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今日と明日で仕事で沖縄県那覇市に来ている。当社の営業所に着いてまず最初に着替えを指示された。私のためにわざわざ、かりゆしウェアを用意してくれていて、まずはそれに着替えた。こちらの民族衣装らしく、派手さの抜けたアロハシャツみたいなものだ。着替えた瞬間、東京から引きずってきた引力から解放され、肩の力が一気に抜けた。街で見た男性の多くはこの服を着ている。このかりゆしウェアは5月から10月いっぱいまで来ているそうだ。
こちらはモノレールがあるものの、それは観光客用ということで、通勤などにはほとんど使用できないと聞いた。このため陸上の公共交通機関はバス。しかし、ほとんどの人は車がないと身動きが取れないらしい。そのため、道路は慢性的に渋滞を抱えているそうだ。これから行く先がどれくらい掛かるところかと聞くと決まって、「普通なら○分」、「混んでいなければ□分」などと答えが返る。じゃあ、混んでいないことがあるのか?、と聞くと「ほとんど混んでいる」ようだ。確かに今日、那覇市から浦添市の十数キロを往復したが確かに混んでいて、最初に聞いていた「普通」の2倍の時間が掛かった。こんな環境のせいか、沖縄の人々は時間にルーズらしい。
住宅事情は九州の中では高い方で、それは土地が足りないことに起因している。しかし、国道沿いのフェンスの向こうにある米軍用地は広大なスペースを誇っている。この矛盾。通勤事情は会社まで歩きで十数分くらい。これは地方都市としては標準的な数字だと思う。沖縄営業所に勤める人はいずれも他の地からの赴任者で、沖縄の好き嫌いについては意見が分かれた。とりあえず、最初の一年はいろいろと見て回るところがあって楽しかったようだ。
さて、明日は早めに仕事を切り上げ、国際通りで土産物を買って買える予定。何かまた新しい発見があったら報告したい。
(秀)
四年余の小泉政権の中で最も優れた施策は「クール・ビズ」に違いない。それ以外、特筆すべき成果はなし。お陰で今年はずいぶん楽ができた。何がうれしいって、楽な格好して褒められるのがうれしい。ダイエットの苦しい思いをして、成果が出るかどうかに比べると雲泥の差だ。さらに、沖縄県民はもっと偉い。毎日「かりゆし」。ノーネクタイ、ノー上着ももう一歩踏み込んで、全国的にクール・ビズ=かりゆしにして欲しい。
せっかくなんでサマータイムも実施した方が良い。たとえ実施に金が掛かろうと、地球温暖化防止のためには代えられまい。終戦直後、日本でのサマータイムで失敗したのは、当時農業従事者が多かったせいで、今は勤め人が多いから、同じ失敗をすることはなかろう。もし実施されたら、毎日日が高いうちに家に帰ってやる。
さてさて、クール・ビズが終わり、寒くなるにつれて今度は「ウォーム・ビズ」らしいが、一体どうなるのだろうか?。ワイシャツはネルシャツか?。スーツは三つ揃いでチョッキ(あえてベストと言わない)を着る。それともワイシャツの下にとっくりセーター(あえてタートルネックとは言わない)を着て、ノーネクタイか?。すべて想像。
男性はやはりラクダのシャツと股引が良かろう。おじさんの時代が到来する。女性はもちろんババシャツね。
(秀)
年末に向け、各家電メーカーからの新製品がほぼ出揃った。薄型テレビとDVDレコーダー、それにパソコン。年に2度、3度のモデルチェンジを行い、それぞれの需要期に備えている。
私が薄型テレビ、薄型テレビと言い出してそろそろ一年になるんではなかろうか。確か、もう半年か一年様子見をしようとコラムにも書いたはず。その頃にはきっと価格も下がっているだろうという腹づもりであった。しかし確かに安くはなったけど、劇的な幅の値下げとはなっていない。1インチ1万円というのは新製品ではまだちょっと遠い。
今回の薄型テレビの新製品のトレンドは「フルHD」である。高解像度のデジタル放送を余すところなく表示するスペックである。このスペックを盛り込むことで単価は横ばいどころかやや上向いた。確かにスペックは良いに越したことはないが、値下がりを期待していた私にはちょっとショックだった。来年はフルHDでももっと安くなっているだろうからそれまで待とうか。これでほぼ薄型テレビに予定された大きな機能は導入されたため、後はマイナーチェンジ程度の新製品が続くはず。次からいよいよ値下げ傾向か。
また、DVDレコーダーの今期のトレンドは地上波デジタル対応である。しかし、地上波デジタルのハイビジョン放送を録画すると、それをコピーするメディアがない。DVDでは容量が足りないのだ。よって、地上波デジタルの放送をHDDに録画しても保管用メディアに移してライブラリー化することが残念ながらまだ現実的でない。おまけにデジタル放送の録画分はデータが大きいため、現スペックのHDDにはあまり長時間保存できない。
このような環境下、DVDレコーダーは次世代DVDの登場を待つことになる。しかし、その規格は2つあり、統一は難しいと伝えられている。それまではその場しのぎ的なデジタル放送対応と言わねばならない。
というわけで、冬のボーナスで私が薄型テレビやDVDレコーダー(地上デジタル波非対応のものが3台あるし)を買うことはまずないだろう。パソコンも今春買ったのでそれで大丈夫。そこで今回は自費出版の費用にボーナスの一部を充てようと決意した。
(秀)
昨日、映画を見て来た。「青空のゆくえ」。実に良い映画だ。これまでもいろいろと良い邦画について書いてきた。しかし、いずれとも違い、それを文章でどう伝えるべきか悩んでいる。とりあげて、どこと言うことではなく、設定と全体から醸し出される、ほのぼのとした切なさに郷愁を感じる。
世田谷区三軒茶屋の中学校を舞台に、一ヶ月後にアメリカに引っ越してしまう男子生徒を軸として、同じクラスの五人の女生徒が登場する。彼を唯一の友人とする者、幼なじみ、同じバスケ部の女子キャプテン、彼と同姓の学級委員長、それに帰国子女。皆が彼に対して好意を抱いている。ある者の思いは恋である。そのことを友人に告げるがその友人も彼のことが好きだった。いや、好きである気持ちがようやく自覚できたといった感じだ。気持ちに正直になれずに、打ち明けもできない、そんな年代の彼女たちが表現されている。そして、彼女たちの友情にも変化が出てくる。
彼が旅立つ前に揃って、お別れ会と称し、花火をやるシーンがある。キラキラと光を放ち、やがて消えてしまう。こうして一緒にはしゃいでいても、やがて彼とは別れてしまう、そんな状況を表現しているのだと私は解釈した。彼ら、彼女らの演技は実に自然であった。芝居がかっておらず、日常の生活を見せてくれているようなそれである。演じている雰囲気ではない。特に花火のシーンはただ花火をして楽しんでいるのを撮っているだけだろう。ストーリーが極めてリアルで有りがちな日常的だからに違いない。数年後、彼らは日本映画を支えていくに違いない。
この映画には見せ場というものもなく、ストーリーの大きな展開となるようなイベントもない。ただ単にクラスメイトが転校していくだけの話である。そんな地味な題材ながら、いや、地味な題材だからこそ、見る人の共感を誘い、切なさに心が震えるのだと思う。やがて彼が去り、またいつものような彼女たちの日常が繰り返される。初恋と友情。若さには青空がよく似合う。今の日常から消えている分楽しめる。公開先が少ないので、DVDリリース後に鑑賞をお勧めしたい。
(秀)
子供たちの試験勉強を見ながら、その結果に一喜一憂しているが、人生の尺度から考えればそんなものは微々たることでしかない。特に職に就いてからは学校で勉強したことなどあまり役に立たない。しかし、良い(と言われている)学校や良い(と言われている)会社に入るためにはその後に役に立たないことだろうと、それに取り組むしかない。取る側もこの先本当に必要となる能力の適正が分からず、その後に役に立たないことの多い、成績で判断するしかない。お互い不幸なことだ。
受験科目ではないけれど、美術のセンスは結構重要である。いわゆる絵心というやつが資料を作成する上で重宝される。ものごとを視覚化する能力なんて一般に成績では測れないが、サラリーマンには貴重な素養の一つである。もし、私が人事担当者ならば入社試験の際にはそういった能力を選考の軸にしたい。知識は必ずしも重要ではない。
逆に社会では全く必要ないのに学校では熱心に時間を割いて教えている科目がある。古文だ。これは無駄でしかない。そんな暇があったら、現代国語や英語を勉強しておいた方が十分役に立つ。古文とか漢文なんて科目はなくしてしまっても良いと思う。受験のためだけに存在しているに過ぎない。嫌がらせとも言える。必要な人だけが趣味でやればいいんだ。
子供たちは中学校で百人一首を覚えさせられているようだ。私も高校のときに全部覚えたはずだが、その後振り返ることもないため、今はもう数首しか覚えていないし、上の句と下の句がでたらめになってしまう。その程度のものに青春の大事な時期に授業や試験勉強という形で多くの時間を費やしていたかと思うと遺憾に思う。見直しを望む。
(秀)
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