・  ・ 

第746話 〜2002/4/26〜

■ゲバゲバ

 先日、夜のNHK BSで懐かしいコミックソングを紹介する番組をやっていた。往年の映像なんぞも見られのるかと期待したが、「夜もヒッパレ」のように全然別の人が歌い、その出演者もせこく、ちょっとがっかりだった。それでも流れて来る曲のほとんどが口ずさめるうれしさから全部見てしまった。

 そんな中、「老人と子供のポルカ」という曲が紹介された。私が物心が付く頃、テレビで彼らの歌う姿を見ていた。左卜全という喜劇俳優の爺さんが椅子に座って(、しかも片手には杖を握っている)、その周りをいたいけな4、5人の子供が取り囲んで歌う。ところで左卜全というこの爺さん、映画のちょい役で出たりしているが、昔っから爺さんで、わざわざ出るほどのことはないような存在であった。そんな立ってられないような爺さんが何でまたこんな子供達と歌を歌わねばならないのかは一切分からないが、まだ新鮮だった私の脳みそにはこの曲の歌詞とメロディが深く刻み込まれてしまった。その中に「やめてケーレ、ゲバゲバ」という歌詞が出て来る。

 当時同じく「ゲバゲバ」と言えば「ゲバゲバ90分」という日テレの人気番組があった。番組名の冠に「巨泉・前武の」と言うのが付く。巨泉はもちろん大橋巨泉、前武とは前田武彦のことである。当時売れっ子の放送作家だった。中身はナンセンスなショートコントを時間内立て続けに流すものだった。エレベーターの扉が開くと、そこに階段があったり、電話の受話器から突然シャワーのように水が出て来たシーンを覚えている。コントが終わるごとに「ゲバゲバ、ピ」というアニメーションやハナ肇の「アッと驚くタメゴロー」なんてインターバルをテンポ良く流していた。

 さて、肝心の「ゲバゲバ」とは何か?、についてである。「ゲラゲラ90分」ではなく、「ゲバゲバ」なのである。これは時代の産物と理解するしかない。「ゲバゲバ」というと分かりにくいが、これは「ゲバ」のことである。学生・新左翼運動の用語で、国家権力に対する実力闘争を意味するドイツ語のゲバルトの短縮形がゲバである。内ゲバ、ゲバ棒。それが一転、2つ続けるとゲバゲバと何か面白い言葉になってしまう。「やめてケーレ、ゲバゲバ」。これが時代のメッセージソングだとは気づかずに、私の脳に浸透していった。30年ちょっと前のお話。

(秀)


第747話 〜2002/4/30〜

■電子レンジ

 台所から焦げ臭いにおいがする。何事かと聞けば、「レンジを使っていたら、煙が出た」とのこと。確かに食べ物の匂いではなく、機械の焼け焦げた匂いだ。普通ならここで私が機械のチェックをみたりするのだが、今度に限っては「爆発するかも知れないからやめて」と言われ、「そんな馬鹿な」と思いながらも、異常な電磁波を受けて巨大化したり、タイムスリップしてはいけないので、その忠告に従い、あえなくそのオーブンレンジはそのまま廃棄されることになった。5、6年くらい使ったであろうか?。

 バカボンパパは非常に歌がうまい。本業の植木屋で植木を刈りながらも木の上で歌の練習に余念がない。ママが電子レンジを欲しがっていて、それが賞品となっているお祭りでののど自慢に出るためだ。最初にアニメ化された天才バカボンでこんな話の回があった。ライバルは「悪魔が憎い」(30代後半以上の人じゃないと分からないと思う)という曲を練習していた。このライバルの妨害で怪我をさせられ出場が危ぶまれたパパだったが、ステージで北島三郎の「仁義」を熱唱し、見事優勝賞品の電子レンジを手にするのであった。しかし、ママが電子レンジで作ったのは焼き芋(ふかし芋)で、「わしはレバニラ炒めの方が良いのだ」と言って、その回の話は終わる。

 一方、我が家のレンジであるが、スーパーに新しいものを買いに行ったら、意外に安くてほっとした。先進の機能を備えた機種は確かに高いが、基本的な単機能に特化したものはほとんどが2万円以下である。かつて電子レンジという言葉を聞き始めた頃は家庭用で10万円ほどの値段だったと思う。今の値段で考えれば20万円以上だろう。前述のバカボンの中でも8万円だった。技術革新の効果に感謝。のど自慢に出るわけにも行かず、「ボーナス払いで」とカードを取り出し、台数限定で売り出し中の最も安い奴を買い求めた。

(秀)


第748話 〜2002/5/1〜

■デヴィッドペイチ

 先日、明け方に見た夢より。

 TOTO(かつてのアメリカのロックバンド)のメンバーのうち、ボビーキンボール(ボーカル)、スティーブルカサー(ギター)、デヴィッドペイチ(ピアノ)の3人が「流し」の格好で出てきた。

 ボビーはマイク、スティーブはギターを、そしてデヴィッドはピアノを持ち歩けないので、アコーデオンを背負っていた。

 3人は順にカタコト日本語混じりで、「ボビーキンボールです」、「スティーブルカサーです」と私に挨拶し、最後にデヴィッドが「ヨコモリリョウゾウです」と言った。

 しかもちゃんと言えずに噛んでいた。

(初出:「(秀)の書斎」2002/4/23)

(秀)


第749話 〜2002/5/2〜

■土禁

 日本人の車を愛する姿勢は一種異常で、休日の洗車場などとなると、順番待ちの車がひしめき合おうと、熱心に手洗いで車を洗っている輩がいる。洗った後はワックス掛け。もちろん手でやる。ワックスも拭き落とし、一通り外周りが済むと今度は車内の掃除機掛けへと移る。車内の掃除機掛けにも熱心なわけは「車内土足禁止」であるため、入念に砂などを吸い出しておかねば気がすまないからだ。

 私がガソリンスタンドでバイトしていた頃、給油が済んだ車や洗車をする車を動かさなくてはならないことが多かった。そんなときその車が「土禁」だとやっかいだ。耐油性の安全靴をきつく紐を縛って履いているため、その脱ぎ履きは結構面倒くさい。車内に下足用のトレイを置いてあれば良いが、それが見つからないときは膝の上に安全靴を底を上にして載せ、他人様の車を運転しなくてはならない。あまりに面倒なので、そのうち靴を脱ぐのをやめ、タオルを床やペダル部に敷いて乗るようになった。

 何もバイトのときだけでない。たまたま乗せてもらった車が土禁だったりする。それに気がつかないで乗り込むと「土禁だから、靴脱いで」と言われて、ちょっと引いてしまう。あるいは、後部座席に置かれたトレイに足を揃えてじっとしているしかない。決まって、車内にはチャラチャラとした飾り物があり、床には厚手のカーペットが敷かれている。ところがそこまで車を愛する割には車内禁煙ではなかったりする。

 私のバイト先での経験によると、土禁車両率は約15%。ガテン系の人に限ってみるとその確率は7割を超えると思われる。女性の場合はそのガテン系の連れ(彼女)もそうだが、それ以外にもヒールの高い靴を日常的に履く人の場合もその確率は高い。ヒールでは車が運転しづらいからそうだろう。以前何度か駐車場に脱ぎ置かれ放置されたハイヒールを目にしたことがある。その履き揃えられたハイヒールというのは地面にありながらも、ドッキリしてしまう。ところでこの女性は車を降りるときどうしたんだろうねー。

(秀)


第750話 〜2002/5/7〜

■ソーダ水

 私はソーダ水が好きだ。あのエメラルドカラーの透明溶液には心が和まされる。汗をかいたグラスのそれを眺めているだけで癒される。サイダーや他の炭酸飲料水に比べると、その泡の量や立ち上る泡のスピードも控えめな上、「ソーダ水」という控えめな名前にも奥ゆかしささえ感じられる。それでいて、コーラやサイダーの様に冷蔵庫で待っているわけでなく、どこかよそ行きの飲み物の感じさえする。

 私がこんな感情を抱くようになったその原因の一部は粉末ジュースの素にあると思う。駄菓子屋で1杯分1袋、10円で売られていた。白がベースの袋にはソーダ水の入ったグラスの写真が印刷され、バックには水玉模様が印刷されていたような記憶がある。それを水に溶いて飲む。ミネラル水があるでなく、浄水器があるでもなく、水道水に溶いただけだがそのジュースはとても旨く感じられた。ソーダ味(メロンソーダ)だけでなく、いろいろなフルーツ味の粉末も並んでいた。もちろん、果汁など一切入っていない。また、袋に入ったものではなく、瓶の形をしたビニールポリ容器に入ったものも駄菓子屋で売られていた。

 「そんなものを飲んでいると腹を壊す」と、よく家族に怒られたりしたが、別にそれはそのジュースの素に問題があるわけでなく、それを溶かして飲むまでの環境が手が汚れたままと衛生的でなかったり、他にいろいろなものを飲食していたことが原因だったりした。それでも家に持ち帰ってジュースとして飲むには後ろめたさがあり、駄菓子屋の店頭で、粉末をストローで吸い上げ、咳こんだことも何度となくある。

 当時もスーパーなどでは20杯分ぐらいの袋入りの粉末ジュースの素が売られていた。代表的なものは「渡辺のジュースの素」だろう。ジュースや炭酸飲料水が高価であった時代にその代替物として登場したが、缶入りジュースの台頭で、もはやその影は薄い。喫茶店などで口にするソーダ水に比べれば、粉末ジュースなどやはりチープでしかないが、懐かしさは通じている。だからソーダ水はノスタルジックな味がし、心が癒されるのさ。

(秀)

←粉末ジュース

 ・  ・