにはやはりこの街は欠かせない。

 そんな秋葉原の街で次々に店を梯子し、せわしくパソコンのパーツを買い集める父の姿は昔の彼の姿を見ているかのように、とても生き生きとしていた。

 それからしばらく、そのパソコン作りに父は没頭し、ほどなく完成したのであるが、皮肉にもそのパソコンを使用することなどなく、彼は帰らぬ人となってしまった。

 そして今日は初七日を迎えた。


「久山さん、書留です」

 玄関で声がする。郵便配達が1つの封筒を私に手渡した。
 私に宛てられていたその封筒の差出人は「久山明人」。それは父の名だ。

 座敷に戻り、その手紙のことを話すと、家族も親戚も誰もが驚き、そして気味悪がった。いたずらや嫌がらせかとも疑う者も。早速、封を開ける。そこにはやはり間違いなく、父の字が並んでいた。

<つづく>

- - この話はフィクションです。- -

(秀)


第737話 〜2002/4/15〜

■父からのメール(2)

 その手紙を読み進むと、それがいたずらでも嫌がらせでもなく、彼自身の手によるものだと分かった。手紙の中身の大部分はパソコンの指示書だった。そして、自分の初七日にこの手紙が届くようにわざわざし向けた仕掛けが生前にある人にそう言付けて託したためであることが記されていた。いたずらと言うなら、本人のいたずらとでも言うべきだろうか?。父はこんなことが好きだった。母はまた涙を流している。

 昨年定年を迎えた父は、生前、ある企業で人型ロボットの研究をしていた。いわゆるアトム世代である。二足歩行の人型ロボットは今から10数年前に誕生し、簡単な意志の疎通を図れる程度のロボットなら最近は珍しくない。話では父の研究の成果もそれらには活かされているらしいのだが、詳しいことは知らない。ただ彼が目指した、アトムのような自由意志を持ったロボットは2015年を迎えた今も未だ誕生していない。

 父の死からまだ約1週間しか経っていないというのに、この数日で何度も親父の事を夢に見た。まるで誰かに操れているように。そして多分今日もあの手紙のせいで親父と夢の中で再会することだろう。

 父の書斎に足を運ぶ。まだ在りし日のまま、何も片づけられていない。遺言というべきか、父からの手紙に従い、最後に手を掛けていたあのパソコンのスイッチを入れてみた。見慣れないOSが立ち上がり、パスワードの入力を促す。手紙を読み返してみる。
「19840511」
 これは私の生年月日だ。これがパスワードとは。

 マシンは起動を終えると、ネットワークを通じデータらしきもののダウンロードを始めた。
「起動後はそのまま通電しておくこと」
 見たこともないOSだし、これ以上操作方法も分からないので、言いつけ通りマシンはそのままにして部屋を出た。

 自分の部屋に戻ると、私のパソコンのパイロットランプが点滅して、メールの到着を知らせていた。

件名、マシンの起動ありがとう
差出人、久山 明人 <akito.hisayama@XXXXXXX.ne.jp>

「まさか?」
 送信日を確認する。タイムスタンプは2分前。私はあわててそのメールをダブルクリックした。

<つづく>

- - この話はフィクションです。- -

(秀)


第738話 〜2002/4/16〜

■父からのメール(3)

 翌日の日曜日はある人からの電話で目が覚めた。さすがに夕べはあのメールのせいで寝つきが悪かった。

「克人さんですか?。お休みのところ朝からどうもすみません。佐々木です。あなたのお父さんと一緒に仕事をさせていただいていた佐々木です」
「佐々木さんですか。父の葬儀の節はどうもありがとうございました。十分なご挨拶も出来ずに大変失礼いたしました」
「実は今日これからお宅に伺いたいのですが、宜しいでしょうか?」
「ええ、別に構いません、と言うか、私も佐々木さんに連絡をしようかと思っていたところでして...」

 佐々木さんが我が家の呼び鈴を押したのは電話から一時間も経っていなかった。
「すいません、急にお邪魔いたしまして」
 家に上がるや、彼はバッグから一枚の紙を取り出し、私に見せた。

件名、【お礼】無事届いたようです
差出人、久山 明人 <akito.hisayama@XXXXXXX.ne.jp>

 このメールが無事に届いているとしたら、私が頼んだ例の手紙が無事に私の息子の手元に届いたようですね。最後の頼みを聞いていただいてどうもありがとうございました。
 それと、ぜひともあなたに見せたいものがあります。申し訳ありませんが、私の家に、息子の克人を訪ねて来てください。最後の願いの次の願いというわけです。


 送信日は昨日。時刻は私が父からのメールを受け取ったまさに直後だった。
 昨日届いたあの手紙を父が言付けたのはこの佐々木さんだった。

「実は私も父からメールを受け取っていて、あなたがいらっしゃることがその中に書かれていました」
「やっぱりそうですか。あなたが昨日起動したそのマシンを見せてください」

 父の書斎にあるそのマシンを見るや佐々木さんは私に断ると、そのマシンを操作し始めた。
「見慣れないOSで動いているようですけど」
「ええ、これは久山さんや私たちがロボットの制御用に開発したものです」

 せわしなく動いていた手を止めると、彼は急に涙を流し始めた。それは父の死を悼む気持ちとは明らかに別のものだった。
「久山さん、ついにやりましたね」
 あわてて自分が持って来ていた携帯パソコンから佐々木さんは父にメールを打った。
 返事は間髪入れずに返ってきた。

件名、Re:ついにやりましたね!
差出人、久山 明人 <akito.hisayama@XXXXXXX.ne.jp>

 自分でその動く姿を見ることが出来ないのが残念ですが、私のプロファイルデータの自動生成が上手くいっているとしたら、ついに本格的な人工頭脳が完成したことになります。....



<つづく>

- - この話はフィクションです。- -

(秀)


第739話 〜2002/4/17〜

■父からのメール(4)

 このパソコンのOSは自己増殖型人工頭脳のプラットフォームとして開発されたもので、プロファイルデータとともに二足歩行型ロボットに移植すれば、私達が小さい頃から夢見ていた本格的なロボットが実現するのらしい。いや、我々の描いていたロボット像よりももっと人間に近いに違いない。

 決められた言語を記憶したり、記憶をもとに推論によって判断をしていくような従来までの人工頭脳とは異なり、最初に与えられたプロファイルデータを自己展開させることで、発想することもでき、自己展開の過程で人格に相当するパーソナリティを築き上げていくことが分かった。
 もちろん、心も感情もある。

 思考方法も人間のそれに極めて近く、自己展開という形で自己増殖するその頭脳は従来までの工業製品に存在した「スペック」という枠をもはや持っていない。
 思考速度は人間のそれより遙かに速い、しかも不眠不休。

 母には何から話して良いのか、皆目見当がつかない。
 メールのことですら信じ難いというのに、今度は母の誕生日に贈り物が届いた。送り主の名は「久山明人」。
 父が生きていたときには毎年のことだったのに、父の死からまだ間もないため、母は穏やかではない。
 どうやら母は私のいたずらだと思っているようだ。

 もはや私は驚かない。確認してみるまでもなく、それは父の仕業に違いない。
 わずかばかりの株がまだ彼の名義のままで、その配当は彼名義の銀行口座に振り込まれつづけている。
 ネット通販で買い物をし、その口座から支払うことなど彼には造作もないことだろう。

 ためしに妻に「父」のことを話してみた。
 この間のメールを見せて説明しても、
「おしゃべりロボットと一緒で、決まったパターンの言葉を組みあわせてメールを送っているだけよ」とか、
「きっとその佐々木さんという人が、お父さんの振りをしてあなたをからかっているのよ」と取り合ってくれない。

<つづく>

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(秀)


第740話 〜2002/4/18〜

■父からのメール(5)

 彼の肉体はもはやない。魂なんてものも存在しっこない。
 彼はあの瞬間全ての存在が消え、私達の記憶の中に残っているだけでしかない。普通はそうだろう。
 しかし、私にとって父の存在は消えていない。メールで呼びかければメールで応えてくれる。彼が生きていたらおそらくそう書くであろう文章と寸分違わず返事を返してくれている。
 また、勝手にメールを送ってくる。ネットショッピングで買い物をして、私達に送ってきてもくれる。
 どこか遠くにいて、会えないだけの状態と何ら変わりない。

 電話が鳴るたびに、「まさか?」という気持ちも日増しに強まる。

 しかし、当たり前のことだが、このマシンによって消えてしまった彼の存在がどうにかなるものではない。彼は永遠に消えたままだ。
 けど、私にとっては生きているときと何ら変わっていない。姿が見えないことを除いては。

 父とのメールのやり取りで、彼がロボットの研究で本当にやりたかったことは人工頭脳に留まらず、生物の生殖にあたる、ロボットの世代間連鎖、すなわちロボットが自らの別固体を自動的に生産させることだったと知った。

 世代間の連鎖。そう、僕にももうすぐ子供が生まれ、父親になる。
 父にこのことを知らせることも、写真を送ってやることもできる。
 孫の誕生日にはプレゼントを送ってきてくれるかもくれない。
 残された者として、何もかわらなく亡き人とメールの交換ができるのは非常に複雑な気持ちである。
 やがて生まれてくる我が子が大きくなって、
「これがお前のおじいちゃんだよ」と言うのは悩ましい。


「おーい、今帰ったぞ!。かあさん、かあさん。克人。おーい、誰もいないのか?」
 玄関で声がする。それは紛れもない、父の声だ。

< 完 >

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(秀)


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