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今年もまた、年末ジャンボ宝くじの季節がやって来た。ジャンボ宝くじのようなメジャーな宝くじが発売される度に「もう、買った?」と私に尋ねてくる人がいる。5年ほど前のことが原因で、どうやら誤解されているらしい。その出来事とは、「DAISUKI」でやっている、ジャンボ宝くじのまとめ買いを職場でやって、その発起人と幹事になったことを指している。一口3,000円で出資金を募り、当選金額を頭割りするというものである。集まるのは50口ぐらいで、それを番組同様分担して買いに行き、年末ジャンボであれば、年明けの仕事初めの日の就業後にみんなが集まって会社の会議室で照合会を催すのである。最初は緊張感があるものの、500枚の照合の間そのテンションを維持していることは困難で、帰省の際、田舎で買って来た日本酒などが振る舞われ始めると会場の雰囲気も次第に変わっていく。
末等の300円は別として、3,000円でも当たれば本来はうれしいものだろうが、買った枚数が半端ではないため、その3,000円は一口当たりわずか60円の配当で、結局、払戻金は一口当たり300円+αにしかならない。テーブルに並んだつまみ代を払えば、おしまいとなる(赤字だったかもしれない)。しかし、みんなで金を出し合った連帯感や照合会の姿を借りた飲み会の雰囲気がみんな好きらしく、懲りずに「次は1億5,000万円(当時)だ」と気勢を挙げての解散となる。結局このまとめ買いは2回行い、人事異動で私がその組織から外れたことで終わってしまった。
正直なところ、私は宝くじには何の思い入れもない。楽しいイベントのツールとして使用したに過ぎない。確かに、3億円は欲しいが宝くじを買うようなことはしていない。確かに当たればでかいが、競馬などに比べて、当てることに対する主体性がないし、当選金の配当率も良くない。買い続ければ、買い続けるほど一発逆転でもしない限り、自動的に負けが込んでいくシステムなのである。「あそこの売り場は良く当たる」と言って、長い行列を作っている売り場があるが、それはそれに見合った本数が売れているだけのことで、単なる確率の話を運や縁起に結び付けているのはいかがなものだろうか?。当選発表までのドキドキ感を楽しむ程度にとどめておくぐらいが良いかもしれない。強欲な我が父親は毎年買っているようだが、「その分、俺に投資しろ!」と言ってやった。
(秀)
TOKIOはジャニーズ事務所一の働き者に違いない。テレビのレギュラーの数からそう思った。しかも実際にロケを伴うようなものばかりである。ただ、メンバー全員が揃ったロケというのはごく稀である。長瀬や松岡はドラマの関係でレギュラー番組でのロケの出番は少ないような気がする。その分、城島リーダーの活躍が目立つ。人々を和ませる、彼のキャラクターにはなかなか好感が持てる。
「ザ!鉄腕!DASH!!」」はロケとスタジオで二重に大変だろう。しかもスタジオは全員集合だし、ロケ地も日本全国から海外までと広範囲である。野球シーズンは放送回数が約半分になるからまだしも、オフシーズンは他の仕事も抱えながら毎週の放送は相当大変なことだろう。最近はちょっと企画もこじんまりとしているような気もするが我慢しよう。
もう1つメジャーな番組は「ガチンコ」である。ただ、真剣勝負を意味するタイトルに反してヤラセのように思えるところがしばしば現れる。先日もこんなのがあった。そのコーナーは「ガチンコ探偵社」というもので、視聴者からのリクエストに応えて人探しをするものである。19歳の娘が家出をしたので探して欲しいと父親が出ていた。家出の理由は一重まぶたを美容整形で二重にしたいという娘とそれを許さない父親との確執で、1週間程前に娘が家を飛び出したのであった。
父親は50歳ぐらいの普通のオヤジであるが、頭髪がちょっと変。不自然な浮いた感じがある。あの頭髪はどうもガチンコではないような気がして仕様がなかった。ロケの方は友達の家に転がり込んでいた娘を探し出して、父娘が話し合い、最終的には父親が承諾し、手術もうまくいってハッピーエンドとなったが、個人的には別の展開を期待していた。娘にはちょっとキレて欲しかった。そして、この一言を期待していた。「整形ダメッて言うけど、お父さんだって、ヅラじゃないの!」。そこまでやってこそガチンコ。
(秀)
※今回のお父さんの頭髪に関する記述は私の思い込みと期待によるもので、真意のほどは分からない。
私が卒業した高校の校歌は学校名が微塵も出て来ない、それはそれは校歌とは思えないような校歌であった。そんなことはみなさんに全く関係のない話であるが、ストーリー展開上、書き出しとしては大変重要な話である。
スピッツの新しいCDが発売された。「RECYCLE」というタイトルで、オリジナルではなくベスト盤であるが、そのままシングルヒストリーと言える、全13曲入りの、これは必聴ものである。うっかり発売日(12/15)を忘れていたが、近所のセブン(若い人は「セブンイレブン」をこう呼ぶらしい)に出かけて買い求めた。スピッツの曲は詩が好きである。クレジットを見ると、ボーカルの草野正宗(歌手のときは「マサムネ」)の作詞作曲になっている。独特のあの詩の世界を「草野ワールド」と呼ぶ。
スピッツは「ロビンソン」でブレイクした。'95年春のことである。この曲はカラオケでもよく耳にしたりするが、イントロのあのギターのフレーズが何回繰り返されるのか分からず、待ちきれずに歌い出しを外してしまいそうな曲である(正しくは4回聞いて、歌い出し)。ところで、この曲の中にロビンソンという歌詞は一切出てこない。かつて、この理由をラジオで彼らが話していた。そもそもロビンソンというのはモスクワにあるデパートの名前ということだった。曲ができるととりあえず、コードネームの如く仮タイトルを決めることにしていて、その仮タイトルがロビンソンだったというわけだ。実際にモスクワに出かけたらしいが、そのときの印象が余程深かったのだろう。そして、結局正式タイトルを決めることなく、ロビンソンのままリリースされたわけだ。
試しにこの曲に名前をつけてやろう(この部分が「名前をつけてやる」という彼らのアルバムタイトルとの洒落であることに気付いた人は相当なスピッツフリークと言える)と歌詞を眺めてみた。サビの最後に出て来る「宇宙の風」というのはきっと候補に挙がったことだろう。けど、ちょっと違う。例え、ロビンソンでなくてもこの曲は仮タイトルのままでリリースされたような気がする。ほーら、校歌の振りが重要だったろう。
(秀)
ところでみなさん、ウイルス対策は万全だろうか?風邪の心配ではない。もちろんコンピュータウイルスの話である。コンピュータウイルスと言ってもあまり私たちは驚かなくなってきたようだが、その危機が私たちの周りから消えてしまったわけではなく、ウイルスの数は日に日に増大している。折しも、新種の強力なウイルスが見つかったり、2000年の1月1日に発病するウイルスが出るだろうと戦戦恐恐。2000年問題の修正プログラムと偽って出回るものがありそうだとの噂もある。コンピュータウイルスはお互いが被害者と加害者になる可能性を持っている。人に感染させておいて何だが、その人は「自分も被害者だ」と言い張って、その罪のなすりあいを将棋倒しで遡って行くしかない。
その一方で、2000年へのカウントダウンを前にして、またもやウイルス関連のデマメールが出回っているらしい。時期が時期なだけに便乗犯であるとすれば悪質である。「このようなメッセージのメールが来たら開封せずに直ちに捨てて下さい」といった書き出しで始まり、具体的なメッセージの特徴を記したメールである。IBMの技術者やAOLの技術者が発見者などとして登場し、それらしく装っている。ただこのメールに記されているウイルスメールを見た人はまずいない。なぜならこの騒ぎはデマだからだ。このチェーンメールの唯一の真実は「このウイルスに対するワクチンはまだありません」という部分のみ。なぜならウイルスそのものが存在しないのでワクチンも存在しないのである。
ただ、最新のウイルス関連の情報は各自で確認し、自衛を行うに越したことはない。デマメールの間隙を突いて、本物のウイルスがばらまかれる可能性は誰にも否定できないからである。さて、時は元禄15年。日比谷桜田の上杉家上屋敷の門を叩く町人らしき人物あり。「上杉様、上杉様。大変でございます。吉良様のお屋敷に赤穂浪士が討ち入りました」上杉家の当主とは、吉良上野介の長男で、上杉家の養子となった上杉綱憲である。実父の一大事と慌てて家臣を引き連れ、本所の吉良邸に出向くも、あたりは全くの平穏。どうやら赤穂浪士の作戦の様だ。こんな騒ぎが何度となく繰り返され、ついに12月14日を迎えた。当日(正しくは15日)、討ち入りの第一報は本所の豆腐屋が上杉家上屋敷に討ち入りの旨を伝えに来たが、以前の騒ぎもあり、取り合って貰えない。つづいて、吉良家門番の丸山清右衛門がたどり着き、上杉家は騒然となった。しかし、時既に遅く、綱憲は為す術はない(綱憲が駆けつけなかった別の理由もあるが)。
「ウイルスでございます。ウイルスでございます」。デマの間は良いが、忠臣蔵の時期となるごとに、こんなエピソードを思い出したりする。お気を付けあれ。
(秀)
私が通った中学校は「城東中」という名前であったが、「ジョウトウ」とは名ばかりで、市内でも1、2を争うおんぼろ校舎の学校で、名前とあいまって他の学校の生徒からも笑いのネタにされていた。当時は全てが木造2階建ての、まさに「学校の怪談」に出てきそうなところで、体育館は底が抜ける度に部分的な補修をしてまだら模様になっていた。ついでを言うと土地が低いのと水捌けの悪さから、運動場はその季節になると年中行事のように冠水していた。オマケに高校に入って他校から来た友達から話を聞くと、びん牛乳であったのは僕等の学校だけで、「それ(パック牛乳)ならミルメークはどうやって入れるんだよ(オリジナルは方言)」という問いに、「チューブ」と答えられ、それなりにショックを受けた。おんぼろ校舎にびん牛乳+粉末ミルメーク、とどめは坊主頭というハンディキャップを同じ市立中学という条件にもかかわらず、僕等は背負わされていたわけだ。
そんな校舎も私達の卒業から約5年後に改築され、今はそれなりの鉄筋作りである。オマケに今では坊主頭も廃止されている。きっと、パック牛乳にチューブのミルメークにもなったことだろう。「中学校が改築されるらしい」という話が友人から伝わって来たが、私には特に何の感情も起きなかった。中には「寂しくなる」とか「残念だ」というありがちなことを言う者もいたが、在校生には迷惑な話である。自分達が中学生だった頃を思い出してみればいい。誰もがこんなおんぼろ校舎は嫌で、一刻も早く改築して欲しいと願ったはずである。それを卒業した途端に「思い出を壊さないでくれ」と言うのは何とも身勝手な話だ。極端な話、別れた彼女がきれいになるのをひがんでいるようなもんだと思う。
(秀)
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