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第1371話 〜2007/11/1〜

■じゅげむ解説

 落語噺「じゅげむ(寿限無)」は高座では、駆け出しの前座が行うネタである。そのフレーズが面白いのか、NHKの「にほんごであそうぼう」という番組でも再三取り上げているので、子供たちにもこのフレーズを耳にしている者たちが多そうだ。

 「寿限無、寿限無、...」と最初の方は言えるのだが、全部がすらすらと言える人は少なかろう。ましてや、意味が分からない。「海砂利水魚?」、くりぃむしちゅーの元の名が何故めでたいんだかもなかなか分からない。そこで今回はこの、じゅげむの意味をストーリーの紹介と合わせて解説していきたい。

 人の名前というものは自分で決めることができない一方、親の思い入れがたっぷり込められている。幸せになるようにと、いろいろと思案するものだ。ある男の子が生まれた。この子が長生きするようにと、その父親が和尚さんを訪ねる。「和尚さん。うちに息子が生まれたんで、何かひとつめでたい名前を付けてはいただけないでしょうか」。

 「おお、そうか。それはめでたい。では、さっそく...」
 「寿限無というのは寿に限りがない、という意味だ」
 「五劫の擦り切れとは、3000年に一度天女が空から降りてきて、衣で岩をこすり、岩が擦り切れてなくなるのが一劫。これが五つで果てしない時間を表すことになる」
 「海砂利水魚とは、海の砂や泳ぐ魚は取り尽くせないということで無限を表している」
 「水行末、雲来末、風来末とは、水の行く末、雲の行く末、風の行く末、いずれも果てがない」
 「食う寝るところに住むところは、人が生きていくにはなくてはならないもの。大切なこと、無限に必要なことを表す」
 「やぶこうじという木があって、まことに丈夫で、春は若葉を生じ、夏は花咲き、秋は実を結び、冬は赤き色をそえて霜をしのぐめでたい木じゃ」
 「そして、昔、唐土にパイポという国があって、シューリンガンという王様とグーリンダイという王后のあいだに生まれたのが、ポンポコピーとポンポコナーというふたりのお姫様で、このふたりが大変長生きをしたそうじゃ」
 そして最後は「天長地久という文字で読んでも書いてもめでたい結構な字で、それをとって長久命。長く助けるという意味で長助もいい」

 この中から名前を決めることにしたが、忘れるといけないので、これらを和尚さんに紙に書いてもらった。ところが、選びきれないし、せっかくだということで、これら全部を子どもの名前にしてしまった。こんな感じになる。  「寿限無寿限無、五劫の擦り切れ、海砂利水魚の、水行末、雲来末、風来末、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのやぶこうじ、パイポパイポパイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーの、ポンポコナーの、長久命の長助」

 何もフルネームで呼ばなくて、普段はじゅげむちゃんとでも呼べば良さそうだが、落語なのでそうはいかない。話の都合上、フルネームでテンポ良く、名前を呼ばなくてはならない。落ち(サゲ)については数種類あるようで、もっともメジャーなところでは、この子が川に落ちてしまう。周りの子供が助けを呼ぶためにその子供の名前を繰り返して言ううちに、時間が長々と掛かってしまい、助けに行ったときには既に子どもは流され、姿が見えないという残酷な終わり方をする。

(秀)


第1372話 〜2007/11/2〜

■偽装あれこれ

 官も民も不祥事続き。民の場合は、食品を中心とした偽装であるが、要は嘘、偽物の類。これは官の場合も同様に言える。年金問題もインド洋での給油量の間違いも要は嘘、偽物の類。それにしても次から次に出てくる食品絡みの偽装問題。消費期限に内容物のごまかし。「赤福」に続いて「御福餅」までも。私はこの御福餅というのをこれまで知らなかった。赤福が消えた途端に売上を伸ばしていたらしいが、その中身は赤福そっくりの餡餅。おまけにパッケージの色やデザインまで似ていた。何も消費期限の偽装までも真似しなくて良さそうなものを。

 姉歯の耐震強度偽造のときもコラムに書いたが、あのとき姉歯と建設会社の元東京支店長の間の話に、言った言わないの食い違いがあった。そのとき私は迷わず、元東京支店長の主張を信じた。二人とも髪の毛が薄かったが、元東京支店長の方はリアルで、姉歯の方はかつらでそこまで偽装していたからだ。心は形に表れる。

 これらのほとんどが内部告発らしいが、まさに戦々恐々の面持ちの経営者たちがたくさんいるのではないかと思う。「どこだって、多少のごまかしはやっているよ」というのが、私の考え。マスコミは視聴者の側から怒って見せたりしているが、内心は次々に出てくる不祥事でネタに事欠かなくて喜んでいるに違いない。

 ワイドショー系もこれらの偽装事件を日々扱っていると思うが、フジテレビで平日午前中に放送している。「とくダネ!」という番組でも、偽装事件を扱っているのだろうか?。けどね、司会の小倉智昭自身が偽装しているぞ、あの頭。内部告発でもなんでも良い。彼の偽装謝罪会見というのを見てみたい。

(秀)


第1373話 〜2007/11/5〜

■大連立??

 自民党と民主党のトップ会談で両党の連立が話し合われ、民主党はこれを拒絶したわけだが、これで小沢代表が辞意を表明した。金曜日の夜にスポットニュースで「福田首相提案の連立提案を民主党が拒絶」というのを見たときには、それほど驚かなかったが、その後に流れてきた小沢代表辞意のニュースには驚いた。別に私は民主党支持者ではないが。

 詳しく調べてみると、事の顛末はこうだった。そもそも連立構想の検討を持ちかけたのは福田総理の側だった。それに対し、小沢代表はこれを持ち帰り、役員会に諮った。そしてこの役員会でこの提案の拒絶を決定した。このとき、小沢代表は連立構想参加に気持ちが動いていて、役員会にこの話を持ちかけたが、役員会の反応はノーだった。これを役員会からの不信任に等しい、と自ら説明している。また、一旦話をあずかった福田首相への対面もある、と。

 面白いことに、今回の福田首相の連立提案に対し、自民党の内部は肯定的であり、一方、民主党も連立提案の拒絶に対し、民主党内部は肯定的である。結局、小沢代表だけがこれらの蚊帳の外になってしまったわけである。小沢代表は次の総選挙での政権奪取に自信がなく、むしろ連立としてでも政権に加わった方が、公約を実現できると判断したらしい。テロ特別措置法や新テロ特別措置法にも反対しながら、ここに来て、反対どころか仲間に加わろうというのは、国民の目にも納得しづらい。

 民主党が前回の参議院選挙で勝った理由は何だったか。それは徹底した与党との対決姿勢にあったはず。やはり選挙での審判を受けるべきだ。それでいて、いずれかの党が分裂して枠組みが変わるのなら、それは政治の摂理であろう。与党が圧倒的多数に達してしまうととても怖いことになる。小沢代表の辞表はまだ受理されていない(本稿執筆時点)。小沢代表の辞任は民主党としては大きな痛手であるが、このままでは次の選挙を戦えない。ここでこんなつまずきをするとは。

(秀)


第1374話 〜2007/11/6〜

■ちりとてちん

 最初、「ちりとてちん」と言葉を聞いたときには、落語の演目のそれだと思っていた。その日の碁会が急に中止になってしまい、料理が残ってしまった。そこでご隠居がへそ曲がりで知ったかぶりで愛想のない寅に声をかけ、食事に招待するが、寅は文句を言いながら料理を食べる。そこでご隠居は準備していた、腐った豆腐に七味唐辛子を掛けビンに入れたものを「これは台湾名物の『ちりとてちん』だが、知らないだろうね」と差し出すと、「知ってますよ」と、寅はやせ我慢をして食べてしまう。ビンのふたを開け、口に入れる前後の有様をいかにリアルに面白く描くかが噺家の腕の見せ所である。「で、どんな味がするんだい?」とご隠居。「豆腐の腐ったような味」というのが落ちとなる

 ところが最近は同じ落語の話でも、「ちりとてちん」というとNHKの連続テレビ小説をイメージするようになった。これまで、NHKの連続テレビ小説を見る習慣などないから、最初は気にもしていなかったが、女性の落語家がテーマで、話も面白いということを知人に教えられて私も見ることにした。なかなか面白い。主人公は映画「スウィングガールズ」でトランペットを担当していた貫地谷しほりだ。オーディションで選抜されたらしいが、なかなか良いキャスティングだと思う。

 高校を卒業した主人公が自分探しのために大阪に出てきて、落語家の師匠と弟子と生活を共にする。もともと祖父が落語好きだったという伏線もある。この転がり込んだ先の一門が普通ではない。師匠は3年前の一門会で高座に穴を空け、大阪の大手芸能プロダクションから干され、今では高座に上がれなくなってしまっている。しかも、酒浸り。二番弟子の草々だけが師匠を慕って、師匠のそばにいるが、そのせいで彼も寄席の高座に上がることができない。

 最終的には主人公の喜代美が女流落語家になるとのことだ。現在、女流落語家は東京と上方で20人ほどいるらしい。しかし、問題は彼女が締め出しをくらっている徒然亭一門の噺家として高座に上がることができるかどうかである。まあ、それはうまくいくだろう、ドラマだから。そして、彼女は高座で「ちりとてちん」の噺をやるのだろうか。そもそも「ちりとてちん」とは三味線の音から来ているタイトルらしいが。それにしても、本当に落語ブームだねえ。

(秀)


第1375話 〜2007/11/7〜

■家電販売店の転換点

 秋葉原の電気街に活気がない。目立つのはオタク系の店ばかり。パソコンはラオックスコンピュータ館の閉店もあって、全体的に低調。その代わり、裏通りでは小ぢんまりとした中古のパソコンショップが増えた。その他の家電については一部の店で販売しているが決して安くはない。

 秋葉原がこんな感じになったのはヨドバシカメラの秋葉原進出がきっかけだったと思う。人の流れが変わってしまった。秋葉原電気街は夜早く店が閉まる。そのくせ、店が開くのが遅い。11時からの営業開始で、夜は遅くとも8時にはほとんどの店が閉まってしまう。それに引き換えヨドバシカメラは開くのも早いし、夜は10時まで営業をしている。おまけに値段も安い。既に秋葉原の家電などの価格は安くなくなっている。もちろん、インターネットで価格情報等が容易に手に入るようになり、通販で手軽に買える様になった影響も大きい。

 家電業界ではここ数年、大きな変化が起きている。大手の郊外型の店はそれまで郊外にとどまってきたが、それが駅前へと進出してきた。それは合併や吸収を繰り返すことで、力も増した結果でもある。仕入規模が大きくなれば、仕入単価は安くなるし、メーカーや仕入元への発言権も強くなる。よって、大きいところはますます競争で優位になり、弱小な販売店は淘汰されていく。

 街の電気屋に関して言えば、これまたとても大変な状態にある。ところが、テレビの地上アナログ波終了に伴う、テレビの買換需要を考えれば、まだまだ十分存在意義があるのではなかろうか。量販店から持ち帰ったり、宅配で届くテレビを私達は易々とセッティングするが、そうもいかない人々もとても多いはず。地上デジタル波やBS、CS用のアンテナとなると、消費者が自分でなかなかできるものではない。既にUHFアンテナがある場合でも、アンテナの向きを動かす必要がある場合もある。

 このように、地上デジタル波対応テレビの需要は、家電販売店において大きな転換点になるだろう。ただ、街の電気屋がこれにより一部活況を取り戻したとしても、これに続くネタがない。

(秀)


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