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第1251話 〜2005/12/14〜

■ユニセフ募金の使い道

 財団法人日本ユニセフ協会から募金への協力依頼のDMが届いた。別にこれまでユニセフに募金をしてきたわけでもなく、郵便物の届くような個人情報をこの協会に対して提供した覚えはない。しかも、請求書のように振込用紙が入っているし、クレジットカードによる募金にはいくつかあらかじめ金額が指定されている。いったいどんな形で個人情報がそこに渡っているのか?。寄付の是非以前にまずこのことが気持ち悪い。

 早速電話してみる。まず、テープが流れ、要件に応じて電話のキーを押していく。そして30秒くらいの募金に関するメッセージを無理やり聞かされ、オペレーターが出てくるのはその先である。まずオペレータにDMを今後送って欲しくない旨を告げた。続いてどうして自分の個人情報がそちらにあるのかを問い質したところ、「業者からリストを買っている」との答だった。オペレーターはそのリストをどこから買っているかまでも話してくれたが、あいにくその名前は忘れた。ただ、その業者の名前を出すことで責任転嫁しているようにも聞こえた。もちろん、その会社に対しても個人情報を渡した覚えはない。「10年くらい前からこの方法でお願いしている」とも話していた。後は詫びる一方である。

 個人情報保護法について私が勤める会社ではかなり力を入れて教育を行っている。個人情報を入手する場合は目的を明示しなければならないし、目的を明示せずに入手した情報の場合は個別にその目的に対しての了解を取り付けてから利用しなければならないと指導を受けている。調べたところ、目的を明示せずに入手した情報は個別に了解を取らなくても利用目的を公表していれば法的には問題ないらしいが、このように業者から名簿を買ってDMが送られてくるのは気持ちが良くない。募金した金額の一部かもしれないが、このような電話オペレータやスタッフの人件費になっているだろうし、もちろん、名簿を買い取る金にも使われているはず。

(秀)


第1252話 〜2005/12/22〜

■ジャンボマシンダー

 クリスマスと言えば、子供たちにとっては誕生日と並び、高価なおもちゃを買ってもらえるビッグイベントである。最近は子供の数が少ないだけにこのイベントに対する業界の期待は大きいだろうし、少子化は一方でプレゼント単価の上昇という影響も与えていることだろう。景気回復の追い風はいかほどに。

 私も小さい頃はいろいろと欲しいおもちゃがあったが、クリスマスプレゼントなる風習のない家庭のため、欲しいおもちゃはお年玉などで自分で買うしかなかった。確かにお年玉となるとそこそこ金が集まり、ある程度高額なものも買えたりもしたが、それは年が長じてからのことで、小学生低学年の頃は世間一般でもお年玉のレートが低く、集まる金額も高が知れていた。

 そんな中、高価でとうとう買うことができなかったおもちゃにジャンボマシンダーがあった。高さ60センチほどのプラスチックの人形である。まず最初にマジンガーZのそれが発売され、その後グレートマジンガー、ゲッターロボへとシリーズが拡張され、調べてみたら仮面ライダーやロボコンのものまで発売されていた。マジンガーZの場合、パイルダー(ロボットの頭部に格納する操縦用のヘリコプター)は取り外しでき、ロケットパンチが飛ぶ。それにジェットスクランダー(空を飛ぶときの翼)などがオプションで発売された。グレンダイザーに至っては本体を格納するUFOもあったような。

 人形の本体は確か3千数百円だったと記憶している。同じ玩具メーカーのポピーが金属製の15センチほどの人形、超合金シリーズを千円ちょっとで出していたので、その約3倍ということになる。自分も買えなかったが、周りの友達も持っていなかった。おもちゃ屋やデパートの売り場でサンプル品を触るのが精一杯である。そんなある日、医者の息子の太郎くんの誕生会が行われた。すると彼の家にはマジンガーZのジャンボマシンダーがあるではないか。しかも双子の弟の次郎くんの分も合わせて2台もあった。早速、この2台を戦わせて遊んだ。

 このおもちゃの売りはでかいことに尽きる。機械や電動の仕掛けもないただでかいだけの人形である。これが今中古玩具市場で高値を呼んでいる。元箱付きなら10万円といった感じだ。子供のおもちゃだったため、状態が良い物が少ないし、買えなかった人が多かったということはそもそもの数が少ないということである。その当時買えなかった人が市場を作っているのか?。それ故の高値なのだろう。

(秀)


第1253話 〜2005/12/26〜

■お笑いブームの終焉間近

 昨今のお笑いブームは勢いが相当なくなってきた。そろそろおしまい。早ければこの年末年始を境に明らかな区切りができてくることだろう。最悪の場合、HGが気炎を吐いているだけになるかもしれない。

 今回のお笑いブームの特徴は自分のネタをやり続ける事なく、一旦ブームに乗れば延命できることである。テレビで純粋に彼らのネタが見られる番組は数えるほどしかない。それ以外のお笑いバラエティは多くのお笑い芸人と一緒に番組を賑やかにする存在でしかない。彼らもネタ作りが大変だし、何よりも消耗することを恐れ、制作サイドもこのような形でしか延命が図れないことを知っている。

 そんなバラエティ番組が年末年始にはいくつも流れることだろう。しかも新鮮なネタを披露するでもしなければ、視聴者もさすがにそれには耐えられないはず。飽きられてしまう。そして、春の番組改編期に影響を与えるだろう、というのが私の読みである。

 今年のM−1グランプリはつまんなかった。本来のおもしろい漫才というものをきちんとやっていないせいか、ネタが練れていない。それに勢いがない。また、そもそも制限時間4分という設定が、これからというところでブレーキを掛け、おもしろくなくしているのかもしれない。お笑いブームの凋落を象徴するような有り様だった。

 お笑いブームが終わって困るのは彼ら芸人だけでなく、テレビの制作サイドも同じだ。お笑い番組の空いた時間は果たしてどうなるのだろうか?。興味津々。一方、誰が生き残るかにはあまり興味がない。

(秀)


第1254話 〜2005/12/27〜

■凧揚げ

 私の小さい頃の凧と言えば、駄菓子屋で売られていた奴凧だった。絵は奴さんではなく、ヒーローのイラストだったと思うが、それが具体的になんであったかはあいにく覚えていない。誰から習ったではなく、凧には足が必要ということで新聞紙を切って足を貼り付ける。足を付けなければならないと言われてもそれが何を目的としたものか理解できないため、バランスなんか関係なく、いい加減な足を付けてしまう。

 足を付けた奴凧をいざ揚げる段になったら、一人で家と家の路地を凧を背に走り回る。糸を長くしようものなら、バランスが悪くくるくる回るか、地面に落ちたまま引きずることになる。これでは凧揚げではなく、凧引きだ。結局、正しい凧揚げの仕方を知らないまま、その一日で凧引きに飽きてしまい、奴凧はおもちゃ箱に仕舞われ、やがてボロボロになる。

 それから数年後、画期的な凧が現れた。ゲイラカイトである。大きな目玉が描かれた三角形の洋凧だ。「ヒューストンからやってきた」というコピーにヒューストンがどこにあるのか分からぬまま感動した。早速、近くに住む達ちゃんが買って、一緒に揚げに行った。稲刈りが済んだ田んぼは障害物などなく、絶好の凧揚げスポットだった。何しろこの凧には新聞紙の足を付ける必要がない。私が凧を持って、達ちゃんが糸を引く。呆気ないほど簡単にするりとカイトは昇っていった。ぐんぐん、ぐんぐんとその調子でカイトは揚がり続けて凧糸一巻き分揚がってしまった。

 しばらく後、私もゲイラカイトではないものの洋凧を手に入れ、達ちゃんたちと凧揚げを楽しんだ。そして、小学校高学年になって、冬休みの宿題で凧を作ることになった。障子紙を使っての簡単な和凧である。今度は足の理屈も分かっているので、何度も試しながらバランスの取れた足を付けることができた。学校で昼休みに揚げていたら調子に乗って凧糸二巻き分(80m×2)も揚げてしまった。掃除開始のチャイムが鳴って急いで下ろしに掛かったがなかなかそう上手くいかない。結局完全に下ろしきった時には掃除の時間が終わっていて、掃除をさぼったことを担任の先生にたいそう怒られた。

 あれ以来凧揚げなどやっていないが、風が強く寒い今日この頃、「今日は凧、よく揚がるぞ」なんて思ってみたりする。昔は確かに風の子で少々寒くても遊ぶときは平気だったよね。

(秀)


第1255話 〜2006/1/5〜

■正月らしさはどこ行った?

 あけましておめでとうございます。秀コラム7回目の新年を迎えた。ゆっくりと休養をとって、仕事始めに合わせてのコラム始めである。今年もご愛読の程、宜しくおねがいします。

 皆さんはこの年末年始をいかに過ごされただろうか?。ますます正月らしさがなくなっていく傾向に歯止めがかからない。紅白歌合戦の視聴率はやや回復したようだが、下げ止まりとでも表現すべきか?。そしてレコード大賞の価値は倖田來未の受賞で完全に地に落ちた。それなのに、紅白での紅組瞬間最高視聴率は倖田來未だったとは。たまたま裏番組、例えばK−1やPRIDEの試合の合間になったとかではないだろうか?。あくまでも想像の範囲でしかないが。

 紅白歌合戦について言えば、何年前からか忘れたがそれまで9時始まりだったものの開始時刻を早め、時間枠を拡大したことが視聴率低迷の原因の一部だと私は思う。長時間高視聴率を維持することは余計に難しいことだ。また、時間が長いと参加者のレベルが下がってしまう。すると視聴者に「参加者がつまんない」という意識が刷り込まれ、視聴率の低下になる。毎年初出場の歌手がいるということはその分、前年の出場者から落選する歌手がいるということである。

 一方、年末年始の番組にお笑いが占める比率が非常に高かった。その中で、オリジナルの持ちネタを披露してすべってしまう芸人達の哀れだったこと。これは私の予想通りだった。このときのお笑い番組はダラダラと長時間になるため、見ている方もだるくなってくる。

 かくし芸を久しぶりに見たがつまんなかった。やっていることも出ている芸能人も往年に比べると格段にスケールが落ちている。自社女子アナに頼っている情けなさ。

 こんな感じでテレビを中心にこの年末年始を見てみると面白みに欠けるものだった。私はそれが正月らしさがなくなったことと無関係だとは思えない。生活や嗜好の多様化がテレビにも正月にも影響を与えていることは間違いないが、これらを一気に戻すのは到底無理なこと。

(秀)


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