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第141話 〜1999/11/10〜

■レフリー

 金八先生を見ながら、この先の展開が気になって仕方ないがことがある。今回のシリーズで起きるクラスでの様々なトラブルは全て兼末健次郎(役名)という少年が仕掛けている。初回の放送で担任(ラサール石井)を病院送りにしたのも、実際に手を下したのは別の不良生徒であるが、裏で彼らを操っていたのはこの健次郎であった。彼は表向き優等生である。ガリ勉タイプではなく、文武両道で教師達や周りの親達からの受けも良い。金八も含め先生達は誰も彼が真の悪であることに気付いていない。演技もなかなかうまく、瞬間的に見せる悪の顔には「ドキッ」させられることがある。見ている側に「憎らしい」と思わせることは悪役への称賛でもある。所属がジャニーズ事務所という点から考えれば意外な役どころだ。

 裏で悪いことをしていて気付かないというのは昔のプロレスのレフリーようだ。会場の観客やテレビの視聴者はみんな知っているのに、一番近くで試合を見ていながら、ブッチャーが栓抜きをパンツから取り出し、馬場の額に攻撃を加えてもレフリーのジョー樋口はその反則に気付いていない(振りをしている)。タイガージェットシンが猪木や坂口に凶器攻撃を仕掛けてもミスター高橋は気付いていない(振りをしている)。盛り上げるために彼らは突然額から血を流すレスラーを見ても、平然とプレーを続けさせ、自分が攻撃を受けた時だけ相手に反則負けという決定を下す。たとえ気づいていても最初からそれを指摘してはいけない暗黙の掟があるようだ。

 レフリー金八はまだ健次郎の反則に気付いていない。しかし、最後までバレずに卒業を迎えるということは考えられないため、そのうちいずれかの結果が出ることだろう。悪は悪として裁かれるのだろうか。最近は勧善懲悪の構図が崩れたドラマが多い。「TEAM」は少年犯罪をテーマにしているが、罪を犯した少年達だけを悪にしてはいない。また、悪を主役にしたドラマも現れた。「恋愛詐欺師」は詐欺師役の椎名桔平が主役のドラマである。「OUT」は主婦が次々と殺人を犯すストーリーであるが、主役田中美佐子が犯人という、思い切ったキャスティングだ。彼女はこの前まで「ママチャリ刑事」だったのに。

(秀)


第142話 〜1999/11/11〜

■UHF

 物心がついた時には家にテレビがあった。昭和44年頃のことで、白黒テレビであったが、その姿は細い4本のネジ込み式の足に支えられ、画面の前にはブルーのフィルターが「目が悪くならないように」ということで、テレビの上面から吸盤で吊るされていた。真空管式であるため、スイッチを入れても、なかなか画像が現れず、消した時は「ガチョーン」と、中央に光が尾を引き画像が消えて行ったのを記憶している。ブラウン管の角が丸く、色が白っぽいのが当時の白黒テレビの共通した特徴でもあった。そして、それからしばらくしてカラーテレビがやって来た。昔の大型家電商品はダンボール梱包ではなく、冷蔵庫も洗濯機も、そしてテレビも木の枠で囲まれた梱包だった。電器屋さんはバールでこの木の枠を壊して、家の中に運んで来るのである。

 それから数年経ってからの話であるが、友達の家で白黒テレビを目の当たりにした。既に現役ではなかったが、「まだ映るから」ということで離れの部屋に置かれていた。それは以前うちにあったものよりも古いようで、形も少し違っていた。「チャンネルのつまみが1つしかない。外付けのラジオみたいな箱が上に載っている」。首都圏で生まれ育った人、およびチャンネルつまみの付いたテレビを見たことがない若い人のために説明すると、タッチ式以前のテレビにはチャンネルつまみが2つ付いているものだった。それぞれのつまみは「VHF(1〜12ch)」と「UHF(13〜62ch)」のつまみである。首都圏の人にはUHFで放送を見ることはほとんどないだろうが、地方のローカル局のチャンネルはUHFなのである。友達の家にあった白黒テレビはVHFのチューナー(ラジオという意味でなく、受信装置の意味)だけが内蔵され、UHFチューナーは外付けで、それがテレビの上に載っかっていた箱の正体であった。UHFを必要としない首都圏ユーザをターゲットにコストダウンしたモデルだったのだろうか?それとも、以前はこのスタイルが多かったのだろうか?その箱はコンバーター(何をどう変換するというのか)という名前だったらしい。

(秀)


第143話 〜1999/11/12〜

■ファミレスにて

 たまにはファミレスに行ったりもする。もちろん家族揃って行く回数の方が多いが、一人で行くこともある。すると手持ち無沙汰から周りの人間観察を始めてしまう。自然と同じような構成の家族連れに目が行ってしまうことが多い。自分達もあんな感じなのかと思うと「ゾッ」とすることを、反面教師として観察を続ける。きっとこんな風景を目にしたことがあるだろう。もし、なくてもその雰囲気を想像することは容易なはずだ。

 4人連れの家族が店に入って来た。だいたい奥さんの方が先頭を歩いて来る。旦那が後から入ってくるのは自動車の鍵を閉めて来るからという推測もできるが、後から入って来た冴えない親父の風体を見れば、そのせいでもないような気がする。そうなると、メニューを握って子供達に「何にするの?」と聞いているのは奥さんで、旦那は一人で黙々とページをあれこれとめくっている。決めるのも遅い。このとき、子供がおもむろに持って来たゲームボーイを始めてしまうことがある。ゲーム機からは目を離すこともなく、「ハンバーグ」。オーダーが済むと今度は下の子が上の子のゲームにちょっかいを出すか、持って来たマンガを読みだす。本は「名探偵コナン」の線だったりする。そして、親父は寡黙に煙草を吸い出す。

 こんな外食のどこが楽しいのだろうか?。別に楽しまなくても良いが、得をしたのは夕飯の準備と片付けから解放された奥さんだけのようだ。さらに、「夕飯、何食べたい?」、「何でも良い」。けど何でも良いはずなどないのが現実だ。この煩わしさから解放された喜びの方が大きい人もいるだろう。この子供達はまさか、自宅の食卓で配膳前にゲームをしたりマンガを読んだりしているはずはないだろうに。ファミレスに来てまで自分の世界に入り込みたいほど何か不愉快なのだろうか?。こんな風景はかつてのデパートの大食堂で目にすることはなかった。「そんな奴はファミレスになんか来るな!」と自分はオーダーの後にせわしくキーボードを叩いてコラムを書いている。

(秀)


第144話 〜1999/11/15〜

■お手軽の可能性

 人の心の中を数値化することがもし可能ならば、是非それについて研究してみたい。私達の生活は随分快適で便利な形へ進化して来た。しかも最近は「軽薄短小」であることが便利さの1つの尺度として機能し、重宝がられている。しかし、この手軽さが善悪の境までも狂わせている。ネット型犯罪やテレクラによる出会いからの先、など。借金もお手軽なら破産もお手軽。そして価値観や恋愛の感覚にも影響を与えている。

 ロンブーのテレビ番組を見ていると最近の若い男女は随分簡単に付き合ったり、関係を持ったりするもんだなと思わざるをえない。その動機がお手軽だから、その状態を止めることもこれまたお手軽なものなのだろう。「今は付き合っている人がいないから、とりあえず付き合っておく」ってな感じが伝わって来る。さて、これを数値化してみよう。「告白して来た相手は好みのレベルからすると60点であるが、特に今付き合っている人も好きな人もいないので付き合うことにしよう」。60点というのはあくまでも仮定でしかないが、もしそうだとすると、それ以上の異性が現れる可能性は非常に高く、実際にそうなった途端に二人の関係は終焉するか、並列で進行するかの道を辿るのである。もちろん、最初は60点であっても後にポイントが増して行くことはあるだろう。しかし、ひょっとしたら50点を切っている状態でスタートしたんじゃないかというケースをテレビで目の当たりにすることがある。

 しかし、逆にポイントが高すぎるのも問題である。それは単なる思い過ごしでしかない。自分の人生を振り返ってみて60点の人に100点の相手など、そうそう現れるものでない。その人のものさしが狂っているわけで、そんな人にはきっと120点という人がいつか現れることだろう。そもそも採点がお手軽だっただけのことである。「モーニング娘。」言うところの「恋はインフレーション」ってなわけやね。

(秀)


第145話 〜1999/11/16〜

■テレビが変わる

 テレビにおける近々のビッグイベントと言えば、デジタル放送への移行を挙げることができる。しかしそれはテレビの使い方が変わるか、という観点で見ればそれ程影響を及ぼすものではない。ところが、それ以上に使い方を大きく変えるような機能がこれから先、テレビに付加されるような気がして来た。最近、パソコン雑誌、特にインターネット系の雑誌で「(インターネット)常時接続」の話題を取り上げ、特集を組んだりというケースがある。NTTが地域限定というものの、家庭をターゲットにした常時接続サービスを開始する。しばらくすれば競合も参加し、壮絶な価格競争が展開されることだろう。

 「パソコンが家庭に入って行く過程で、その大部分はテレビに統合されて行く」というのが私の考えである。かつて「インターネットテレビ」というものが発売されたが、大方の予想通り売れなかった。9600bpsのモデムで電話代を掛けてまで見たいコンテンツがなかったせいだと思う。さて、そこで常時接続の話に戻るが、テレビがインターネット端末となり、常時接続で何ができるかを考えてみることにしよう。まず第一段階は常時接続のメール端末。家族それぞれが、メールをコミュニケーションのツールとして使いだすだろう。第二段階でインタラクティブな番組コンテンツの登場。番組と同時進行で関連Webが表示されたり、電話を掛けずに通販ができるようになるだろう。そして、第三段階はオンデマンドによるコンテンツの受信と言ったところだろうか?。

 第一段階をもっと詳しく検討してみよう。テレビを見ていたら、ピコピコとランプが点灯し、メールの到着を知らせてくれる、ってな具合だ。家族の手前、やばいメールが届いては気まずい人もいるかもしれない。使う側としては「キーボードが苦手な人も音声認識が進んで入力もかなり便利になるだろう」という意見を聞いた。確かに技術は進んで、認識もスムーズに行くだろう。けど、そんな人はメールなんか使わずに、電話で済ませてしまうと思う。電話の方が「あたたかい」ということをよく聞くが、後に残る「文字」の良さもあるんだ、送る側にも受け取る側にも。1対多とのコミュニケーションとなると、電話には限界がある。この辺の意識がどう作用するかで、技術の進歩や市場に大きな影響を与えるのは確かである。そのときまで、「秀コラム」は続くだろうか?。

(秀)


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