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今はバラエティ番組など、画面に字幕を出すテレビ番組が増えた。バラエティ番組に限って言えば、字幕を使用しない番組など皆無と言っても良かろう。単に会話を文字にしたものから、これからの展開の予想や見る側からのツッコミを文字にしたりと工夫仕切りであるが、中にはあれを煩わしいと思う人も少なくないようだ。編集するスタッフにとってはテープのつぎはぎでさえ時間に追われ、徹夜続きらしいが、その後さらにテロップを入れるとなるとその苦悩は想像に難くない。
どんな番組でさえ文字が出てくると、悲しいかな、習性か、文字を追ってしまう。洋画のせいだ。本当は字幕なしで見られるくらいになりたいなと、会話に耳を傾けてみてもそれについていけず、一旦字幕を読み出すと映像を見るのとどっちが大事なのかわからなくなってしまいそうなときもある。そして字幕に気を取られてしまうと本来の会話や映像とのタイミングと合わないところで笑う羽目になってしまう。これは悔しい。
一方、テレビの方ももはや字幕はバラエティ番組のものだけではない。ニュース番組などでも盛んにテロップが入る。政治家などの冗長的な発言を簡潔につまむ際などに多用される。また、カセットレコーダに光が斜めに当たり、テープが回りながら、そこに録音されている音声が字幕で紹介されるケースもよく目にする。この映像に出てくるカセットレコーダは「今時分どこにあるんだ!」とツッコミたくなるような時代遅れなものと決まっている。
ニュースのテロップはこれ以外にも本来の「言葉がわからない」からという理由でも当然使用される。地方で起きた事件で地元住民の証言の際に使用される。特に年寄りなどの場合は必ずと言って良いほど登場する。最近話題の「看護士4人組連続殺人事件」であるが、あの舞台となった場所は私の故郷から近い。だから方言なんか全て分かる。ネイティブだ。けどちっとも嬉しくなんかない。
(秀)
かねてより経済犯罪の刑罰は軽いと思っていた。例えば詐欺で億単位の金をせしめてそれを使い込んでしまおうと数年間の刑務所暮らしで済まされる。被害者が訴えようともまっとうな方法で億単位の金を弁済できるはずもなく、そうなると法的な仕置きはこれ以上のことは出来ない。実力で制裁を加えた「豊田商事永野会長刺殺事件」のことを思います。ところで、あのときの犯人はどうなったのだろうか?。
一般的な詐欺事件は自分が被害者でなければ腹も立たないが、公務員が不正に税金を着服していたとなると納税者として私自身も被害者の一人である。昨年の初めに検挙された外務省の松尾前室長の機密費横領事件はその額約2億円に対し、懲役7年6ヶ月の実刑判決となった。2億円というのは一般サラリーマンが一生掛かって稼ぎ出す平均生涯賃金と同額である。しかも、これは税込み金額。無税の上、マンションを買った際の利息などを考えると、その実質的な価値は2倍以上はあるだろう。これほどの額を詐取しておきながらて懲役7年6ヶ月でしかない。
そして、それからまもなくして発覚した外務省のもう一つの事件。95年のアジア太平洋経済協力会議(APEC)の際、ホテル代を水増しして公金計4億2,200万円をだまし取った元課長補佐に対し、今日東京地裁で一審判決が言い渡された。その内容は懲役2年。被害額が戻ったとか、個人的に使い込んだ約3,000万円を弁済したからと言え、これだけの詐欺行為に対しわずか懲役2年の判決でしかない。これではやっぱり被害者の一人として納得行かない。
それどころかもっと腹の立つニュースが伝わってきた。何とこの懲役2年の判決を受けた元課長補佐の被告がこの量刑を不服として東京高裁に控訴しやがった。執行猶予が欲しいのだろう。盗人猛々しいにもほどがある。「量刑不当」と言うのはこっちの方だ。
(秀)
東京の港区には大使館が多く、その周辺を警視庁の警察官が常備警備している。東京都警ではなく、警視庁と名乗るのは一般的な都道府県単位の警察機能だけでなく、首都と国家を守る機能も有しているからと聞いたことがある。国会周辺の警備や要人の警護、それに外国大使館等の周辺警備もこの機能の一部なのだろう。
さて、中国・瀋陽で起きた「総領事館事件」についてである。ショッキングな映像がテレビで流れている。ショッキングな理由は単一ではない。日本国の主権が侵されたこと、中国武装警官の執拗かつ乱暴なあの阻止行動、あの幼女の姿、それに総領事館職員のアホぶり。帽子を拾ってあげてる場合ではない。これ以外にもいろいろと人によっては感じることがあったかもしれない。「どうしてあんな画像が録られていたんだろうか?」という疑問には、北朝鮮からの「駆け込み亡命」を支援する韓国のNGO(非政府組織)が、事前に日韓の通信社に連絡の上、カメラマンが現場に待機し、決定的瞬間を撮影していた、とのことだった。あの映像のせいで日本が世界的に恥をさらすのは間違いない。
「ウィーン条約」という言葉を私は初めて耳にした。各国駐在の大使館や領事館のエリアが治外法権であるのはこの条約に基づくものらしい。一方この条約には「受け入れ国は一切の適切な手だてを講じ、領事館を侵入や損害から守らなければならない」とも定められているそうだ。冒頭の警視庁の警官もこれに基づき警備しているのだろう。5人の身柄引き渡しに応じない中国側は、「不法に日本総領事館に入ろうとする身分不明の人物を連れ出したのは、総領事館と官員の安全を守るため」としている。大きなお世話だ。門はおろか、ビザ申請待合室まで入り込んで連れ出す無謀ぶり。その一方で敷地内の警備ボックスには人がいない無防ぶり。ラップのような韻のふみよう(歌ってみたが歌えなかったけど)だが、あまりのお粗末ぶりに笑うにも笑えない。
外務省は首相の指示に従って現地に責任者を派遣し、調査を始めるそうだ。川口外相は「中国側の対応によってはさらに上の人間を北京に出すことも検討する」と語ったらしいが、「そんなこと言わずにさっさと自分(外相)が行け!」とか「前外相(田中真紀子代議士)だったら、行ったかな?」と考えてみる。「首相自ら乗り込めよ!」なんて思ったりもするが、今回の事件は邦人が拉致されたわけではないのが、「主権侵害」と「人道的保護」の2つのポイントのバランスを一層複雑なものにしているような気がする。
(秀)
これは「平成版・ふぞろいの林檎たち」だと、ある雑誌では評されていた。私もその記事を読む前から同じような考えである。堂本剛演じる終(シュウ)、国仲涼子演じる恵子、柴咲コウ演じる琴美、この3人が主人公となり、様々な悩みを抱える今風の林檎世代を描いている。
話は中学校のクラス会から始まる。卒業前に転校してしまったこともあり、クラスでの存在感が薄かった終。この日もほとんどの級友が彼のことを覚えていない。勉強もできてルックスも良かった恵子は相変わらずクラスの人気者であるが、彼女を取り巻く現状の生活には閉塞感を抱いている。そこにかつてはブスと嫌われていた琴美が見違えるような美しさで現れ、クラスメイトの注目を浴びる。彼女は今モデルとして働いている。
この3人と今回のクラス会の幹事である孝平の4人は二次会のカラオケに行かず、思い出の中学校に夜中忍び込んだ。かつての教室で、かつての席に座り、卒業からのそれぞれを生活を語りだす。三流大学で就職もままならない終。大学受験で挫折し、家を出た恵子はアルバイトで働いている現在の職場にも不満を抱いている。一方、かつてブスと嫌われていながら、現在はモデルとなって生まれ変わったかのような琴美にも自分に接してくれる他人がどこか信じられない。それぞれが自らの存在や生き方に強く疑問を抱いている。
一通り4人が話し終わった後に、そろって屋上に昇ってみることになった。そこで突然、孝平が「この先何か良いことあるのか?」、「この先良いことなんかあるはずない」と、そして「俺は、今日で終わりにする」という言葉を残し、屋上から飛び降りて自らの命を絶った。この死が残った3人の生き方に大きな影響を与える。「自分は生きているのか?」と。
「ふぞろいの林檎たち」同様、社会の第一線から取り残された者たちが主人公のドラマである。トレンディドラマのように豪華なマンションに住み、恋愛だけが悩みの主人公ではなく、それ以前に自分の存在自体に悩む人々が主人公である。家庭内にも問題(親父のリストラ)を抱えている。実際の社会はこんな人々たちで成り立っているはずだ。ただ、美男美女がこれらを演じるところにリアリティへの不満をちょっと感じるけど。
「夢のカリフォルニア」というタイトルにはまだ見ぬ理想の街という意味がこめられている。この曲の歌詞をそう説明したのは、終のバイト先の中林(田辺誠一)であった。彼は大手企業をドロップアウトして運送会社で働き、終とペアでトラックで集配の仕事をしている。この中林が今後、終との絡みで彼に大きな影響を与えていくキーマンだと私はにらんでいる。
(秀)
学園ドラマのセオリーというものがある。決まって生徒の多くは学力が低く、不良。学校長は非常に良い人だが、教頭がくせもので、毎回毎回「退学だ!」と騒ぐ。そして、これに次ぐ教師が教頭にべったりのご機嫌取りときている。そして他の教師達の多くは熱気に欠けている。ここに一癖も二癖もある教師が赴任してくれば学園ドラマの舞台なんか簡単にできてしまう。
あとは教師の味付けである。まあ、これまでの学園ドラマは若手の単なる熱血漢(「さよなら小津先生」はそういう意味で異色)というものが多く、特殊なバックボーンに依存したものではなかったが、この「ごくせん」は極道先生という設定に大きく依存し、いや、その名の通りそれが全てのドラマだ。仲間由紀恵演じる山口久美子(通称:ヤンクミ)は父母亡き後母方の祖父に引き取られて育てられているが、そこが大江戸一家という極道で、彼女は4代目の跡目を継ぐのが嫌で教師になった。
見掛けは普通の新任女性教師である。ただ、不良がいくら脅そうとビビリはしない。「あの(長髪)先生より人情家。あの(グレート)先生より無鉄砲」というふれこみである。最初から2回のストーリーは自らの暴力で問題を解決していったため、これがいつものパターンかと思ったが、3回目からは別の形でのエンディングとなっている。メインストーリーはこの教師としてのハチャメチャぶり。伏線は生活安全課所属の警察官への片思いといったところか。
(秀)
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