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オウム真理教の被害者となった当時大学生の遺族の妹が千葉の自宅から何者かに拉致され、名古屋で解放されるという事件が最近起きたが、この女性の供述内容には曖昧な部分が多く、実はこの女性の狂言であったことが判明した。「クロロホルムのような匂いの薬品を嗅がされて...」。普通の人間はクロロホルムの匂いなんて知らないはずだ(薬学部の学生だったかな?)。動機は「オウムが憎かったから」と伝えられているが、そんな復讐の方法もあるんだなと不謹慎ながら妙に感心してしまった。
最初に事件が報道された時にオウムが記者会見を開いたが、会場にいる記者や視聴者のほぼ全部が「オウムがやったに違いない」ときっと思ったことだろう。「私達は関係ない」、「こんなことをして私達にいったいどんな得があると言うんですか?」と釈明する例の広報副部長に対し、「お前達には遺族の気持ちが分からないのか」という論調で報道する媒体もあった。警察発表を鵜呑みにするからいつも彼らはそうなんだ。確かに私もあのときはそう思ったけど。この女性が以前、大学のエレベータでオウムらしい男性に「裁判を取り下げろ」と脅かされたのも嘘だったらしい。
結構、世の中ってこんなもんかもしれない。「ある」と「ない」の差は曖昧で気持ちの差かもしれない。デカルトが「小論理」という本の中でこんなことを書いている。「有は無である」と。デジタルの世界に当てはめると、「1=0」という、これまた難しい話である。有というものを無媒介で表現することはできず、色も形もない、もちろん概念というものもない。このような状態では有と無を区別することができない、という意味の内容だったと思う。有ると思っていることは無いのと同じである、とも言える。有名な「我思う、故に我あり」という言葉が出る前の話である。
ついでを言うと、ホームページで子供の虐待日記を公開していたとされる事件も作り話だった。ますます、事実と虚偽の境が曖昧になり、なんか慣らされてしまいそうで怖い。「キャーッ!この人痴漢です」。電車から引きずり降ろされていく男を見て、電車の中でその女性が不敵な笑みを浮かべているかもしれない。そんな復讐(嫌がらせ)もあり得るんだ。触ったかどうかはデカルトにも分かるまい。
(秀)
金融ビッグバンなんて言葉が聞こえて来た時には、外国企業の参入や自由競争という言葉が飛び交った。為替の両替も自由化され、「ドルで買い物ができる」なんて話も出たがいったいどこに行ったのだろうか。結局利用者には何の利益もないばかりか、公的資金で金融機関の不始末が清算されている状況には腹が立つ。ノンバンクの「セゾン」が銀行に対し債務放棄(全額ではないけど)の申し入れを行っているなんざ、貸したものは取り立てるが、借りたものは返さない、という構図である。もしこれが認められると、銀行は負債を公的資金で償却するわけで、我々には二重の裏切りに他ならない。
最近、ものごとの本質をごまかした日本語がまかり通っている。「援助交際、援交」は売春に他ならない。「不倫」を「婚外恋愛」と言い出したり、本来組織変革の意味しかない、「リストラ(クチャリング)」を「首切り」のソフトな表現として使っている。新聞の見出しに「首切り」とは書きづらかろうが、「リストラ」という言葉は日常的に露出している。本質は何ら変わらないが、これらの言葉は当事者の罪悪感を麻痺させているのは確かだ。
銀行は生き残りをかけて合併に乗り出したが、住友とさくらの合併の一方で三和に世間の関心が飛んだりもした。本当はさくらとの合併を模索していたが逃げられた、という話が伝わって来た。あさひと東海もくっつくとなると、急に婚期を逃した独身者のような立場になり、合コンの残り者同士にまわりが「付き合っちゃえよ」と言ってるようでおかしい。組織の巨大化とともに収益率も改善されれば良いが、そのような雰囲気は伝わって来ない。このままジリ貧になる度に合併を繰り返していたら、最後に銀行は一つになり、ついには国有化され、社会主義同然の状態になっているかもしれない。いずれにせよ、合併の度に余剰人員の多くが首切りの憂き目に遭うことだけが明らかである。
ところで、タイトルのゲルショッカーというのは仮面ライダーに出てくる悪の秘密結社であるが、これはゲルダム団とショッカーの合体であった。世界制服のために合併したわけであるが、怪人の方がリストラされなかった分幸せだったかもしれない(ショッカーの戦闘員は大量にリストラされ、その模様がライダーカードになっている)。
(秀)
from.直くん
おそらく10年ぐらい前のことだと思うが、はっきりといつ頃だったか特定できない。金曜日の夜11:00から、TBSの30分番組で「噂的達人」というのがあった。司会は小堺一機と山口美江で毎週一人のゲストが登場し、そのゲストがもう1つの顔として、さもその分野の達人のごとく、どうでも良いようなちんけなことに淡々とうんちくを語る番組だった。番組タイトルは「噂の達人」と読む。だからこのコラムのタイトルも「納豆の達人」と読んで欲しい。「鉄人」という言葉はこの番組が放送された後に出てきたため、そういう点では多少の影響を与えているようだ。
番組の方は、確か1クール、10回ぐらいで終了したと思う。いつの間にか気が付くと終わっていた。普通の対談番組とは異なり、カメラワークには手間暇を掛けたことが特徴で、カメラ目線ばかりでなく、横顔のアップなど頻繁にカメラが切り替えられ、話している内容のキーワードがテロップで現れたりする。最近は邪魔なくらいテロップが入る番組が増えたが、私の記憶ではテロップが入り出したのはこの頃からで、結構新鮮で、どうでも良いようなことが演出で妙に説得力を持つものだと感心した。
その日のゲストは伊東四朗。テーマは納豆の達人であった。これがまた、どうでも良いようなことを達人とばかりに熱心に語る。
「納豆に卵を入れるのは邪道だ」(伊東)
「それはまたどうしてですか?」(小堺)
「たんぱく質とたんぱく質をあわせてどうする」(伊東)
といった具合である。この他にも「箸は右に回す」、カラシはどうだ、ダシを入れるタイミングはどうだ、という具合にうんちくは進む。特に私にはどうでも良い話である。納豆が嫌いだから。要は悪ノリのアドリブで進んでしまう、良い意味で肩の力の抜けた番組だったと思う。しかし、結構見ていた割には後には何にも残らず、伊東四朗の回以外に、誰がどのような話をしていたかは覚えていない。
(秀)
今回のタイトルは回文である。たいやき型のモナカアイスを食べながら思い出した。「1度だけたいやき焼いたことがあったなあ。それも大量に。よし、コラムに書こう。タイトルは『たいやきやいた』だ」。ざっと話は12年程前の大学時代に遡る。
うちの大学は年に2度、学園祭をやるところだった。とは言ってもなにぶん田舎のお金の無い大学のため、コンサートにタレントが来るようなことはまずない。学生達が自分等だけ楽しければ良い、と言った感じの学園祭である。春先は新入生の親睦のための性格が強く、学科でのクラスなどで模擬店を出したりする。その模擬店でたいやきを焼いたわけであるが、自分のクラスで模擬店を出したわけではない。後輩が模擬店を出すというので、段取りからいろいろと手伝ったことのなりゆきでたいやきを焼くことになった。
通常この手の学生がやる模擬店というのは、機材一式がレンタルでき、誰にでも簡単にできるものと相場が決まっている。金魚すくいやかき氷、がんばって、クレープやタコ焼きぐらいであった。ただこの時は、他では無いものを狙ってたいやきになった。早速、そういう焼き饅頭系の材料を扱っているところに電話すると、1台だけ貸し出せる焼き台があるということで決定された。
当日、模擬店の仕込みも終わり、数人が試しに焼いてみるがなかなかうまく焼けない。交代で何人かやってみる間に、面白がって特別に自分にも焼かせてもらった。すると、一番うまく焼けた。そして、まぐれかどうかもう1度焼いているうちに、お客さんが来てしまった。仕様がないのでそのまま私が焼くはめになってしまった。まんざらではないけど。味はそこそこまともだった。しかし、見てくれが良くない。焼き台の片方は確かに鯛の形にえぐれているが、もう片方はフラットな鉄板なのである。おそらく修理したものだろう。当然、焼き上がったたいやきは全て同じ向きに並べられるが、店先で焼いているのが見えるためバレバレだ。それでも珍しさからか売れ行きは好調だった。
さらに、焼き台にはもう1つの欠点があった。1度に5匹しか焼けないのである。次々にお客さんの列は長くなるが、1個40円(小ぶりだったから)だったため、一人で「5個」なんてオーダーが平気で入る。その夜に普通の人が一生の間に食するであろう、たいやきの量を私は焼いたことだろう。もちろん、しっぽまでアンたっぷりにして。
(秀)
駄菓子屋と言っても、何も楽しみはお菓子ばかりではない。チープなおもちゃ、駄玩具と呼ぼう、も楽しみの1つだった。自分の場合、どちらかというとお菓子よりもおもちゃにお金を使っていたような気がする。最近の駄菓子屋では駄玩具の扱いが少なくなっていて寂しい。もちろん、駄菓子屋自体が少なくなってしまったのはもっと寂しい。
「鉄砲ごっこ」という遊びもよくやったが、この場合の鉄砲は主に2つに別れる。1つは銀玉鉄砲で、もう1つは火薬鉄砲である。銀玉鉄砲は確か50円から100円くらいで、銀玉が10円、小さな赤い箱で売られていた。店の壁の上の方には200円ぐらいの高価な銀玉鉄砲が吊るされているが、これには「200連発」とキャッチコピーが付いて、銃上部の銀玉を入れる口の上に200発分の玉を入れる円盤上のカートリッジが付いていた。この銀玉鉄砲の弱点は音が出ないことである。だから口々に「バン、バン」と言わなければならない。それと、無尽蔵に玉を買い続けるわけにもいかないので、玉を拾うのだが、この姿はやはり格好悪い。
音が出る鉄砲となると火薬鉄砲である。火薬鉄砲は銀玉鉄砲に比べると成形も無骨なチープな感じのものがほとんどだった。この火薬を僕らは「ふじだま」と呼んでいたが、シート状にミシン目が入ったものと、幅8ミリばかりの紙に等間隔に火薬が配置され、それを巻いたものがあった。色は赤である。火薬鉄砲は主に後者を使用する。しかし、今度は玉が出ない。確かに銀玉と火薬の両方を使用する銃も発売された(但し、高価すぎて駄菓子屋には置いていない)が、銀玉と火薬の両方が消耗品であり、コスト高のためか流行ることはなかった。
一方ミシン目の入った方の火薬は平玉鉄砲という単発式の火薬鉄砲で使用することもあったが、それ以上に「オネストジョン」に使用した。聞き慣れない名前かもしれないが、おそらく誰もが見たことあるだろう。プラスティックのロケットの形をしている。先端部分に火薬を詰め、落下させたり、壁にぶつけて音を出すだけの単純なものでしかない。何が面白かったのかは、よく分からない。当時もそうだったかもしれない。それが子供の遊びの本質のような気がする。
(秀)
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