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第71話 〜1999/7/22〜

■マック

 マックと言ってもMacintoshではない、マクドナルドの方である。今はそれほどでもないが、幕張に通勤していた時は会社と家の両最寄り駅にマクドナルドがあり、3日と置かずに通っていた。キャンペーン情報にもめっぽう詳しく、会社でよく「今は何が安いの?」と聞かれたりした。

 私がマクドナルドを好きな理由は従業員の教育が徹底している点である。業界最大手でネームバリューもあるため求人においても有利である。他のチェーンでは仕事がテキパキといかない店員やケバくて飲食店には不似合いな店員などを目撃したことがある。決まってそういう所は店の掃除がいい加減であったり、奥で未成年者がたばこを吹かしてたりする。

 私とマクドナルドの出会いは15才のときである。まだ地元に店はなかった。バスで久留米市に出かけたついでに初めて立ち寄った。CMでは見ていたゴマ付きパンズのBigMacの現物を手に一種の達成感を感じた。マックは子供の取り込みに非常に熱心である。「人の食習慣は12才までに形成される。12才までに口にしたものを一生食べ続ける」との説を藤田社長が雑誌で述べていた。子供に呼びかけ、親を連れて来させようというレベルの作戦ではなく、一生顧客にしてしまおうという恐るべき作戦なのである。私は12才に間に合わなかったが彼らの術中にすっかりはまってしまったようだ。

 最近残念に思うことは新製品の開発にあまり積極的でないことだ。順次キャンペーンをはって限定商品の安売りをしているが、あれは1年サイクルで同じものの繰り返しでしかない。かつての「マックチャオ(中華ランチのパッケージで2種類あった)」や「何故わざわざマックでレトルトのカレーを食べなきゃいけないんだ??」という疑問を湧かせた「マックカレー」にも復活して欲しい。

 マックは非常に研究熱心で、科学的な経営を行う会社である。その傾向は商品開発にも見られ、「マックシェィク」のあの飲みにくさは母乳の出てくる速度らしい。ストローの口径もそれにあわせてあるそうだ(硬いけど)。だからと言って、ストローを舌で転がして飲んではいけない。

(秀)


第72話 〜1999/7/23〜

■オイシーのが好き!

 先クールのドラマで「週末婚」というのをやっていた。永作博美が主演で松下由樹の助演、聞くところによるとドロドロとした、略奪の恋愛ドラマのストーリーだったらしい。松下由樹は過去にも「想い出に変わるまで」の中で今井美樹演じる姉の婚約者を奪い取る役をやっていた。確かに「ナースのお仕事」での主任役というのもあるが、略奪の恋愛がはまり役だったりする。

 女優、松下由樹のデビュー作は「アイコ16才」だった。少女漫画が原作で、冨田靖子がオーディションで選ばれデビューした映画でもある。当時の彼女の芸名は松下幸枝となっている。その後彼女が再びメジャーに露出するのは、いきなりドラマ初出演での主役となった、テレビドラマ「オイシーのが好き!」だった。平成元年のことである。私はその年の春に上京し、このドラマは3クール目、すなわち7月からTBSで放送された。

 「オイシーのが好き!」は私にとって、ある種、記念すべきドラマだ。ドラマに設定された地理的条件等が全て分かるようになったのである。設定はこうであった。彼女は北松戸に一人暮らし。毎日駅まで折り畳み式の自転車で出かけ、その自転車を駅で大きい方のコインロッカーに300円で預ける。毎日300円掛けて自転車をコインロッカーに入れるというのはどこか無駄な気もするが、駅までの往復のバス代を考えれば、それほど飛躍した設定ではない。何しろその自転車がおしゃれだった。彼女はそこから東銀座へのオフィスに通っている。北松戸はトレンディドラマとしては異端であるが、北松戸から北千住までは常磐線、北千住で乗り換え、そのまま東銀座まで日比谷線。通勤条件としては結構良い方だ。この通勤時間を考えれば、かえって現実的で、駅まで徒歩で通えないところに部屋を借りているあたりがリアル感を付け加えている。勤務先は東銀座の出版社、マガジンハウスをモデルにしていた。ざっとこんな状況が分かって見るドラマというのは、これまでの設定の現実感がないまま、全てフィクションと同じ様な見方とは全く違っていた。

 ところで、このドラマのストーリーであるが、トレンディの恋愛ドラマであった。相手役は石田純一と藤井フミヤ。いわゆる二股の女であった。単純恋愛のストーリーはこのときから似合っていなかったのかもしれない。石田純一というところにかつてのバブルの頃の時代を感じる。

(秀)


第73話 〜1999/7/26〜

■言魂

 言葉が何故他人に伝わるかはなかなか不思議なことだ。昔の人は「言葉には魂があるから」と考えた。「言魂(ことだま)」というものだ。しかし本当のところは人間が言葉などを抽象化する能力を持っているから、言葉によって意志や情報を伝えることができる(言語学的にはもっと複雑な説明が必要かもしれないが)。「犬」、「白」など具体的なものが一般化している場合は極めて伝達は容易だ。「外に白い犬がいたよ。見ておいで」といった場合、受け手が小さい犬をイメージして見に行き、実際には大きな犬がいたとしても「犬はいなかった」とは言わないだろう。10人が犬の絵を書くと10通りの犬が書かれるだろう。絵の上手下手はあるだろうが、まず、いずれも犬と認識できるだろう。それはいずれの犬も具体的な姿をあらかじめ知っているからだ。

 また、もう1つ人間の不思議な能力として、新しい語彙を獲得する過程がある。新しい語彙を獲得する際はその言葉を既知の他の言葉に置き換えていくことになる。私達は無意識ではありながら大変な作業を日常において繰り返しているのだ。辞書の類はそれこそ一般的な言葉の組みあわせで別の言葉を説明するといった途方もない作業を具体化したものなのだ。

 ところで、若者を批判するときによく使われる、「最近の若い者は...」という言葉は洋の東西を問わず、しかもかなり古くから使われていたそうだ。ソクラテスやプラトンの時代にその種の言葉が使われていたことが、神殿の柱の落書きとして、確認されている。実はもっと以前から使われていたかもしれない。サルが二足歩行を始めた人間達を見て、「最近の若い者は...」。彼らにどのくらいの語彙と抽象力があったかは良く分からないが。

(秀)

from.なぎさん

第74話 〜1999/7/27〜

■ラジオ体操

 夏休みに規則正しい生活を送ろうと、連日ラジオ体操に通っている。今日で7日、ついに期間中皆勤した。何もそれによって得るものはないかもしれないが、始めたからにはそう易々とやめるわけにはいかない。コラムの執筆にどこか似ている。ラジオ体操と侮ってはいけない。運動量は多くないが、普段使用しない筋肉を使っていたりする。

 朝から校庭に集まって来た顔ぶれは、子供を除くと老人がほとんどで朝から会場に来ているサラリーマンは私一人ぐらいである。あとは主催である子供会役員のお母さん達である。その中でひときわ張り切っているのは市会議員の親父であった。自分が子供の頃は、自営業の親父というのが結構多く、町内のイベントとなると決まって姿を現す名物親父がいたりした。ネクタイをして出勤する人も少なく、おじさん達が元気な町だった。それがサラリーマン世帯が多いところとなるとおばさんが元気な町になるようだ。

 ラジオ体操のレコーディング状況を想像してみて欲しい。あるいは放送開始当時の放送の様子でも良い。スタジオには1台のピアノ。それにあわせて例のナレーションを入れていくのである。ビジュアルとして思い浮かべると何とも笑えてしまう。そして、意外にも毎朝の放送はライブであった。掛け声はもちろんであるが、ピアノも生演奏だった。放送終了間際に「担当は○○。ピアノは浜、でお送りしました」と言っていた。毎日どんなピアノを持って巡回しているんだろうか?。近くに来た際には是非駆けつけたい。

 それにしても巡回放送の人は土日もなく毎日大変だな、と思っていたが、4日目に会場が四国から北海道に大幅移動したと同時にアナウンサーが別の人に替っていた。おまけにそのアナウンサーは「今日の会場、北海道○○町は私の出身地でもあります」と、ラジオの前の人にはどうでも良いことまで話していた。地元でのラジオ体操フィーバーは一層加熱したことだろう。

(秀)


第75話 〜1999/7/28〜

■修理

 不思議なことに我が家には「夫婦仲が悪くなると電化製品が壊れる」という法則がある。しかもその不仲の度合によって壊れるものも高価になっていく。軽微な場合は蛍光管が切れる程度だが、洗濯機が壊れたりもした。なにもヒステリックになって蛍光燈や洗濯機を投げ合っているわけではない。こんな調子でビデオも掃除機も買い替えた記憶がある。

 「次は冷蔵庫か?」と週末買い物に出るたびに家電売場で冷蔵庫の価格調査を繰り返していたこともある。テレビやビデオ程度の被害であれば「番組が見られない」といった機会損失程度で済まされるが(ましてや家にある2台が一遍に逝くことはないだろう...)、ところが冷蔵庫となると中にしまわれている食材達がダメになり、実質的な被害が発生するわけだ。「まさか新品なら壊れることはないだろう。早めに買い替えておいた方が安心かな?」こんな関心で次々と扉を開けたり引出を引っ張り出したりしていた。

 そして、今回茶の間のテレビが壊れてしまった。休みで昼間から女房と顔を会わせていれば、テレビが壊れても当たり前と思えるような火種もちらほらある。「買い換えようか」とスーパーに見に行った際、希望機種を巡る意見の対立で、その不仲は最高潮に達した。妻は「少しでも安いもので良い。けど、ワイドテレビ&フラット画面」。私は「せっかく買うからには、それだけではなく、何かしらの先進機能が欲しい」といった具合である。今回壊れたテレビは28インチのワイドテレビであるが、初の2画面対応機ということで5年前に今の倍ぐらいの値段、通常機能機のプラス5万円ほどで買った。私は結構こういうものに弱い。かつては初の(カセットテープの)オートリーバス機能付きラジカセを買ったし、初の腕時計型電波時計も買った。探せば他にも2、3同じ様なものがあるだろう。

 結局、テレビは買い換えることはせずに修理をすることにした。メーカーは何かと話題の東芝であったが、電話がなかなか通じない以外、対応は非常に良好だった。モジュール化された基板ユニットを交換して、17,000円ちょっと掛かったが、おかげで我が家に平和が訪れた。

(秀)


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