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第1726話 〜2009/11/24〜

■事業仕分け

 国の予算の無駄を削る、行政刷新会議の「事業仕分け」。これを評価する国民が多く、ひいてはこれが内閣支持率にもつながっているようだ。もちろん、私もこの事業仕分けについては支持している。国会会期中でありながら、国会よりも事業仕分けの方がニュースの中心になっていたりする。

 既得権と言うべきか、「これまでこうだったから」という理由で予算編成がこれまで行われてきたのが良く分かった。予算は使い切らないと次年度の予算がもらえないからと言って、本当かどうか分からないが、年度末になるとあちこちで道路を掘り返していたことが如何に馬鹿馬鹿しいことか、改めて腹が立つ。

 一方、何よりも今回気持ち良かったのが、官僚たちの天下り先となっている公益法人へのメスである。ここの人件費が尋常ではなく、しかも嘱託という隠れ蓑を使って人数を誤魔化していたいたことが明らかになり、このポストの廃止が厚生労働大臣の一言で決定した。基金の国庫への返納も、無駄遣いに歯止めが掛かって良かった。

 中には行き過ぎて、本来必要な予算まで削ってしまうかもしれない。しかし、今は世論も味方しているので徹底的にやった方が良い。予算が付かないことで仕事がない公務員がいるとしたならば、公務員の数も見直しをした方が良い。そして仕上げは国会議員の定数削減と歳費削減。そこまでできたら民主党も大したものとして、長期政権が望めそうなのだが。

(秀)


第1727話 〜2009/11/26〜

■中華DEコント

 会社の近くにある中華屋があって、高価な割にはいつも女性が行列を作っている店だったが、ある日突然、閉店してしまった。あれだけの行列を毎日作りながらも閉店してしまったことは私には謎だったが、ランチタイムでさえ千円以下で食べられない店とあって、個人的にはその店が閉店しようと何の影響もなかった。。

 そして、しばらくそのスペースは閉店したままだったが、先日そこに別の中華屋がオープンした。その中華屋はこれまた会社から歩いて行ける距離にある中華屋の支店で、大して美味くはないのだが、まあ、連れとの付き合いで店に入っていった。どうやら居ぬきで内装は元の中華屋のまま、テーブルや椅子も前の店のものをそのまま使っているらしい。客の収容人数は百人くらいで、新規オープンということか、結構混んでいた。

 店員が注文を取りに来るが、中華屋らしくか中国人ばかりである。注文用の携帯端末を手に持っているが、操作がスムーズにいかない。私は五目焼きそばセットを注文し、連れの二人は回鍋肉セットを注文した。私の注文は2分程度ですぐに出てきた。けど温かくない。早速食べ始めたが、連れの料理がなかなか来ない。それどころか、周りを見渡すと、私たちよりも先に店に来ていた人たちの所にもまだ料理が出ていない。

 「もうだいぶ待ってるけど、まだ料理が来ないんだけど」。「料理は何ですか?」。「鶏肉とカシューナッツの炒め」。「こっちは青椒肉絲(チンジャオロース)」。「エビチリ」。「はい、少々お待ちください」と言って、店員は厨房へと向かう。別の店員を捉まえて、「回鍋肉まだ?」と連れも問い合わせる。何度か店員が料理を運んできたが、注文したものとは別のものばかりを運んでくる。

 しばらくして、鶏肉とカシューナッツの炒めが届いた。するとその直後に別の店員が鶏肉とカシューナッツの炒めをもう1つ持って現れる。「もう来てるよ」と言うと、店員はそれを持ち帰る。青椒肉絲が届くと、同じようにまた別の店員が同じものを持ってやって来る。ようやく回鍋肉も届いたが、注文してから30分以上が経過していた。運ばれてきた回鍋肉は温かくなかった。すると案の定、また別の店員が「回鍋肉です」と言ってやってきた。これはまるでコントだ。

 持ち帰った料理はしばらく放置され、注文があった際に別のテーブルに運ばれていくのだろう。だから私の五目焼きそばはタイミング良くと言うか、注文からすぐに出てきたのだろう。連れの回鍋肉はいくつかの客の目前まで行っては戻され、冷めた状態で出てきたのだろう。これではいったい何のための携帯端末なのか、意味が分からない。面白かったけど、もう二度と行かない。

(秀)


第1728話 〜2009/12/1〜

■骨折妻

 妻が足を骨折してしまった。左足の甲の小指の根元付近。全治3週間。当日は捻挫だと思っていたが、翌日にあまりにも痛いままなので病院に連れて行ったら、見事に折れていた。

 家事がいろいろと大変である。私はその日の晩にスーパーに買い出しに出かけた。当座の食料品などを買い込む。冷凍食品やレトルト食品、インスタント食品などを集中的に買い漁った。しばらくは妻が外出しなくても、食事には問題のない環境をまずは整備した。

 翌日、会社から私が家に戻ると、「お帰りなさい」という声とともに妻が玄関先まで現れた。椅子に座っている。子供の学習机用のキャスター付の椅子に座ったまま、右足で床を蹴りながら、颯爽と現れた。ニヤニヤと笑っている。自分で考えたアイデアが余程気に入っているらしい。まるで歩行器に乗った赤ん坊のようだ。

 ギプスが取れるまで、あと10日あまり。

(秀)


第1729話 〜2009/12/8〜

■つぶやき

 年に2、3度開催している、高校のときの同級生による同窓飲み会の席で、参加者の一人から「ツィッター(Twitter)やってる?」という話題が投げかけられた。彼は手にiPhoneを握り締めている。「ブログとかやっているのなら、やった方が良いよ」という話から「やらない手はないと思う」というところまで彼の説得は強調され、ならばということで、昨日私はTwitterの書籍を一冊買った。

 Twitterの存在自体は以前からも知っていたが、今イチ掴みどころのない媒体というイメージしかなかった。「つぶやき」と訳される言葉にも、「そんなつぶやきにどれほどの価値があるのか?」というくらいの反応しかこれまで示していなかった。

 まあそれでもインターネット環境に俗されている私には、新たな媒体としてそれほど話題になっているのなら、試してみても良いだろうと、早速アカウントの登録を行った。最初は一人ぼっちであるため、登録システムに勧められるままに、推奨者20名を「フォローする」ことにした。この「フォローする」とは、相手のつぶやきの読者になる、ということを表現した用語だ。

 その後、冒頭の友達を検索で探し出し、彼もフォローした。タイムラインと呼ばれるメッセージが表示される欄に、いくつかのメッセージが次々と表示されていく。リアルタイム性を考えれば、チャットに似ていると思った。ただ、一部両者間での受け応えになっているものもあるが、ほとんどの発言は全く関係なく、バラバラのことをそれぞれが発言している。

 正直なところ、まだ何が面白いのか私には分からない。他人のどうでも良い発言を読んで面白がる感覚が分からない。これが全くの他人ではなく、身近な人々でフォローしたり、フォローされたりの関係ができてくると面白味が増すのかもしれないが。

 Twitterの面白みはリアルタイム性にあるらしい。だったら、と思って、今度私は寄席の会場でリアルタイムにその様子をつぶやいてみようかと思っている。ただ、誰も見てくれなくて捨て去られるのはちょっと寂しい。私の画面からはフォローしている人々のつぶやきを見ることができるが、相手側が私をフォローしていなければ、私のつぶやきを相手が見ることはできない。

 私がコラムなどの原稿を書く場合は、頭の中で文章を展開して、構成がある程度まとまった段階で実際にキーボードを叩き始める。だからそれまでの過程では頭の中で言葉を探しながら、つぶやいているのだ。それに比べたら画面に次々に表示されるつぶやきの何と意味のないことか。けど、このゆるーい感覚がTwitterには大切なのだろう。

 現時点では支持でも不支持でもなく、模様眺めの状態。周りに仲間が増えれば、評価も変わってくることだろう。「雑文亭秀之輔」。これがTwitterでの私の名前だ。気が向いたら、フォローしていただきたい。

(秀)


第1730話 〜2009/12/22〜

■富久

 気が付けば年末である。毎年加速度を付けながら時間が過ぎている。歳の瀬の落語となると「芝浜」だろうが、私はここのところ、「富久」という噺に凝っている。今の金原亭馬生師匠のそれを寄席で聞いてからというもの、先代馬生師匠、志ん生師匠、志ん朝師匠とCDで聞き比べている。

 「富久」とは富くじと久蔵という人の名からできている。落語で富くじを扱ったものはこの他にも「宿屋の富」や「水屋の富」というのがある。いずれも主人公が富くじに当選する噺だが、それぞれ違いがあってなかなか面白い。

 富くじは今で言えば宝くじである。一等の賞金が千両だったということなので、今の金額に直すと約1億円となる。感覚は今の宝くじに近い。しかし、ジャンボ宝くじのように一等が何本もあったりはせず、一番くじは一本しかない。もっと驚くことは富くじの金額である。その額、一分(いちぶ)。1両の四分の一だから、約2万5千円となる。江戸の庶民はこれほどの高額をはたいて、千両を夢見ていたのである。

 富久の久蔵とは幇間、太鼓もちである。酒癖が悪くそれである旦那をしくじってしまい、仕事もなく借金まみれの状態。そんな中、なけなしの一分で売れ残りの富くじを買う。大事にそれを大神宮様の神棚に上げて、お神酒を寝酒に寝入ってしまうと遠くの方で火事発生。あの旦那の家の近くではないかと、旦那の所まで手伝いに行ったは良いが、その間に今度は自分の家が燃えてしまった。その後にあの富くじが一番くじに当選するが、火事で富くじの札が燃えてしまっている...。けど、大神宮様のご加護か、ハッピーエンドになる。

 さて、ジャンボ宝くじ販売最終日の今日、わずかばかりであるが私も宝くじを買った。あいにく我が家には神棚はない。当たったときのことを考えるだけでも楽しい。うまく高額当選できたら、「大神宮様のおかげで、方々にお払い(祓い)ができます」となる。

(秀)


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