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先週末の話であるが、高校のときの友達3人と飲みに出掛けた。うち一人(以下友人Aという)は十数年前に仕事のイベント会場でばったり会ったがそれ以来。またもう一人(以下友人Bという)は社会人になったばかりのとき、郷里で会ったが、もう18年くらい会っていない。それでも電話でたまに連絡は取れる状態にある。そして残りのもう一人(以下友人Cという)は高校卒業以来初めて会う。いずれも佐賀の高校一年のときに同じクラスだった。
今回揃って会うきっかけになったのは「この指とまれ!」という同窓会情報サイトだった。ぷらりと高校の情報を見にいって、そこで友人Aを発見した。十数年前に会っていたので東京にいるんだろうと思って、彼にメッセージを送ると、翌日にメールで返事が来た。やっぱり彼は東京に残っていた。「近々に会って飲みに行こう」と送ると、「友人Cの連絡先が分かるので、彼も誘おう」と返事が来た。「だったら友人Bにも連絡して誘ってみるよ」と私が返した。こんな感じで四人が久しぶりに集まることになった。
渋谷駅のハチ公前で待ち合わせることになって、私と友人A、Bは難なくお互いを見つけることができたが、友人Cの変貌振りには23年ぶりに会う私と友人Bは驚いた。これなら、街ですれ違ってもきっと分からない。残りの3人は当時の面影をだいぶ残しているが、その中でも私が最も変わっていなかった。
ちょっとひなびた居酒屋に入ると、三連休の前日ながら他の客の誰もいない。座敷にじっくり腰を据えると、早速懐かしい話のスタートである。そして最近の様子まで話した。厄年とあってそれぞれ会社でも多難な時期である。そんな話の中、友人Aが元祖天才バカボンのエンディング曲の話をした。「41歳の春だから〜」という歌詞のように我々も来春にバカボンパパと同じ年齢になる。随分オヤジだとか、さぞ立派な大人と思っていたが、それを目前とした今、複雑な心境である。
結局その店に4時間半くらいいた。我々の入店後も客はとうとう誰も来なかった。このため、長時間いても追い出される事もなかったし、静かで話もやりやすかった。終電を気にしながら、また近いうちの再会を約束して分かれた。その後、友人A、Cとはメールのやり取りがあり、「定期的に幹事持ち回りで飲もう」と私が提案すると、「毎月が良い」なんて返事も返ってきた。けど、それはちょっとやりすぎではないかな?。
(秀)
早いものでもう12月。今年も残り1ヶ月となった。個人的には賞レース、「まぐまぐ大賞」の部門賞の行方が気になり、宝くじの高額当選のごとくあきらめながらも妄想している。投票よろしくお願いします。
さて、そうこうしている間に、じきに年末年始だ。今年も特に予定がないため、例年のようにテレビと過ごす正月に違いない。ところが最近は面白い番組がめっきり減ってしまった。それでもレコーダーを回しながら、とりあえず録画なんてしてしまう。かつては正月が終わると何本ものビデオテープが山積みなったもんだが、最近はHDDの中とさっぱりしている。
溜まった番組を見始めると、これは年末年始の番組に限らず、大概の場合、短いやつや軽めのバラエティ番組から先に見ていく。そして最後の方に長いだらだらとしたバラエティ番組やドラマ、映画が残る。そう言えば、昔の長時間番組と言えば、1時間半というのが普通だった。
録画などせず、放送中にだらだらと見てしまうならまだしも、改めて録画したものを、例えば3時間見るとなると、結構な覚悟がいる。そんなにまとまって時間を割くことが難しいし、途中で見るのを一時中断できるくらいのものなら、それほどの番組ではなかったり。やはり、適当な尺としての時間は2時間が限界のように思える。それ以上になると相当つらい。
というわけで、録画しておきながら、見ないで消してしまう番組も相当ある。特に年末年始は番組時間が長いものが多いので、この傾向が強まる。ビデオが普及する前はそれでもだらだらと見てくれる人がいただろうが、ビデオの文化が普及して視聴のスタイルも大きく変わったはず。やたら豪華で、だらだら見るのを避けて録画して大事に後から見ようなんて思うと、かえってそれが、見ない番組になってしまう。
(秀)
「さて、今日は何にしようか?」。きっと晩御飯のメニューを決めるような感じかもしれない。「何でも良いよ」と言っておきながら、出来上がったものに文句をつける。「何でも良い」は「何でも良い訳ではない」という意味だ。コラムを書く際に、夕飯のおかずと違うのは、毎回違うものを出さないといけないこと。それと、出来上がったら、有無も言わさず出しちゃう。「何でも良い訳ではない」など無視。
何か材料があるか、冷蔵庫に相当する「ネタ帳」の覗いてみる。ずいぶん以前から残っているものもあれば、今使わないと腐ってしまう、旬のネタもある。なつかしネタは保存がきくから何かと嬉しい。中には途中までできているものやほとんど出来上がって、冷凍保存されている話が入っているときもある。しかし、基本的にネタ帳の冷蔵庫はスカスカなことが多い。そのままコラムに使えないものはブログに使われる。結局この日、すぐに使えそうなネタはなかった。
実は夕べ、布団の中で「明日はこれを書こう」というネタを思いついた。けど、そばにそれを書き留めたり記録したりするツールがない。忘れないように、心の中で3度その言葉を繰り返し唱えたが、朝起きてみたら見事に忘れていた。一緒に思いついた食べたい晩御飯のメニューはしっかり覚えているのに、肝心のコラムのネタのことはすっかり忘れて思い出せない。3回ではなく、5回唱えれば良かったのか、それとも口に出して唱えてれば良かったのか?。しょうがないので、今晩からは枕元にネタ帳ファイルの入った、モバイル端末を置いて寝ることにしよう。ひょっとしたら、食べたくなった、ペンネのホワイトクリームがけを晩御飯で食べたら、そのとき忘れてしまったコラムのネタは思い出すかな?。
(秀)
昨日、年末の紅白歌合戦の出場歌手が発表された。特に初出場歌手は毎年のように集められて記者発表に臨んでいる。AKB48の出場で人だけはたくさんいるが、何と華のないことよ。出場に値する歌手なのかどうなのか、疑わしい顔が並んでいる。とりわけ、白組で初出場の2人はこれまで1度も見たことがない。
今回初出場が8組に復帰組が9組らしいが、単純計算によると、前回出場者からこの分が今回落選したことになる。具体的にその検証はしていないが、その多くは前回初出場者ではなかろうか?。要は初出場とはそんなもんで、安定した実力や人気を持っている歌手がいかに少ないかの裏返しでもある。今年の初出場歌手の場合、来年の連続出場はほぼ皆無であろう。
それ以外の出場歌手の顔ぶれを見ても、やはりパッとしない。これでは史上最悪の紅白となって、史上最低の視聴率にとどまるのは間違いなかろう。もちろん、私も見る気がしない。たとえ鶴瓶が白組の司会者で出ていようとも。かと言って、それ以外の番組もちょっと好みではない。ここ数年、格闘技が視聴率を稼ぎ、定番化しているが、あいにく私の嗜好とは合致しない。ドラえもんを見終わった後に、さてどうしよう。吉本あたりが、お笑いで一気に攻めても良さそうなものだが。民放にとっては、まさに今年が打倒NHKの好機のはずだが、まったく惜しいことをしている。
というわけで、大晦日の夜の楽しみ方を改めて考える必要が出てきた。DVDを借りて来て見ているのか、(温泉には行けないので)スーパー銭湯でくつろぐか?。あいにく、寄席はやってなさそうだし。もうそろそろ、紅白歌合戦も終わって良さそうだが、その決定をするのが怖いのだろう。しばらく、いつもと違う年末の過ごし方を思考してみたい。
(秀)
やはり年のせいなのか、知っている人なのに、とっさにその人の名前が出てこないときがある。以前一緒にちょっと仕事をしたことがある位の関係が一番微妙である。ただ、このような話は私に限ったことではなく、私の周りの人々でも同じことが起きているようだ。俳優やタレントの名前がとっさに出てこないこともあるようだ。何も人の名前だけではない。昨日、昼食で何を食べたのかがすぐに思い出せなかったりもある。脳トレをしないといけないのか?。
私は人の名前が思い出せないときには、「あ」から50音順に苗字をいろいろと挙げていき、名前を探すことにしている。かなりの確率で上手くいくが、時間が掛かるのが避けられない。この方法は、歴史のテストの時などに人名を答えるところで、答を忘れていて思いつかないときにやれば、答が見つかる場合がある、ということをある人から教えてもらった。テストの場で使うことはなかったが、人の名前を思い出す方法として、利用している。
さらに最近、私は逆のパターンで困ることも多い。今度は顔の方を思い出せないのだ。以前会ったことがあるのは確かだが、一度会ったぐらいでは、どんな顔だったのか思い出せない。いただいた名刺を見ながら、どんな顔の人だったのかが思い出せない。一度に多くの人と名刺交換したり、初めて会う人が多い会議の後などに、よく起こる。思い出せないのではなく、覚えていないのだろう。「以前はこんなことなかったのになあー」とうらめしく思う、今日この頃。みなさんは同様のことはないかな?。
(秀)
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