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「代替物」という言葉がある。本来のものが手に入らない時などに、ほぼ同じ効果や機能を持つもので代用しようというものである。ただ不思議なことに「代替物」の反対語は存在しない。
まぎれもなく、シュウマイは餃子の代替物である。材料はほとんど同じでありながら、餃子ほどはメジャーでない。ああ、哀しいことよ。まず、餃子ほどメニューとして置いている店が少ない。かと言って稀少価値があって珍しいというものでもない。ラーメン・餃子、チャーハン・餃子という組み合わせはあるが、シュウマイとの組み合わせの例はない。スーパーの惣菜売り場で焼き餃子は売られていても、蒸しシュウマイが売られているのを見たことはない。彼らは崎陽軒の弁当売場でだけの主役でしかない。宮廷餃子という言葉があるところからすると、餃子はかつて皇帝も食したことがあるのだろう。シュウマイについては良く分からないが。宇都宮は日本一の餃子消費都市だそうで、餃子の像なるものまであるらしい。
ただシュウマイにチャンスがないわけではない。僕等の時代に昆虫の王様と言えば、それは間違いなくカブトムシで、次いではノコギリクワガタと相場が決まっていた。ところが最近はどうだろうか。最近の王様はカブトムシよりむしろクワガタで、オオクワガタの中には数百万円で取引され、黒いダイヤと称されるほどの高騰ぶりである。数が少ないからその様な逆転現象が起きたのであろう。おまけにクワガタは越冬し、3年ぐらい生きるものらしい。今後シュウマイがメジャーになるには飲茶・点心ブームの到来を期待したいところである。
と、ここ書いてきて何なんだが、私は餃子派だ。あの焼き色が魅力的である。ついでを言うとカブトムシ派でもある。
(秀)
from.Sahara
後藤真希の加入以来、世間のモーニング娘。への注目度が増している。モーニング娘。は福田明日香の脱退以降、追加メンバーを2名として公募していたが、そのオーディションの結果、新たにメンバーに加入したのが後藤真希である。当初2名のはずだったが結果は1名のみであった。その理由は「彼女があまりにもずば抜けていて、もう1人が霞んでしまうから」と説明されている。このオーディションの模様は「ASAYAN」で放送されていたが、最終選考に4名残ったところで、後藤の当確は見るからに明らかであったが、あとの3名はどんぐりの背比べで、モー娘。には馴染まない感じもあった。結果として、追加1名という選択は正解だったと思う。ただ、茶髪(かなり金に近い)の13歳というのは穏やかではない。
そんなことを思いながら、自分のネクタイ選びの行動を検証してみた。自分がネクタイを買うときは大体2本一緒に買う。2本でいくらというわけではなく、特に思い当たる理由などはない。しかし、ほとんどのケースがそうである。そもそもネクタイを買うこと自体が衝動買いである。ネクタイを買いに行くのではなく、ついでに通りかかったネクタイ売場を見て、たまたま気に入ったものがあったら買うのだ。まずはその1本を手に取り、そして、もう1本を探すのだが、そのもう1本がなかなか決まらないのである。なんとかも1本を選び出し、2本を買い求めても、後から決めたもう1本を締めることは当然のごとく少ない。この現象から判断すれば、タンスの中のネクタイの半数がそのようなネクタイだということになる。今後はモーニング娘。を見習って、迷って2本買うよりは、1本のみでもやめることにしよう。
さて、話をモーニング娘。に戻そう。新生モーニング娘。は新曲「LOVEマシーン」でオリコン初登場1位を獲得した。これは紛れもなく後藤真希効果と言っても過言ではない。それにしてもあの振り付けは何とかならないだろうか?作詞・作曲はつんくであるが、編曲は「ダンス☆マン」となっている。ダンス☆マンの正体についてはそのうち機会があれば触れてみよう。現在、モーニング娘。のメンバーは8名である。今回の追加メンバー1名の選択は確かに正解だったが、メンバーの中には存在感の希薄な、私のタンスのもう半分のネクタイのようなメンバーがいそうな気がしてならない。
(秀)
お彼岸である(タイトルに比べてなんとのどかな書き出しだろう)。そのうち、あっと言う間に秋も過ぎ、冬がまたやってくるんだろうな。この前、有線放送で槇原の「冬が始まるよ」が流れていて、寂しかった。粋ではなくむしろ無粋なのかもしれないが、最近は季節の変化をコンビニで感じるようになってしまった。肉まん、あんまん。それに、おでんといった具合である。そして、近くのコンビニにもおでんがやって来た。
人には味に関しての原点というものがあるような気がする。自分の場合、ラーメンなら、昔よく食べていたラーメン屋であったり。ハンバーガーや餃子、焼きそばに関しても、ここぞという店があり、実家に帰る度にその店に足を運ぶ計画を立てたりする。おでんに関して言えば、駄菓子屋であった。近所の駄菓子屋、通称「こども店」ではおばちゃんが作る様々なメニューがあった。たこ焼き、お好み焼き、かき氷、それにおでん。特におでんの味は秀逸で、鍋を持って買いに行かされ、夕飯のおかずとして食卓に登場することもあった。
「柔道一直線」で高松英郎が演じる車周作が赤ちょうちんで酒を飲むシーンがあった。おでんの屋台である。彼は屋台の親爺に「バクダンをくれ」と注文する。その後、そのバクダンがどんなものか分からないまま随分時間が経ってしまったが、おでんを食べる度にバクダンのことが気になっていた。最近になってついにその疑問が解決したが、バクダンとはゆで卵をまるごと練り物でくるんだ、おでんネタであった。それ以来、バクダン探しを試みたが未だ入手できていない。そろそろおでんの季節も近づいて来たので、またバクダン探しを始めるとしよう。参加者募集中。
(秀)
from.あい
from.くどりん
from.直くん
さあ、今回のタイトルを3回声に出して読んでみよう。「コラム道、コラム道、コラム道」。なんか織田無道みたいだろう。
今回「秀コラム」をWebで公開するにあたり、他にWebではどのようなコラムが公開されているかを調べてみた。その結果、手前味噌で恐縮だが、「秀コラム」の出来はなかなか良い線いっているような気がしてきて、自信を深めている。「コラム」というワードで検索した結果で、早速そのサイトを見に行ったが、コラムとは名ばかりで、日記の様に出来事の羅列であったり、主張がよく分からないものが大多数といった状況である。
私が文章を読む上で、3つのポイントでその文章を評価している。そのことは逆にコラムなどの文章を書く場合のポイントでもある。まず1つは、読み手に対して何らかの新しい要素が含まれているかということである。そもそもこれは知的好奇心の原点である。何ら新しい要素のないものを読んで(読まされて)読み手が満足することは稀である。2点目は文章の構成が緻密で、かつ展開が論理的である、ことだ。いかに奇抜な主張があっても、その具体的な裏付けがなされていなかったり論理展開に矛盾や飛躍がある内容は説得性や信憑性を欠くからである。週刊誌の記事などはその信憑性を検証しながら、疑いながら読むことにしている。そして、第3は文章の表現力である。難しい技巧的な表現を多用するよりは読みやすさが重要だと思う。その読みやすさとは、ずばり、文章のリズム感である。文章をすらすらと読めるかどうかは、内容の難しさよりはリズム感による影響の方が大きいと思っている。
「秀コラム」は他からの情報の聞きかじりで書くようなことはしない。話の前振りとして使用する場合もあるが、全体的には自分の原体験との関わりに基づいて書いている。私は誰にでも書けるようなコラムを敢えて書き続ける気は毛頭ない。だから「秀コラム」という名前なのである。ところで、今日のコラムどう?(「コラム道」?)
(秀)
快獣ブースカが来月からテレビに帰ってくる。帰ってくると言っても以前のテレビ放送は昭和41〜42年のことなので、ほとんどの人が前作を知らないことだろう。今10月からの実写版ブースカの放送(テレビ東京 土曜日 AM7:30〜)が決まったそうだ。簡単なストーリーがテレビ雑誌で紹介されていたが、主人公の少年がブースカを誕生させるところから始まるらしい。少年の役名は変わっているものの、この設定はどうやら前作と同じであるらしい。
ブースカはイグアナである。前作では大作という名の少年が「クロパラ」という特殊成長薬を発明し、それをイグアナに与えたことでブースカは誕生している(誕生したときはわずか体長50cmであった)。弟のチャメゴンは大作少年が発明した「物体電送構成装置」によって誕生しているが、こちらは使用している動物がリスである。イグアナを買う金がなかったかららしい。ブースカが兄弟でないと参加できない二人三脚にどうしても参加したいという動機で誕生している。
今から12年ほど前にブースカの密かなブームが起きた。それは前作の終わりのストーリーに起因している。前作の最終回ではブースカは宇宙へ旅立って終わった。10光年離れたアール星までエネルギー物質を取りに行く目的で、ブー冠(ブースカの冠のこと)のブースカニウムをエネルギーとする光速巡航ロケットに乗ってチャメゴンとともに旅立ったのである。光速だから10光年の往復は20年。そしてブースカが「20年後に戻ってくる」と言い残したかどうか(確認は取れていない)、前回終了からちょうど20年経ったので、「帰ってくるのでは?」という期待から起きたブームであった。今回のリバイバルはブースカが宇宙から帰ってくるところから始まるかと思っていた自分にはちょっと残念であるが、まずは正直に復活を喜ぶとしよう。
今回また新たにブースカが生まれるということは、あのロケットに乗って旅立ったブースカはいまだに宇宙をさまよっているわけである。ブースカは2匹いるわけだ。40年代に活発だったゴジラ映画が昭和60年に復活したときに、「今度のゴジラは昔ミニラだったのが大きくなったんだ」という噂があった。ゴジラは何匹いるのだろうか?
(秀)
参考文献:「BASARA de BOOSKA」 扶桑社刊
※新ブースカの予告を見ると主人公の少年の父が発明家で大作となっている。今回は前作の少年が父親になって、その息子が主人公という設定の様な気がする。ひょっとしたら、今回のストーリーの中で前作ブースカが宇宙から帰って来やしないかと期待している。
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