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第1781話 〜2010/9/22〜

■俺はまだ本気出してないだけ

 漫画のタイトルである。このタイトルが話題になったのは不定期で開催している、同じ高校の4人が集まって飲む、同窓飲み会の席だったはず。かれこれ、3年ほど前のことだと思う。ただその時は「そんな漫画があるんだ」、程度しか反応せず、それ以上気にすることはなかった。それが最近聞いた春風亭百栄師匠の落語CDのマクラで、この漫画のことを取り上げていて、急に読みたくなり、早速その第1巻を手にした。百栄師匠はこの漫画の主人公をある意味、ヒーローだと言っている。

 主人公の大黒シゲオは40歳を過ぎ、これまでの会社勤めに疑問を感じて会社を辞め、自分探しをしている。15年勤めての係長の座も捨て、フリーターとなった。そして彼が見つけ出したやりたいことは、漫画家になることだった。別にその素養があった訳ではなく、今の自分の生き様を描いて、その立場に共感してくれる読者に向けて漫画を描くことにした。しかし描き上げた作品はいずれもボツ。まあ、それが現実というものだろう。

 シゲオは生活のためにファーストフード店で働いている。「店長」と呼ばれているが、それはあだ名であって、実際は店長の2ランク下のサブリーダーでしかない。同じように、近所の子供達の野球チームでは「監督」というあだ名で呼ばれている。父親と高校生の娘との3人暮らし。体型は中年太りで、無精髭。坊主頭にメガネを掛けている。「こいつ、いつになったら本気だすんだよ!」、と思いながら読んでみるが、所詮その本気も大したものではなさそうな気がしてならない。

 人生、どんな状態が幸せかは人それぞれである。一般的に見れば、悲哀に満ちたシゲオの生活ぶりだが、本人はそれを不幸とは感じてはいないようだ。価値観の違いでしかない。ただ、日々自分のあるべき姿と現実との間の中で悩んでいる。不惑と言われる40歳を過ぎてからも、迷わなくなることなどなく、日々迷ってばかりの連続だ。むしろ普通なら後戻りできない立場になってしまっていて、大胆な対応も取れない。表に出すか出さぬか、その程度の差こそあれ、中年は誰もが同じように感じているのではなかろうか。

 若い人が見れば、ダメなおっさんの漫画でしかなくても、同年代としてはそれだけで笑い飛ばせる内容でもない。芝居や小説、お笑いなどでの成功を夢見て日々もがいている人は多いだろうし、その一方で、夢を追い駆けることすら出来なくなった、さらに多くの人々が存在することも事実だ。

 ニートやフリーターの問題は何も若者だけの問題ではない。たまたま定職を持って働いているが、誰もが日々少なからずの不満を持って生きている。この漫画のタイトルや主人公の生き方を鼻で笑うのは容易いが、そのどちらの立場が幸せであるかの正解はない。彼を笑う前に、「自分は本気出しているか?」を自問して生きていることが重要であると思い知らされた。続きが読みたい。

(秀)


第1782話 〜2010/9/29〜

■ガラパゴス

 iPadの日本上陸の前後だったと思うが、シャープとソニーが年内に国内での電子書籍端末を発売する旨発表していて、そのシャープの端末の概要が先日公開された。既に試作機も出来てのお披露目であった。見るからにiPadそっくりのタブレット型の端末である。それはある種、予想どおりのことであったが、それは改めてiPadの優位性を感じされるものでもあった。

 端末は2種類あって、一方はiPadよりもやや画面が大きく、もう一方は新書の本の大きさくらいではないかと、写真では読み取れる。その端末の名は「ガラパゴス(GALAPAGOS)」。世界標準に対して、孤立の代名詞として使用されるガラパゴスである。何とも自虐的で縁起の悪いネーミングに思える。戦う前から、負けた時の言い訳というか、笑いぐさになることを予期しているかのようだ。

 日本語の電子書籍の標準フォーマット規格がまだ定まっていないために、これまでシャープが手がけてきた「XMDF」という規格を中心に据えている。これなら日本語の縦書き表示などにも対応している。しかし、普及状況が芳しくない。リーダー(専用端末あるいはパソコン用のリーダーソフト)とコンテンツは、言わば、卵と鶏の関係だが、XMDFが日本語コンテンツの標準フォーマットになることはまずありえない。世界標準と言われる、ePub形式に対して、やはりガラパゴスなのである。

 OSはAndroidで、大きい方の端末の予想販売価格が5万円と発表されている。ほぼiPadと同じ価格である。これが1万円程度の衝撃的な価格ならまだしも、同じ金額ならわざわざガラパゴスを買おうというのは、相当奇特な人だ。そしてこれがコンテンツの拡充にも大きく影響することだろう。端末売れない→コンテンツ揃わない→ますます端末売れない→ますますコンテンツ揃わない、悪循環が続くばかり。

 この勝負、全てはタイミングである。iBooksやAmazonの電子書籍が日本に本格参入してくる前に、国内での市場を作れるかに掛かっている。けどそれはおそらく無理だろう。ガラパゴスとして、周りからずっと孤立したままで居続けられるのなら良いが、そういうことはあり得ない。

 私はAmazonの電子書籍コンテンツが日本でも相当のシェアを持つではないかと予想している。Amazonはコンテンツさえ売れれば、Kindleの専用端末が売れる必要はない。むしろ、端末では利益がなく、コンテンツで儲ける形のビジネスモデルだ。AmazonはパソコンなどにKindleのリーダーソフトを用意していれば良い。そしてAndroid用のソフトは既にある。結局、ガラパゴスはパソコンとして孤立から脱してようやく普通の電子書籍端末となる、皮肉を背負っている気がする。

(秀)


第1783話 〜2010/10/4〜

■よさこい踊り

 そもそも祭りとか縁日というのは、神社や仏閣の行事を軸にしているのだろうが、最近はそれとは別に地域起こしのイベントとしての祭りも相当増えた。私が住む松戸市もこの週末に、そんな地域起こしの祭りが行われた。いわゆる、テキ屋の店は出ておらず、その代わりに地元の団体や駅前の店などが、食べ物を中心にいろいろと露天の店を出している。

 ここ数年のこの祭りのメインイベントは「よさこい踊り」である。オリジナリティや地元色のない、借り物のイベントをメインに据えることに、私自身はこれまで否定的な考えであった。参加者のほとんどが近県などからやって来ていて、地元の住民が中心というものではない。別に松戸でやる意味がなく、柏でも船橋でも、そのまま同じものができる内容に価値を見出すことができなかった。

 けど今回じっくりこのイベントを多くの見物人の中から見てみたら、多少否定的な考えが変わってきた。参加団体は各50人くらいで、それぞれが揃いの衣装に身を包み、日頃の練習の成果を披露する。子供も含まれている場合もあり、老若男女の、そんな団体が三十数チーム出てきて、順に踊り、優劣の順位を決めようというものだ。もちろん、上位入賞を狙う団体もあるだろうし、中には日頃の練習の成果を多くの人々に見てもらうだけで満足という団体もあるかもしれない。

 この日のためというわけでなく、それぞれの団体がいろいろな同様の祭りに参加して、発表を繰り返していることだろう。いったい、どれほどの練習を積んでいるのか分からないが、これだけのメンバーが集まって定期的に練習を行うことを考えれば、どこかの体育館でも借りる規模ではなかろうか。それに本番のために衣装を揃えるとなると、これまた金が掛かる。いったいいくらくらい金が掛かるのだろうか?。もはや金のことなど気にしては楽しむことのできない趣味と言える。

 踊っている人々の顔がどれも晴れやかなのである。見ている方も実に気持ち良く、清々しい気分のなれる。けど、見ている人より、踊っている本人たちが数倍楽しんでいるはず。アドレナリン出っ放しなのだろう、きっと。こんなときにこそ、それぞれの個人の本質が出てくる。モチベーションが金銭に絡まず、やりたいことを同じ考えの仲間たちと出来るということは実に素晴らしいことだ。

(秀)


第1784話 〜2010/10/5〜

■Kindle端末再評価

 iPadには概ね満足しているが、私が感じているいくつかの不満点の中で最も大きなものは、それがやや重いことである。家の中で使用する分には何ら問題ないが、日々持ち歩くとなると、ケースに入れていることもあって、荷物が約1キロ増える。電車の中で座席に座れれば良いが、立ったままでiPadを操作するのは長時間になるとややしんどい。落とすと大変なので、長いストラップ付きのケースに入れ、首から下げている。

 蔵書をスキャナーで読み込んでPDFファイル化し、それを通勤途中などにiPadで読もうと作業をしてみたが、実際にiPadを取り出して、という動作が、その大きさから紙の本のそれに比べるとどうしても面倒になってしまう。その上、紙の本1冊を手に持っているのに比べると重い。

 一般的に、いわゆる「自炊」を行う動機は、日本語の読みたいコンテンツがないから。蔵書の保管スペースを削減したい。多くの書籍コンテンツを持ち出したい。それに、読んでいない蔵書を電子化することで、読む機会を増やす、といったところか。中にはiPadを防水ケースに入れて、入浴中でも読みたい、といった強者もいることだろう。ただ、実際のところ、読んでいない蔵書は電子ファイル化しても、ほとんど手を付けるものではなかった。また、新たに買った本の方を先に読みたいし、それは電子ファイル化する前に読み終わってしまう感じだ。確かに、蔵書の保管スペースを削減する効果はあるが。

 そこで、もっと軽快にPDFファイル化した蔵書を読みたいと、Kindle端末を購入した。この8月に発売された最新機種は日本語フォントを持っていて、いずれ日本語コンテンツをそのまま読めるのはさておき、格納したPDFファイルのファイル名が日本語で表示されるようになったのはありがたい。しかし、iPadに比べると画面が小さく、目にやさしい電子ペーパーと呼ばれる画面は表現階調が少ないため、自炊したファイルをそのまま表示させたのでは、文字サイズが6ポイントよりも小さい感じで、ほとんど読めるものでなかった。早速の期待外れであった。

 そこでこの問題を打開するための解決策を調べたところ、各ページの周囲の余白部分をカットせよ、という回答にたどり着いた。PDFファイルをAcrobatの「トリミング」という機能で編集する。スキャナーで読み込む前の段階で、本自体の余白部分をあらかじめカットしておくやり方もあるが、印刷のずれや断裁機の精度からいって、ギリギリのカットは難しいし、失敗すると取り返しがきかないので、前述のトリミングの方法が理想だ。トリミングでは実際のデータを削除するわけではないので、元の状態に戻すことも、やり直しもできる。

 ページ余白をトリミングしたPDFファイルをKindle端末に転送して確認したところ、表示される文字の大きさは8ポイント弱くらいまで改善され、老眼の人には厳しいかもしれないが、そうでなければ、読む分には差支えない程度になった。Kindle端末は200グラムちょっと軽く、上着のポケットにも収まり、快適な自炊書籍ビューワーに変身した。本なら片手で持って、もう片方の手で吊り皮を持っていたとして、ページをめくるたびに吊り皮から手を離さないといけないが、Kindle端末の場合はそのまま片手で持って、その手でページめくりの操作ができる。実に快適だ。ページめくりのボタンは本体の左右に同じものが配置されていて、左利きの人にも同じ操作感というところも細かい。

 今のところ、自分の読書目的に最適な電子書籍端末は新Kindleである。価格も約1万5千円と、これまた良い感じだ。今のところはこれが私の移動中の読書には最適なアイテムだ。

(秀)


第1785話 〜2010/10/6〜

■理想の電子書籍端末?

 前話のコラムで、自分の使用環境に最も適している電子書籍端末は新Kindleである旨書いたが、何もiPadを否定しているわけではない。正直、現時点での電子書籍端末は日本語コンテンツの不備から、自炊したPDFファイルを閲覧する端末としての性質が非常に強い。iPadはそれ以外にパソコンとしての使い道があるので、まだ救われている。持ち歩くことを想定せず、家の中で使う限りは画面も大きく、バックライトもあって、読みやすさの点ではiPadがやはり優れている。ただ、日常的に電子書籍端末として持ち歩くには、やはり重いのだ。

 噂話では既にiPadの次機種の情報が漏れ伝わってきている。どうやら、薄く軽くなるようだ。大きさ自体はほぼ変わらないようだ。ただ、軽くなるとしても数十グラムの規模ではなかろうか?。それ以外にも、カメラが付くとか、USBやSDカードのインターフェースを持つなんて話も伝わってきているが、信憑性は分からない。多少の希望的観測も入っているやもしれない。その一方で、小型化したiPadのリリースについては、「決まっていない」というアップル社幹部のコメントを扱った情報も出ていた。

 この小型化したiPadこそが、希望的観測から派生したものかもしれない。かく言う私も今のサイズのiPadも良いけど、日常的に持ち歩くには、もっと小さくても良いから、軽いものが欲しいと思っている。具体的には、7インチぐらいの画面サイズで、重さは今のiPadの半分ぐらい、できれば300グラム以下が理想だ。画面サイズが小さくなれば、多少価格も下がるかな、と勝手に想像したりする。

 Kindleももうちょっと、画面サイズが大きいとうれしいのだが。せめてあと1インチ。画面サイズの大きい、Kindle DXというのもあり、確かに重さはiPadよりも100グラム以上軽いが、大きさはiPad並みとなり、価格は約3万5千円。ちょっと現実的な選択肢とは言い難い。iPadのように電子書籍端末以外の用途があるならまだしも、電子書籍専用端末としては値段が高すぎる。専用端末として普及するにはやはり2万円を切った価格帯でないとつらいだろう。

 年内に発売が予定されている、ソニーの電子書籍専用端末も試作機が3機種発表され、画面サイズは最も大きいものでも7インチとのこと。ただ値段が電子書籍専用端末としては299ドルというのは高い!。過日の「ガラパゴス」の機械でもそうだが、何でも普及させるには値頃感というのが大事である。中国産あたりの廉価な端末がいろいろと出てくるのではなかろうか?。Kindle端末も生産地は中国。

 今私が話題にしているのは、蔵書をスキャナーで読み込んで、PDFファイルなどの電子ファイル化したコンテンツを対象としている。当座はこんな感じでの利用がメインになると思っている。将来的にPDFファイルではなく、日本語の純粋な電子書籍のコンテンツが揃ってくれば、表示されているフォントのサイズを変更することができるようになって、端末自体は小型化、軽量化に拍車が掛かることだろう。いくらなんでも、iPhoneでは小さすぎる気もするが。

 今年が電子書籍元年であることは間違いないが、ハードもソフトも、コンテンツも、まだまだ混沌としている。いずれ、「寄らば大樹の陰」として、デファクトスタンダードが決まることだろう。その前に、コンテンツのフォーマットの面でも黒船の来襲がありそうだ。しばらくは最適な環境を求めて、私もいろいろな機械を渡り歩くことだろう。

(秀)


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