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世に「子供騙し」という言葉が存在するが、まさにその極みというようなおもちゃだった。テレビCMを見て、くねくねと動くその不思議な物体を見て、すぐに近所に住む、達ちゃんと一緒に街まで出かけて買い求めた。オレンジ色で15センチ位のイタチかきつねみたいな長細いぬいぐるみのような物体である。昭和50年頃の話で、値段は350円とか380円とかぐらいだったと記憶している。
スーパーのおもちゃ売り場にはたくさんのモーラが並べられていた。早速これを買い求め、家に帰って箱を開けると、中からモーラと遊び方の説明書、それに細い釣り糸のようなものが出てきた。このおもちゃを買い求めた動機はCMを見て、「どうしてあんな風に動くんだろう?。不思議だなあ?」、という点でしかない。そして何の疑いもなくモーラは勝手にそう動くもんだと思って買った。疑ったのは、「電池いるのかな?」ぐらいである。それなのに中から出てきた透明の糸。いたいけな少年の夢は脆くも崩れ去った。
こんな仕掛けだと分かっていたら買うはずはない。おもちゃ売り場には見本として実際に触れるものをおいていたりするが、モーラの見本など置いていなかった。当然のことだろう。二人一緒に買わずに、どちらかが先に買って様子を見ていれば我々の被害は半分で済んでいたかもしれないが、そこは子供である。一緒に行ったからには一緒に買いたい。当時インターネットがあったら、私はこの種明かしをして、小学生といえども、ネットによる不買運動をやっていたことだろう。
この時点で既にふて腐れてしまっている。しかし買ったからにはとりあえず遊ぶしかない。説明書では糸の一方をモーラの鼻先に結び、もう一方を手に持ったり、ボタンに引っ掛けたりして、モーラを生き物のように動かすやり方を紹介していた。これはステッキが宙で踊るような手品のテクニックのさわりである。こんな子供騙しに引っかかるような子供がこの技を習得できる訳がない。家族にやって見せたらすぐばれてしまい、買ったその日におもちゃ箱の奥の方に押し込められた私のモーラは、二度と日の目を見るに至らなかった。
休日の繁華街に出ると、路地で外人が変な紙人形を売っていることがある。Jackという名前を付けられた、このピエロの格好をした紙人形は人の声に反応し、ジャンプしたりお辞儀をしたり、踊ったりしている。1つ500円。手品用の極めて細い糸をもう一人の男が操っているに違いない。子供じゃないのでもう騙されない。
(秀)
私の特技の一つに「餃子を焼くこと」というのがある。池袋ナンジャタウンが「餃子スタジアム」と化し、テレビでその姿をまま目にすることがあって、その度に餃子が食べたくなって仕方がなくなる。加えて、ナンジャタウンのせいだけでなく、ここ数日、不思議とテレビで餃子を見る機会が多い。何者かによる陰謀か?。しかしそれだけの動機でさすがに池袋まで出かけてあの行列に加わったり、宇都宮まで出掛けてって、餃子を食べようというエネルギーまではあいにく持ち合わせていない。
実際にそれらがどれくらいうまいのか分からないが、ブラウン管越しに見るうまそうな焼き餃子ぐらい自分でも焼ける。中身の出来不出来も重要だが、餃子の味のほとんどはやはりこの焼き加減で決まると私は信じている。というわけで、先週末私はいつものように餃子焼きに挑み、ものの見事に過去最高の焼きを記録した(とりあえずこの焼き上がり写真はWebサイトの「(秀)の書斎」で公開中)。
さて、今回は何も餃子の焼き上がりを見てもらって私が自慢をしたいという話ではない。本題はスーパーなどにある冷凍食品売り場の冷凍庫の話である。今回、私が焼いた餃子は冷凍餃子であったが、それを探しながら、スーパーで冷凍食品売り場をぐるりと一周歩き回る羽目になった。私がよく見かける売り場の冷凍庫は大人の腰ぐらいの高さのものが幅約15メートルにわたって背中合わせに設置されている。背中合わせのため、向こう側の冷凍庫の中身を見たければ、ぐるりと回り込まなければならない。単純計算でこの場合、最大30メートルの間、下を向いて探さなければならない。他の食品売り場の多くは手の届く限り、高さをいかし、詰め込むように商品を陳列しているくせに、冷凍食品売り場と鮮魚売り場はこの高さの点でスペース的に無駄が多い。
あのように陳列した方が消費電力の面での効果があるのだろうか?。中には縦型の陳列台で冷凍食品を陳列しているスーパーもある。探しやすく、選びやすいのでこのスタイルが私は好きだ。「お客様の声」や「店長への手紙」といった意見箱があったら、今度投稿してやろう、と思っている。とりあえず、冷凍餃子が置いてある位置だけは今回覚えた。
(秀)
いよいよ8月もほぼ終わり。今年は9月1日が日曜日であるため一日得した感じがあるが、当然のごとく、終わらない夏休みなどない。宿題(の手伝いは)はもう済んだかな?。私の場合、二人の小学生を抱える父親であるが、宿題の実態そのもののが分かりにくくて困っている。夏休み前に学校からもらってきたプリントに何が宿題であるかは書かれているが、「計算ドリルの復習」という極めて曖昧な表記だったり、自由研究はまさしく自由で、やらない自由というのもあるかのように、かなり選択の幅が広い与え方をされている。私が子供の頃はこれらがすべて必修だったくらいのボリュームを出されていたような気がする。
私が子供の時には「夏の友」という小冊子が渡された。30数ページのプリントを綴じこんだ形の問題集である。市内の子供たちは学校が違っても同じものを使用していたようで、きちんと印刷・製本されたものだった。中身は国語、算数、理科、社会、それに体育や音楽、図画工作に至るまでの全教科が網羅されていた。ページの配分としてはこれを1日1ページのペースで片付けていく具合になっているが、もらった当日、分かるところや面倒でないところをまず一気に片付けてしまう。そしてしばらくこれを放置し、夏休みが終わりに近づいた頃に思い出したように引っ張り出し、残りをまた一気にやっつける。もちろんその間の期間はのんびり過ごす。各ページにやった日と天気を記さねばならないが、毎日コツコツとやっていないのがばれるため、これが最も困った。
面倒なページは後回しになる。それは図画工作の類である。工作はまず材料がないといけないし、写生はその場所に出かけないと描けない。それが主な原因となる。小学3年生のときに、工作のページで船を作らねばならなかった。かまぼこ板程度の板に両脇に割り箸を輪ゴムで固定し、それに輪ゴムをわたしてプラスチックの板を貼り付ける。このプラスチックの板をくるくる巻くと輪ゴムがねじれ、その戻る力を推進力として動く船を作らねばならなかった。
この件について親に相談した。そして材料について大工をしている友人に電話をしてくれた。その翌日に材料となるべき板が届くはずだったが、届いたのは材料ではなく、既に船の形に加工されていた。アイロンの底の形をした板で、平べったいものの、上面よりも下面の方が小さくなるように船の形に面取りがされ、カンナも掛けてあった。
2学期が始まり、一斉に提出された宿題の船の中で、我が船は軍艦のごとき異彩を放っていた。
(秀)
おそらく30年くらい前のことだと思う。私が買ったのは駄菓子屋だったのでおそらくそれは偽物だったに違いない。しかし、そんなことは遊ぶ上では特に問題にならない。ピンポン玉くらいのプラスチックの玉が2個。それがそれぞれ20センチほどの紐に吊るされていて、それを束ねた部分に玉と同じ素材のプラスチックの板が取っ手として付けられている。それだけの極めて単純な構造。当時のモラルとしては偽物が出て当然の単純さである。
どうして私がそれを買ったのかはよく覚えていない。取っ手を握って数回上下させて揺らし、ぶつかり合う玉の勢いが増して、下だけでなく上でもぶつかり合うことで、カチカチカチカチと連発して音を出す。ただそれだけを楽しむおもちゃである。しかし当時幼かった自分はこれが満足にできず、弱々しく下のほうでカチカチカチカチとぶつかっているだけでしかなかった。しかし世間でのブームは凄く、「いなかっぺ大将」での涙がカチカチと揺れてぶつかり合うシーンはこの影響に他ならない。
私がようやく上下で玉をぶつけて遊べるようになった頃には既にブームは終わってしまっていた。このブームは遊んでいるうちに紐が切れてケガ人が続出したという形で終息していったと思う。本物でもそうだったのか、粗悪な偽物がそうだったのか分からないが、まあ、良質な本物にしろ次第に紐は老朽化し磨耗していく部分もあるので、いずれはそれでケガをする子供が出たり、飛んでいった玉が物にぶちあたり、それを壊す事故が起きるのは間違いなかっただろう。安全性を考えれば、今なら到底世には出ないおもちゃだったと言える。
(秀)
田中長野県知事の再選は当初から誰の目にも明らかで、今さら驚くべきことなど何もない。私の関心も田中候補が前回の得票数を上回れるかという点のみで、結果は前回の得票に23万票余りを上積みしての見事なまでの圧勝。これで田中県政が支持され、信任されたことがより明らかになった。不信任決議の前後に比べると田中知事はより勢いを増したことになる。
関心は既に今後の情勢に移っている。不信任を決議した議会会派はこれからどうするのだろう?。不信任を決議したからには解散を覚悟していたのであろう。逆に知事が自ら失職を選ぶとは思っていなかったはず。その証拠として、県政会を初めとする会派が知事選で独自候補を立てれなかったことを私は挙げたい。知事選の準備が全くできていなかった。解散、出直し選挙で多少頭数が減ったとしても再度不信任決議を挙げ、知事を失職させるシナリオだったに違いない。そうなると形勢は知事側に不利となる。
さて今度は議会解散の番かもしれない。知事が議会を解散させるか?。私の予測ではノーである。当選後の会見で「こうべ垂れ県議と謙虚に対話」と言った手前、議会を解散させることはないだろう。むしろ、「やさしい田中知事」を演じるのが彼には得策だろう。逆に議会が自ら解散を選ぶ可能性はどうだろうか?。もはや以前とは状況が違う。この選挙結果を受け、前回の不信任決議時に比べると知事反対派は相当腰が引けているに違いない。予想以上の田中知事の圧勝で今選挙を行えば、反対会派は壊滅的な惨敗を蒙るに違いない。できればおとなしく来年春の任期を迎えたいのが彼らの本心ではなかろうか?。
一部反対派の代表格の県議が辞意を発表した。ややパフォーマンス掛かっても見えるが、それはそれで良し。できれば潔く今後の県議選挙には出馬しないでいただきたいものだ。一方、残った知事反対会派は自ら腹を切れるだろうか?。もし彼らが自ら議会の解散を決議できないような場合は、前回不信任決議案に反対した会派(知事支持派)が解散決議案を提出すべきだ。もちろん知事反対会派が賛成しなければ可決しない。一種の「踏絵」である。知事反対会派の度胸を試してやれ!。
(秀)
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