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先日の日朝首脳会談に対する、国内の反応がちょっと分かりにくい。一部マスコミでは、政権の危機にもつながる首相の責任論が持ち出されていると小泉総理に対する逆風を報じているが、世論調査では必ずしも積極的ではないものの、首相支持と肯定的な受け止め方をしている人の方が多い。奇しくも拉致された人々の安否について先走って楽観的な誤報を流してしまったメディアが先の会談の成果に対して否定的な情報を流している。
拉致問題に関しては国民の多くが不満を持っているのは当然のことで、それは私も同様である。しかし、それ以上に両国間の関係が今後好転するとともに、将来的な安全保障について道筋をつけることになった会談として、世論は受け止めているようだ。小泉総理だからできた、交渉が決裂したところで、拉致された人々の安否は変わらない、といったところだろうか?。
被害者の家族の無念はいかばかりかと、画面で彼らの姿を見ると胸が痛くなる。今週は小泉総理よりもあの家族の方がテレビに映っている時間が長くなるかもしれない。しかし、その感情が分からなくもないが、あまりにも感情的に「国交正常化交渉開始決定の撤回」を求めたり、安否を告知した官房長官の対応に「人間的でない」と矛先を向ける姿を見ていると今度は別の意味で哀れに思えてくる。
「政府に求める」と言って、彼らはマスコミに向けて話している。その先の国民に、世論に訴えかけているつもりなのだろう。それに対して世論は同情はするものの、会談の成果まで帳消しにするほどとは判断しなかった。あまりにも感情的に訴える被害者家族の姿を見ているとつらくなるので、このニュースが始まると私はチャンネルを切り替えるようになってしまった。マスコミが彼らにカメラを向けるのもそれだけの話題性がこの瞬間にあるからで、しばらくするとまたタマちゃんを追いかけているかもしれない。
(秀)
特に今旬の話題というわけではないが、身近でちょっとした問題提起を受けたので書くことにした。女性が婚姻を理由に男性の姓にそれを変える(もちろんその逆もあるがそれは少数)のは従属的であり、男女平等の観点からはよろしくないという事だろう。それに女性の社会進出が進み、働く女性としては途中で苗字が変わるといろいろと面倒や不利益があるという話も聞く。なるほどとその理由は分かるが、働く女性の例は働かない女性のことを無視して、働く女性は働かない女性(主婦)よりも偉いんだという雰囲気が感じられてちょっと嫌だ。
それとあと、離婚時の問題がある。会社である女性の苗字が急に変わっていたりする。もっと前の旧姓を知っていて、それに戻ったのなら事態はすぐ分かる(養子縁組によるレアケースももちろんあるが)。旧姓を知らないまでも「彼女は結婚していたはず」と分かっていれば、これまた事態は分かる。いずれにしてもその点に触れてはならない。結婚時に呼び名を改めるときに比べると数倍意識し、気を使う。まさか、ファーストネームに「ちゃん」や「さん」を付けては呼べないし。
夫婦別姓にしておけば、このようなもしものときも安全(?)である。このような効果も夫婦別姓を支持する人は挙げているはず。しかしそこに大人の身勝手が感じられる。長女が夕べ「○○ちゃん、苗字が変わったんだよ」と言った。おそらく両親が離婚したのだろう。そして、母親の苗字を名乗るようになったのだと思う。もし夫婦別姓が認められ、その夫婦に子供ができたらその子の姓はどうするのだろうか?。韓国式でいけば、父の姓を名乗ることになるだろう。離婚して母親に引き取られるとしたら、今度は母の姓を名乗ることになるだろう。母親は苗字が変わらなくても、子供は苗字が変わってしまう。生まれたときに、もしもの際にどっちが引き取るかを決めて苗字を決めるとなると、兄弟姉妹で苗字が違うことも起こり得る。
個人的には夫婦別姓に対してどちらでも良い。働く女性が単に不利益を受けているという程度の理由なら仕事の時だけ旧姓を使用できるような環境を作れば済むことだろう。離婚の際に不都合が減ると言うのなら、その影響を受けることの多い、子供のことも考えてあげて欲しい。
(秀)
先週の予告どおり、「世界最大の恐竜博2002」に出掛けてきた。最終日直前とあってこの日も大幅な混雑が予想されるため、8時には着いて並ぶ覚悟で出掛けた。開場までの1時間半を座り込むためにレジャーシートまで持って乗り込んだが、その日は開場を予定よりも1時間早め、8時半の開場に変更されていた。既に会場には数千人規模での行列ができていたが、何とか開場直後に入場できるような位置に並ぶことができた。この時点で長男は興奮のあまりか鼻血ブーになってしまった。
会場には思ったよりも小さい子が多く、子供のほとんどは小学生未満だった。別に奇声を発して騒いだり、泣き声をあげるような子はいなかったが、その代わりにヒステリックな金切り声をあげる母親達には辟易した。「もう何度言ったら分かるの?。良い子にしないんだったら帰るんだからね」、「もーう、約束したでしょう。良い子にするって」、ってな具合。自分の子供と何年付き合ってるんだ?。本当に良い子でいられるかはあんたが一番良く知っているはずだろう。
ある展示ケースの前で全然動かないおばあちゃんがいた。孫と思しき5歳くらいの子供に熱心に指差しながら何かを説明している。それなのに、その子供はあくびしながら鼻をほじっていた。説明パネルの字は読めないし、累々と並んでいるただ標本骨格を眺めているだけでは退屈でもあろう。所詮小さな子供にはそんなもんである。幼稚園の子供にはやはり難しい展示内容だ。
会場で入場者の多くは骨格標本を熱心に撮影していた。勢いにつられて最初は私もデジカメのシャッターを押していたが、途中でその手を止めてしまった。熱心に骨格標本の写真を撮りつづける人々の姿が異常に見えてきたからだ。そんなに骨の写真が楽しいのかと。しかもそのほとんどはレプリカでしかない。さらに、子供を骨の前に立たせて写真を撮っている人までいた。ディズニーランドでミッキーマウスと一緒に写真を撮っているときと同様に、ピースサインまで出している。そんなにまでして骨と一緒に写真だ撮りたいか?!。それほど骨と一緒に写真が撮りたいのならば先祖の墓参りに行って、お骨と一緒に写真でも撮りなさい。お彼岸だし。
(秀)
from.カバティ
from.かねちん
実はこの曲のタイトルで、去年コラムを書こうと思ったが、時期を逸してしまった。特に何を書くかを決めていたはずではないので、一年後にしても大した影響はない。かえってそれで、この曲がリリースされて丁度20年と、区切りの良いタイミングになった。
言うまでもなかろうが「SHAZNA」ではなく「一風堂」である。その年の秋、カネボウ化粧品のCMソングとしてテレビで頻繁に流れていた。テレビの「ザ・ベストテン」ではヨーロッパ(イギリス?)からの衛星中継で出演したりしていた。初めてその(土屋昌巳の)風貌を見たときの感想は、「研ナオ子に似ている」だった。既にテレビの音声多重放送も始まっていたため、「ザ・ベストテン」もステレオ音声で放送されていたと思うが、あいにく我が家のテレビはモノラル音声であった。
この「すみれSeptember Love」のヒット直後、その曲を収録したアルバム「Lunatic Menu」がリリースされている。もちろんそれはアナログレコード盤だ。このレコードを買って、初めて針を下ろして聞いたときには電気が体中を駆け巡った。巧みにトラックダウンされ、イントロが左右のチャンネルからディレイ(時差のあるエコー)が掛かって湧いてくる。初めてステレオ音声で聞くこの曲に感動した。それにステレオ音声ゆえに音域も広く、音の層も厚い。曲のエンディングも左右のチャンネルに音を振り分けながらフェードアウトしていく。
曲のサビの部分はモノラル音声でも音が前に出るように音の周波数(の組み合わせ)に配慮がなされていたらしい。だからテレビCMでのあのフレーズが長い時間耳に残っているだと思う。多分今聞いてもそれほど古さを感じることのない曲だと思う。それでもあの頃から早20年の歳月が経ったことになる。「あの曲が流行っていたのはあの頃」という記憶がある。9月が来るたびにこの曲を思い出し、当時を振り返る。20年だから、ふた昔か?。私は多感な高校一年生だった。
(秀)
本日、我が長男が「校外学習」に出掛けた。耳慣れた言葉に置き換えると「遠足」である。歩いていくわけでないけど、私達はそう呼んでいた。バス旅行というのも単なる慰安で、学習的な要素が抜け落ちてしまう。かと言って、宿泊を伴うわけでないので、修学旅行というのもおこがましい。そのせいだかどうだかは知らないが最近は校外学習と呼んでいるようだ。この語感は、学校から出掛けて市役所や消防署を見学する程度のイメージしか私にはない。社会科見学くらいの雰囲気。
校外学習は名前だけでない、行き先も随分中途半端である。長男の行き先は「お台場」。フジテレビやガスの科学館を見学するコース。距離にして20キロもない。大人にとっては日常的な移動範囲である。私の勤務先の窓からフジテレビの社屋が見える。だから今日は昼休みに行ってみようかとも思った。学校には日頃からいろいろと貸しがある。先日も運動会の準備と片づけで貢献している。まさか押しかけ行っても、追い返されることはなかろう。しかし、月末で仕事も忙しいので思いとどまった。
今朝長男は起きると、コンビニにお菓子を買いに出掛けた。前の日の買い忘れてしまったらしい。何とも淡白な。私達の場合は前の日の買出しから既に楽しみモードに入っていたのに。
私が家に帰り着くと待ちわびていたように、みやげ物を見せる。どれも買ったものではなく、フジテレビでもらったノベルティである。芯だけ替えるタイプの色鉛筆やポケットティッシュのケース(プラスチック製)などなど。それにはキャラクターの犬の絵がプリントされている。スタジオには入れなかったものの、スタジオの中の様子が見られるモニターにはケイン・コスギが映っていたらしい。
「家に着くまでが遠足ですよ」。あーあ、こんな先生の言葉を思い出した。フジテレビ行きたかったなあ。
(秀)
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