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第771話 〜2002/6/5〜

■マッサージ椅子

 大型家電品店やスーパーの家電品売り場にマッサージチェアのデモ機が置いてある。座ってみたいが、休日となるとだいたい席は埋まっている。家族連れで一斉に座っていたりする。かと言ってあれを買っている人を見かけたことはない。「あ〜あ」と席を立ったら、首をカクカクとやって次の売り場へと向かう。空いた席には待っていた人が慌てて座る。

 あのマッサージ椅子を家に持っている人はどれくらいだろうか?。いくら私でもこれは持っていない。私の周りにはとりあえず2名いる。出会った人それぞれに「マッサージ椅子ありますか?」と聞きまくっているわけではないが、普及率としては1%ぐらいだろうか?。例え買うことは出来ても、それを置いておくスペースがないとならない。そういう意味でもお金持ちっぽい。

 最近のマッサージ椅子はマッサージチェアと呼ばれるほど、モダンである。商品名も「アーバン(ナショナル)」だったり、カタログには人間工学なる言葉も出てくる。たまに家電コーナーで私も座ってみたりするが、揉みや叩きにどうもリアルさを感じられない。むしろ、ローリングによる背筋伸ばし機のような気がする。コース通りやってみても、肩がほぐれた感じはしない。

 かつてのマッサージ椅子は温泉などにあった。そして私はそれを銭湯で目にしていた。揉んだり叩いたりするアームが出ている。横には車のハンドルのようなハンドルが付いていて、これでアームの高さを調整する。リクライニングなどできず、無骨なまでに椅子である。これに銭湯などの場合、お金を入れる箱が付いている。当時、「10円」と書かれていた。

 今風のマッサージチェアよりもこのマッサージ椅子のアームでグリグリとやられた方が肩こりには効きそうな気がする。リサイクルショップなどで探し出せれば、小遣い程度の金額で買うことは出来るだろう。しかし、あいにくマッサージ椅子を置く場所の余裕などない貧乏住まいのため、それすら叶わない。妻の実家には昔あったらしい。

(秀)


第772話 〜2002/6/6〜

■臆病風

 会社のイントラサイトから「秀コラム」のサイトへリンクを張らせて欲しいという申し入れがあった。会社と言うのは他でもない、私が勤務している会社である。イントラサイトと言っても、会社の全社員が見るような基幹のものではなく、部門で管理しているものでしかない。それでもきちんと業務で使用しているものには変わりない。つい先日までそのサーバとサイトを管理していたのは他でもない、私だった。

 部門サイト、しかもこのサイトにはIDとパスワードによるセキュリティが掛けられている。利用できる対象者も限られ、日々のアクセス数もそれほど多くはない。しかしながらセキュリティを掛けるに値するほどの価値ある貴重な情報がそこからは発信されている(と、かつての当事者としては手前味噌ながら思っている)。

 そこに自分のプライベートなサイトへリンクを張ろうなど、自分が管理者をしているときは思いもしなかった。「私物化している」、「真面目に仕事しろ!」などというお叱りを受けるのが容易に予想されたからである。しかし、新しい管理者から「サイトの賑やかしのためにリンクを張りたい」と打診されたときはちょっと違った。先ほどのようなお叱りも今回は自分の責を免れると思った。即時に快諾の返事をした。「これで読者が増えるぞ」と。

 ところがそれからしばらく、仕事の手も止めて、思案した。「本当にリンクを張っても良いものか」と。確かにイントラサイトへのアクセス者は限られている。しかし、私のサイトのURLを他人に転送することなど、造作もない。まあ、それが読者数増への期待でもある。気になるコラムが数編、頭をよぎった。もしそれが、まわりまわって当事者の目に触れるのはやばい。それにこうして毎日コラムを書いていることを会社でもあまりおおっぴらにしていない。それは監視され、意見され、書きたいものが書けなくなるのを避けるため。

 「やはりこの根本は守ろう。読者数よりも自分の書きたいものを書き続けられる環境の方が大事。そして、読まれたらまずいコラムもあるし」。席を立ち、急いで階段を駆け上がると、「臆病風に吹かれちゃったよ。さっきのリンクの件、やっぱりやめて」と詫びた。

(秀)


第773話 〜2002/6/7〜

■「週刊○○」への疑問

 世の中に週刊誌の類は数多くあるが、ある決まったテーマを掘り下げて、シリーズを揃えてもらおうという類のものがある。例えばその一つに「デアゴスティーニ」という出版社がある。馴染みのない人も、その出版物のタイトルぐらいは知っているだろう。新しい出版物が出来る度にテレビCMを盛んに流しているから。「週刊ビジュアル日本の歴史」、「週刊源氏物語」、などなど、などなど。売り出した当初は書店の入り口やレジ付近に宣伝用のポップスタンドとともに平積みにされている。

 手に取ってペラペと軽くページをめくってみる。絵や写真をふんだんに使い、豪華な社会科資料集のようなテイストになっている。この出版社の場合、初回配本分は1号、2号の合併で、いつもの倍のボリュームでありながら、いつもの半額ぐらいというキャンペーン価格で客を引きつけようとする事が多い。その一週間には盛んにテレビCMも流している。

 そのうち次の号が出てくる。平積みの勢いは衰えるが、初回分も横に並んでいる。専用バインダーなんてのも並んでいる。今度はぐっと薄くなった感じがして、しかも値段は前回に比べると割高感がある。初回分は力を入れて作るので出来も非常にすばらしい。「このままコレクションしようかな?」という気になったりするが、次の号を見てややその気持ちが萎える。

 もう一つ同じようなシリーズ化を行う週刊刊行物に、「週刊デル・プラドコレクション(扶桑社)」というのがある。これは車や飛行機の模型が付いた週刊雑誌である(「デアゴスティーニ」もバイクのダイキャストモデルが付いたものを出している)。発行部数がどれほどのものかは分からないが、コレクションを楽しむような趣味の分野に対するコレクションを目的とした刊行物と狙いがマーケティングとしては確かに面白い。

 ところがこのプラドコレクションに戦国武将のフィギュア付きの「戦国覇王」シリーズが登場した。大河ドラマに便乗し、初回分には前田利家のフィギュアが付いていたようだが、歴史好きとコレクターという層はあまりダブらないような気がする。おまけに高い。現にこのシリーズはかつて一度5回で休刊(事実上の廃刊)になったことがある

 いつまで続くか分からないものを買いつづけるのは結構疲れる。読んで捨ててしまう週刊誌とは違う。コレクションすることが目的になってしまうようなコンセプトの週刊刊行物なのだから。読んで楽しむことよりもコレクションを欠かさないために買い続けるとなると、もはや苦痛となる。出版された当初はテレビCMや書店の平積みで華々しいが、次第に店に並ばなくなって、書店で予約しないと買えなくなると世間的にはそのシリーズが続いているのか、完結したのか、はたまた途中で止めてしまったのかさえ分からなくなってしまう。いや、世間的にはそんなことすらも意識されなくなる。しかしそれでも次々と新シリーズを出し続けて来るところが私には不思議でならない。

(秀)


第774話 〜2002/6/10〜

■プロ野球の落日

 昨晩から、日本サッカーの対ロシア戦での勝利で湧き上がっている。稲本、すごい。あの稲本の位置にいたら、誰でもゴールできたかのようにも思えるが、あのタイミングであの位置にいることが既にすばらしい。しかも慌てず、右上隅を狙って蹴り出しているシーンは何回見てもすがすがしい。しかし今回の勝利は彼がインタビューで話していた通り、チーム全体の勝利と言うべきだろう。稲本にパスを送った柳沢の判断もすばらしい。普通ならFWとしてあの位置からならシュートを打っていたに違いない。しかし、パスをしてでもチームへの勝利を考えるところが柳沢らしい。そして、後半のロシアの攻撃をかわし続けたディフェンスの活躍も賞賛に値する。ゲーム結果だけでなく、その内容も良かった。

 あの勝利の瞬間、私はプロ野球の衰退を強く予感した。ワールドカップ開催にあわせて4日間もゲームを休んだり、昨日は日曜日でありながら、客が入らないことを理由にゲームを休んだりすることもそうだが、長期的に見てもプロ野球衰退が始まっていることを関係者は強く意識しなければならない。レプリカのユニフォームを着て、スタンドで応援している場合じゃないぞ、清原(これがまた似合っていない)。

 長期的とは、10年、20年後のことである。今時の男の子たちの好きなスポーツはダントツでサッカーである。かつて我々の世代やJリーグが始まる前は野球が圧倒的だった。プロ野球の選手というのはアイドル歌手のように素人がある日突然、オーディションなりでスターになるのとは違う。彼らは少年時代からずっと野球に汗し、その結果現在の地位を築いている。

 巷ではサッカー少年が増え、野球少年が大幅に減ってしまったわけだ。しかも身体能力に優れた、かつては野球を好んだであろう少年たちがサッカーに興じ、プロやワールドカップ代表を目指している。今のようなサッカー人気が一時的なものであれ、彼らは熱心にサッカーを練習することだろう。そしてこの傾向は加速度がつき、ますます強化される。

 一方の野球少年は今後も大きくその数を減らす。まず高校野球のレベルが全体的に下がって面白くなくなる。そして、自ずとプロ野球のレベルも下がってしまう。単に今だけ客が入らない、視聴率が取れない、サッカーが終われば人気は戻る、なんて考えでは、ますますプロ野球は衰退の一途を辿るしかない。有力選手は大リーグへ、残った選手はカスばかり。そんな日が10年後にはやってくるかもしれない。

(秀)


第775話 〜2002/6/11〜

■真空管

 かつてのテレビは増幅回路として、真空管を積んでいた。それ以前のラジオもそうだった。最初の頃のカラーテレビも真空管式であったはず。スイッチを点けてもなかなか像が現れてこない。音が先に聞こえ、しばらくすると、ぼーっとフォーカスの合っていない映像や色が滲んだような映像が現れ、真空管が温まるにつれて次第にその像はクリアになり、色の滲みもおさまってくる。一方消すときは、ガチョーンといった感じでブラウン管の中央に丸い光の点を残しながら消えていく。

 やがて真空管を使った増幅回路はトランジスタに変わり、テレビの映像も比較的早くつくようになった。何も早く映像が出るのはこのトランジスタのお陰だけではない。この頃からテレビはスタンバイ状態で、待機電力を消費するようになった。真空管でこれをやると、部屋は暑いし、真空管の寿命もすぐにきて実用的でなかったと思われる。

 今でも真空管を使った機器はアンプなどでマニアに重宝されている。真空管ではなく、チューブと彼らは呼ぶ。トランジスタに比べると、温かみのある音が出る。もちろん本当に良い音が出るには、スイッチを入れてから十分にチューブが温まるまで待たねばならない。真空管には寿命があり、それを消耗部品として交換することで、その機器本体の品質を維持する。ただ、次第に生産されなくなる管があったり、地方ではもはや入手そのものが難しいかもしれない。

 秋葉原に行くと今でも真空管を売っている店がある。JRのガード下にあるその一角は電気のパーツだけを売る専門店が密集している。駅の売店のごとく、一間ほどの間口になんと、ある店はスイッチだけ、またある店はツマミだけ、抵抗だけを売っている店といった感じで商品ごとにそれぞれの店が並んでいる。真空管の専門店もその中にあり、積み上げられた真空管のパッケージの箱に囲まれて、おばさんがひっそりと店番をしている。一日にどれほどの客が来るのであろうか?。壊れた真空管や型番を書いたメモをこのおばさんに渡せば、即座にその真空管を出してくれるのだろう。しかし、できれば真空管らしく、そのおばさんの動きはゆっくりしたものでお願いしたい。

(秀)


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