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「仮面ライダー・本郷猛は改造人間である。彼を改造したショッカーは世界制覇を企む悪の秘密結社である。...」と続く。ご存知、仮面ライダーのオープニング主題歌の最後の部分で流れるナレーションだ。冒頭のナレーションの言葉を引くまでもなく、本郷猛は改造人間である。頭脳明晰、体力抜群の本郷猛はショッカーに捕らえられ、改造手術を受けた。そして最後に脳の手術を受ける直前に恩師の緑川博士に助けられる。
もしショッカーが本郷猛の脳までの改造に成功していたら、彼は仮面ライダーではなく、怪人バッタ男と呼ばれていたに違いない。そして、あの変身ベルトではなく、ショッカーベルトを身に着けていたかもしれない。ライダーキックもライダーパンチもなく、バッタキック、バッタパンチだ。ついでにバッタジャンプはあまりにもそのまんま。
2号ライダーはどうだろうか?。2号ライダーの一文字隼人もショッカーに改造され、その途中を1号ライダーに救出されている。ショッカーは一度ならずも二度もバッタ男を作り、同様にその最終過程において失敗をしている。まさにショッカーにとってバッタ男は鬼門である。どうして先に脳の改造から始めないのか?。特に2度目は。おバカなショッカー。しかし、それにも懲りず、ショッカーはゲルショッカーとなって大量にバッタ男を作り出しライダーと戦わしている。まあ、それはバッタ男ではなく、ニセライダーと呼ばれたわけだが。
ブランドという観点から考えればニセライダーはネイティブのショッカーブランド怪人だ。よって、真の怪人バッタ男である。むしろ、「ライダーこそニセバッタ男だ」、と声高に叫んでいたところだろう。私がショッカーだったら。
(秀)
私が勤めている会社にあるエレベーターは相当おバカである。荷物用を除いて四台のエレベーターが設置されているが、高々12階までのビルのため、高層用・低層用といった区別はなく、四台のエレベーターがそれぞれ1階から12階までを往復している。
そのバカさ加減であるが、まず1階から乗ったときにすぐには出発してくれない。「閉」のボタンを何度押そうともダメで、他のエレベーターが1階に戻って来るまで待たされることがほとんどだ。かと言って、必ずしもそうとも限らない場合もある。他のエレベーターが1階に戻って来ていなくても、1階に着いた直後に出発する場合もある。上の階で誰かが呼んだから?、と思えなくもないが、それだったらもっと上階にあるエレベーターを動かした方が効率が良いように思える。この効率の悪いエレベーターのせいで朝の就業前の時間帯は、1階のエレベーターホールが非常に混雑する。
こんな具合で1階でズル休みしがちなエレベーターのため、これらは全て「(途中階から)呼んでもなかなか来ない」という現象に帰結する。途中階からエレベーターを呼んでも、1階に待機中のエレベーターがなかなか出発してくれないわけだ。それぞれのエレベーターが今どの階にいるのかが分かるのは1階だけとなっていて、途中階ではそれがわからないようになっている。しかも、「このエレベーターが来ます」といった予告通知機能もなく、突然(と言うか、ようやく)やってくる。そしてしばしば2台も3台も一遍にやってくる。
こんな感じのエレベーターに対し、ある人が「このエレベーター、地下の制御室でサルが運転しているらしいですよ」と言って笑った。まさしく、その通りだ。サルが運転するとなると、そのボタンにはバナナやリンゴの絵が描かれているのだろうか?。朝、なかなか出発しないエレベーターの中、その絵を思い浮かべて、サルがバナナのボタンを早く押すように念じる。今度バナナを持って、地下の制御室のドアをノックしてみようかと思っている。
(秀)
from.178cm90kgさん
私が初めて自分専用のラジカセを手に入れたのは小学4年のときの誕生プレゼントで、既に働いていた長兄が私に買ってくれた。ラジカセを手にした小学生が最初にやることといったら何だろうか?。「自分の声を録音して聞いてみる?」。確かにそんな人も多いかと思うが、私の場合、録音した自分の声を聞いてみて、「ゲゲッ、変な声!!」という体験を既に済ませておいたので、それはしなかった。そこで私が初めてやったことはテレビからの歌の録音だった。この日は丁度日曜日で、「スター誕生」にゲストで出ていた森昌子の曲を録音した。曲名は「おばさん」だったような。何とも地味なラジカセデビューだった。この時代、日曜日は歌番組が多かったので、好き嫌いに関わらず、この日は次々に録音した。
私の場合、テレビから録音するためのケーブルを最初から持っていたので、これを使ってテレビから歌謡曲やアニメの主題歌をいろいろと録音して楽しんだ。ところが、ほとんど時期を同じくしてラジカセを手にした近所の達ちゃんの場合はこのケーブルの存在すら知らず、テレビの前にラジカセを持って行って録音するといった、至ってピアでナチュラルな方法を採用していた。彼が録音したテープを聞くと、いきなりガチャガチャというノイジーな雰囲気の中、食器の当たる音が聞こえる。食事中だったらしい。そこに父親の怒声、妹の泣き声。それに「静かにして、今録音しているから(本当は地元の方言だが、それでは分からないので翻訳しておきました)」という悲しげな達ちゃんの声が入っていた。今となってはある意味、記録としては貴重かもしれない。
テレビからの録音が一段落すると次はどうしたか?。それはミュージックテープを買う、だった。アニメの主題歌が録音されたカセットテープが楽器屋のワゴンセールで980円程度で売られていた。オムニバス(当時そんな言葉はもちろん知らないが)で一本のテープに十数曲入っている。本当は二千数百円ぐらいするのを確認し、得した気分で買って帰った。
テープを聞いてびっくり!!。声が全く違う。歌っている人が違う。全然知らない、素人なのか何なのか分からない人が朗々と自分の持ち歌のように歌い上げていた。おまけに伴奏も安っぽい。テープ自体は聞き慣れたレコードメーカーのものに間違いない。ショックは相当であるが、このまま捨ててしまうわけにもいかず、辛抱して聞いているうちに、この変な歌手の歌がまだ純粋だった私の脳に深く刻みこまれてしまった。とりわけ、一休さんの主題歌「とんちんかんちん一休さん」が最もインパクトが強かった。もちろん、達ちゃんも「モーラ」(第831話)に続き、同じ罠にはまっていた。
(秀)
幕張メッセで開催されている「世界最大の恐竜博2002」が大人気らしい。夏休みは連日、親子連れが海浜幕張駅を埋め尽くしたかと思うと、今月になっても休日はこの勢いが衰えず、単日の最大入場者数記録を今月になって更新している。新聞報道によると昨日が今現在の単日最高記録で約3万6千人。入口では2時間以上の入場待ちまで出たらしい。
実はその昨日に私は長男を連れてこの恐竜博に出かけるとところだった。しかし、折りしも小雨がパラつき始め、翌週へと延期。今朝になって昨日が雨にも関わらず、大盛況&入場待ちの事実を知って、喜んで良いのやら、複雑。来週に延期したものの、会期末とあってさらに混雑するかもしれない。
それでもまあ、これほどの規模の展示会がこれから先、それほど催されるはずもなく、子供も見たいと言うし、せっかくの機会だからと思っている。田舎に住んでいたらそれこそ見ることはできなかっただろう。田舎に住んでいるとなかなかこのようなイベントに接することができない。雑誌でいろいろと情報は提供されているが、首都圏が主である。怪獣や怪人に攻撃されてもこんな田舎なら正義の味方も助けに来てくれないだろうと思っていた。また、怪獣や怪人もこんな田舎には攻撃してこないだろう、とたかをくくっていた。
小学1年のときに「世界の爬虫類展」なるものが私の住む街にやってきた。頼んだはずはないのだが、父に連れられて見に行った爬虫類展は、途中大きなニシキヘビを入れたところにガラスを置いて、そこを通路として、ガラスの上を歩かせるコーナーがあった。とても怖くて、その前後に何が展示されていたかを忘れてしまうほどインパクトが強かった。友達と話をしても、「あのヘビの上歩くの怖かったよな」、「うん」と、この話題しか出てこない。
親にとってはせっかくの爬虫類展も息子にとってはニシキヘビの上を歩いたことしか覚えていない。恐竜博はどうだろうか?。「人が多くて大変だったね」しか覚えていなかったら悲しいなあ。
(秀)
from.カバティ
外交問題に感情を持ち込むべきではない。日朝首脳会談で小泉総理は良くやったと思う。確かに拉致事件で死亡が確認された家族の方々には本当にお気の毒としか言い様がない。しかし、結果は結果として、北朝鮮が拉致の事実を認め、それに謝罪するなど大方は予想できていなかったのではなかろうか。拉致問題以外にも不審船問題やミサイル発射問題などでも北朝鮮は今回誠意ある回答を示したと思う。
死亡が確認された拉致被害者家族の方々には本当にお気の毒としか言い様がない。テレビで語りかける言葉はどれも当事者としてはもっともなことである。しかし、報道は余りにも感情論に入りすぎてしまっている。身内の死が確認された家族をテレビカメラの前に並べて会見を開かせる必要があったとは私には思えない。本当はカメラなど気にせずに、身内で寄り添って泣きたかっただろうし、「ほっといてくれ」と思っただろう。ドキュメントとして家族の人々の朝からの表情を追い掛けていたが、朝の期待に満ちた顔と夕方のそれとの落差があまりにも痛々しい。今となってわざわざこんな映像を流さなくても、と思う。それに直前まで楽観的な見込み情報を流していたマスコミの責任も重たいと思う。「有本さんら3人一時帰国」と報じていた夕刊タブロイド紙があった。
身内の死が確認された人の口から出る言葉は感情的なものでしかない。それは仕方のないことだ。しかし、それをテレビで垂れ流すのが報道だとは思えない。「いつどこでどんな死に方をしたのか教えてもらえないのは不満」として、小泉総理の国交正常化交渉へのサインを批判する声を挙げていた。また、それに同調する視聴者の声をテロップとして画面に表示している民放テレビ局もあった。しかし、例え、いつどこでどんな死に方をしたのか教えられたとしても、今度は「どうしてもっと早く解決できなかったのか?」等という主張に変わるだけであろう。どんな説明をされてもやはり納得いくものではなく、ただ、身内の死という事実(と今は思うしかない)だけは拭えない。それと、死亡をあたかも北朝鮮による殺害と決め付けているように聞こえてくる部分も気になった。
拉致事件は許されるものではなく、不審船騒ぎや核ミサイル疑惑もそうである。一方で、我々は親や祖父母たちの時代に日本(政府・国民)が当時の朝鮮人民にどれほどの苦痛を与えたかを忘れてはならない。そして、その過去を清算するためにも、国交正常化を目指して交渉を再開しようという両国首脳の動きはもっと正当に評価されて良いと私は思う。
(秀)
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