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この前の週末、宇多田ヒカルに誘われて、トヨタの某ディーラーショールームに足を運んだ。もちろん、彼女に電話なりで、「一緒に行こう!」などと誘われたわけではない。彼女の新曲「COLORS」を使った新型車「WISH」のCMを見て、実際にその車を見てみたいと思った。確か、金曜日からこのスポットCMが盛んにテレビで流れていて、この土日が発表展示会と伝えていた。そのためだろう、そのショールームには多くの客が来ていた。
「WISH」の展示車両は2台あり、早速中を覗いてみたが、思ったよりも多少、車内は狭かった。まあ、それは今乗っている車に比較しての話でしかない。多少小さいだろうと覚悟はしていたが、排気量が2000ccのミニバンから1800ccのミニバンではそれなりの差があって当然だろう。「WISH」は価格が安いので気になったが、これではちょっと困ってしまった。
ふと横を見ると、別のミニバンが展示されている。こっちは2000ccで、「WISH」に比べると、40万円くらい高い。しかし表示された車両価格の額の横に「この車に限り○○○万円」と20万円値引きするとの表示が出ていた。この表示を見て家人は、慌てだした。「あの人、買うのかしら?」と遠巻きに牽制している。今乗っている車よりも多少車内が広くなることと、この値頃感、それに「この車に限り」という文句で購買意欲が大いに刺激されたようだ。「こっちの方が良い」と言う。
この展示車に群がる他の家族を横目で牽制しつつ、下取りの査定を依頼した。前の家族がその車から離れた直後に、我が家族がその車を占拠した。「見積りの金額次第では買うぞ!」という気になって、他の人に買われないように下取りの査定が済むまで、そのまま占拠を続けようかとも思ったが、係員に尋ねるとそれは「在庫品限り」というわけでなく、このモデル・グレードの車ならという意味だとの説明を受けて、我々は落ち着きを取り戻した。
下取りの査定額はほぼ私が予測していた通りの額だった。しかし、あと5ヶ月もすれば車検も切れるので、これから先の数ヶ月で大幅な査定額の減少が予想される。この具体的な査定額の提示を受けて、買い換えるなら早い方が良い、という自分なりの結論に達した。こういうわけで、宇多田ヒカルの曲に触発され、ふらりと車を見に行って、別の車ながら車を買う気になってしまった。
占拠した先程のミニバンで諸費用も含めた見積りの作成を依頼した。値引きは先程の20万円。更に話を進めて5万円の値引きと、「最終的に決めていただけるときにもうちょっとは検討できると思います。但し、今月中にお願いします」と、含みを持たせている。「今月中というのは31日ですか?。夜でもいいですか?」などと、家人は聞き返す。「月末とは言わず、明日も(店は)やっていますので、早めにお願いします」という言葉に送られて、その日は引き上げた。
<つづく>
(秀)
<前話からのつづき>
翌日は日曜日。車の下取り査定は月内のみ有効で、月が改まると査定はまたやり直しとなり、もちろんのこと、その額は下がる。敵の決算を控えた3月で勝負をするのが最も効果的であることは確かであるが、あと2ヶ月待って、その査定の下がった分を値引きで取り返すのはなかなか難しい話だろう。そこで、月内の短期決戦で臨むことを決め、その日はまず本屋に向かった。
前日見積りを貰った車でほぼ決まりであるが、値引きの金額が妥当なのか?、そもそもこの車の評価はどうなのか?、競合させるにはどんな車種が候補か、などを知るために「月刊 自家用車」という雑誌を買った。その本に紹介されていた、目標としている車の値引き額は22万円とある。前日までに既に25万円の回答を引き出しているので及第点ではあるが、下取り車の評価を再検討してもらえば、もうちょっといけそうな気もする。
そして競合情報では、他社の車ではなく、同じトヨタでありながら、別ディーラーで販売している兄弟車同士が良いと書かれていた。その兄弟車の存在は前日にも気づいていたが、わざわざ見に行く気もなく、合い見積りを取ってぶつけるつもりもなかった。しかし、前日の交渉で含みを持たせた先方の担当者と最後の詰めを行うに当たって、一応、その兄弟車の情報も仕入れておこうと、作戦変更。別のディーラーに立ち寄って、その足で昨日のディーラーにでも行って今日中に決めてしまおうと、出発した。
兄弟車(ここではN車としておこう)は購入候補車(ここではV車としておこう)と寸分違わぬボディサイズで、フロントの顔が違う程度の差しかない。実際の売れ行きではかなりの差でN車の方が売れているらしい。V車の一律20万円値引きもうなづける。実際にN車の説明を聞くと、装備の点で多少の価格差はあるものの、V車よりもN車の方が買い得感がある。さらに、売れている方が次に下取りに出すときは買取が高くなるだろうと、この時点で候補車が入れ替わってしまった。最初に「前日、V車を見て検討している」と伝えているので、営業マンも力が入る。雑誌に紹介されている通りだ。
例によって、下取り車の査定を依頼した。車種とナンバーを告げて、キーを渡す。別に立ち会うことなく勝手にやってくれる。それが分かっていたので、今朝買った「月刊 自家用車」を運転席の横にさりげなく放り出しておいた。私流の演出と言うか細工である。その成果があったのか、私が候補に選んだN車のグレードは昨日のV車に比べて4万円高ながら、「(V車と)同じ金額でやらせていただきます」という昨日よりも良い条件を営業マンから引き出すのにさほどの時間は要しなかった。
<さらに、つづく>
(秀)
<前話からのつづき>
値段交渉の駆け引きというのは、気分的に楽なことだ。とりあえず、私にとっては。交渉のポイントは値段のみ、多少枠を広げるとして、オマケの交渉ぐらいであるため、相手と長い付き合いになることを気にするようなことも一切捨てる。人は言ってることと考えていることに差があったり、同じ事象を見ても感じ方、伝え方に個人差が出てしまう。会社での人との付き合いで最近とみにそう思うようになってきた。長く付き合わなくてはならないので、この場合の交渉にはエネルギーを要する。
それに対し、値段の交渉はピンポイントである。相手が腹で何を考えていようと、彼の口から出た言葉や見積書&注文書に書かれた内容が全てである。それに買い手と売り手では多くの場合、買い手の方が立場が強い。「じゃあ、買わない!」という一言が全てである。一方、売り手は「じゃあ、売らない!」とは、腹の中でそう思っていても、そうは言えない。「それは無理です。勘弁してください」と言って、妥協点を探って歩み寄るしか手がない。
まず、N車の営業は少なくともV車と同じ条件でないと、話が始まらないと思い、そもそも車両価格が4万円高いながらも、勝手に値段をあわせて来た。続いて、「条件さえ合えば、今日決めていただけますか?」と聞く。そのつもりだ、と答える。「下取り査定が下がると困るから」、と本気であることを示す。「それでは、いくらだったら決めていただけますか?」と聞いてきた。
しかし、ズバリの金額を答えるには時期尚早。「う〜ん」と唸ってみせる。そこで話題は支払方法へとなった。右から左に現金で車が買える訳などない。会社で多少金利が優遇されている信販会社のオートローンで金を借りて、ディーラーには現金で払うつもりである旨、伝えた。一般的に自動車ディーラーの金利は高い。しかし、中には提携の信販会社と組んで金利の安いオートローンを提供しているケースもある。「うちでローンを組んでいただくと、もうちょっと値引きは可能です」と言う。金利の数字などはどうでも良く、支払い総額が低ければ私には問題ない。他の金融機関との金利分は値引くと言うことだ。
私の目標額は、現在支払っているローンと同額であること。月々いくら、ボーナス月いくらという話をした。そのとき、「残ローンがもうちょっと残っていたなあ」と気になり出したが、支払いが終わるまで待つと、それ以上に下取りの査定は下がってしまう。残ローンのことは家人のヘソクリに任せるとして、同じ支払いで新しい車に乗れることを選ぶことにした。
N車の営業は結構苦しんだが、最終的には35万円ほどの値引きで私の目標額に達し、妥結した。その場で注文書に判子を押す。しかも実印。「準備万端ですね」と言われ、「けど印鑑証明は持ってきていません」と返すと、「印鑑証明まで持って来ていたら、かえって妖しいです」と言う。オプションも見積上はタダになっている。それなのに、そのあとにもいろいろとオマケを付けてくれた。携帯電話まで。長女がこの電話を狙っている。
(秀)
定例の閣議は毎週木曜日の午前中に首相官邸で行われている。国会会期中であるため、一刻も早くこのような儀礼的な会議は終わらせて、国会対策のための準備に取り掛かりたいと誰もが思っていただろうが、この日の閣議は議論百出で予定の時刻が過ぎても会議が終わる気配はなかった。表向き、閣議が全会一致であることから考えれば、この閣議は前代未聞。内閣史上初の騒ぎであろう。
「ところでこの『うるう曜日』というのは何なんだね」。混乱は最後の議案に差し掛かったときの総理の言葉で始まった。「はい、うるう年、いや、2月29日はうるう日というのが正しいですから、『うるう日のある年』と言うべきでしょうが、実際の天体的に見た時間と時計やカレンダーで測っている時間に差があるため、それを調整するもので、あまり知られていませんが『うるう秒』もこれまで何度か実施されています」。内閣府の官房長がいかにもエリート官僚らしい、鼻についた声で説明した。「そんなことは私だって知っている。この『うるう曜日』が何かを聞いているんだよ」。
「なんで天体の時間に曜日が関係あるのかしら?。曜日なんて人間の都合で勝手に作ったもんでしょう」。そう言い終わると、国土交通大臣の目が眼鏡の奥で光った。「いったい、こんなこと言い出したのは誰なんだ?」。「先週、アメリカが外交ルートを通じて伝えてきました」。「で?」。「そもそもはカトリックの団体がこの『うるう曜日』の導入を唱えているようです。旧約聖書の冒頭に出てくる、創造主である神が7日目に休んだ日が日曜日となっているわけですが、その日から日数を計算すると、現在のカレンダーに曜日のズレが生じているという話だそうです」。
「そもそも、その日がいつだったか、どうやってわかるってんだ?、ねえ」。「やはり私は、この宗教的な側面から判断して、対イスラム教圏に向けた嫌がらせの政策ではないかと考えます」。「それでアメリカはその実施を決めたのか?」。「はい、先程アメリカ大使館には合衆国大統領の名前で実施決定を伝える通達が届いた模様です」。「となると同盟国として日本も従わないわけにはなぁ」。「アメリカは国連にも働き掛けるようです。全世界的な実施も時間の問題かと」。「『時間の問題』とは、君もなかなか上手い洒落を言うねえ」。官房長にそんな気はなかっただろうが、しばし場が和んだ。
<つづく>
●この話はもちろんフィクション
(秀)
<前話からのつづき>
「しかし、総理。そのような宗教的な理由では公民党などの反発もあるんではないですかね?」。全員の視線が公民党に籍を置く厚生労働大臣に注がれた。しかし、彼が苦悶し、口を開く前に、他の参加者の声が割り込んだ。「そんなことを言い出したら、西暦でさえキリスト教的だと言わなくてはならなくなるでしょう」。その後にようやく厚生労働大臣は「党の対応はどうなるか分かりませんが、私は閣僚として閣議の決定に従います」と述べた。
「ところでアメリカはいつ、その『うるう曜日』を実施する予定なんだ?」。「2004年2月29日と翌3月1日を連続して日曜日にするようです」。「『うるう年』に『うるう曜日』か。W『うるう』だなこれは」。「日曜日の連続ねー??」。「この選択は結構現実的かも知れんなー」。「国民の多くも一日休みが増えただけ、ぐらいにしか考えないんじゃないでしょうか?」。「テレビとかは2日続けて日曜日の番組をやることになるのかな?」。「さあ??!」。「それは放送局などを管轄している総務大臣に一任いたしましょう」。
「それよりも実際にこの『うるう曜日』を我が国でも実施するとなると法律とかの改正問題とかはあるのかな?」。「うん、そうだ、そうだ。そっちの方が大事だ」。「はい、その点については閣議決定のみで十分かと思います。と言いますか、休日の規定に関する法律はありますが、曜日の規定に関する法律がありません。休日を新たに作ったわけではなく、たまたま日曜日と言うことで、対応できると判断しました」。「なるほど」。
「実施までまだ一年ちょっとあるし、今すぐに準備を始めれば、来年の2月には間にあうでしょう」。「カレンダーとか、印刷業界はなるべく早く決めてやらんといかん」。「金融機関とかは別に日数が変わるわけではないのであまり影響はないでしょう」。「カレンダーで気になったんだが、連続する2日の日曜日をカレンダーにはどう記すんだ?」。「あの月末最終週の日曜日とかが入りきらないときのように斜めに線を引いて一つのマスに2つの数字を入れるんじゃないですか?」。
「大臣、それなら大丈夫です」。2月29日と3月1日では、ちょうど月をまたぎますので、そのように1つのマスに2つの数字を入れる必要はありません。通常のカレンダー通りになります」。「なるほど、そうか。それなら安心した」。何とかここで閣議は合意に至り、早速その後に官房長官がこの『うるう曜日』について定例の会見の中で述べた。初めて聞く『うるう曜日』について、記者達の反応は様々だったが、閣議の場では想定できなかった騒ぎが起きたのはその翌日のことだった。
<つづく、次回完結>
●この話はもちろんフィクション
(秀)
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