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PS2と言えば、ちょっと前までは「PostScript Level2」と私の中では決まっていたが、最近はご多分に洩れず、「プレステ2」となっている。そして、発売から一週間経って、ついに我が家にもプレステ2がやって来た。宅配屋さんが押す、インターフォンの音で目が覚めた。届いた荷物は思ったよりも小さく、出て来たPS2も思ったより小さかった(ビデオデッキぐらいの大きさと思っていた)。そもそも、ゲームにあまりはまり込むタイプではないが、せっかくのPS2に対応ソフトはがないのではあまりにも寂しいため、前日の帰りに「決戦」を買っていた。
「決戦」とは、戦国シミュレーションゲームを数多く輩出している、光栄の最新ソフトで、メディアはDVD-ROMとなっている。時代は関ヶ原の合戦前後でプレーヤーは徳川家康となって、石田三成などを相手に合戦を繰り返す。折りしも大河ドラマが「葵 徳川三代」で、今まさに放送されている時代の話である。このため、ゲームに出て来る各武将がドラマの俳優達とダブって見えて来る。総大将家康は津川雅彦、しかしゲームの中の彼はすごく若い。秀忠は西田敏行に比べれば随分スマートであるが、ドラマ同様、ゲームの中でも今一つ働きが芳しくない。この他にも蟹江敬三や山下真司、竜雷太の顔が浮かび、三成を攻める時は江守徹の顔がちらつく。
戦績は五戦全勝。とりあえず、これはこれでいいのだが、一方で、もっと歴史を知っていれば効率良く勝ち進むことが出来るような気がして来た。登場人物のキャラクターや徳川家との関係、忠誠心などのことである。「葵」の1回目に放送された、関ヶ原の合戦シーンをもっとじっくり見ておけば良かった。これは本を買って補うとしよう。それ以上にやり始めたら結構面白く、はまってしまって困っている。土日もだいぶ時間を潰してしまった。子供達は週に2日、それぞれ30分と決められている手前、バツが悪い。しかし、「お父さんだけ、ずるい」と言う子供達には、「悔しかったら、お父さんになってみろ」と応酬している。次はいよいよ大坂夏の陣で真田幸村との戦いが待っている。帰りに本屋に寄って、戦に備えるとしよう。
(秀)
from.美代さん
本棚の整理をしていたら、「天才バカボンの大神秘」という本が出て来た。ちょうど、「磯野家の謎」や「サザエさんの秘密」などの謎本が相次ぎ、その一連のブームの終り頃に出された本である。この本は数ある他の謎本が「○○研究会」などという形で、原作の著作者とは関係なく、しかも承諾もなく発行しているのとは一線を画していた。フジオプロ承諾の下、表紙にバカボンパパの絵があるし、中にも2ページに1点の割合で、原作のコマ(絵のこと)が使用されている。他の謎本は原作と見比べないと面白さが十分分からないが、この本はこの1冊でその面白さが納得できる構成となっている。
本のサブタイトルには「バカボンのパパの知能指数は12500なのだ!?」とある。実はパパは天才だったのだ。ハジメちゃんのような天才が生まれる理由はここにあった。昔は、ハジメちゃんのようにパパも天才であったが、子供の頃のある日、くしゃみをした際に頭の中の歯車が外れたためにバカになってしまったらしい。これは原作の漫画での話で、私が記憶しているアニメでは馬に蹴飛ばされて、頭の歯車が外れてしまう内容だった。パパは生後2ヶ月で自動車の修理をしている。この状態を知能年齢20歳として計算すると、知能指数は12500になると本では紹介している。
天才バカボンはこれまでに4回、アニメ化されているが、やはり傑作は初回放送のものであろう。あの歌は今でも歌える。毎週番組最後の次週予告では、「見ないと死刑なのだ」と、今ではきっと許されないであろう大胆なことを言う。植木屋であるが、その前はいろいろと職を転々としたりといった話もあった。歌が得意でのど自慢で優勝して電子レンジをもらったりもした。好きな食べ物はレバニラ炒め。不思議なレレレのおじさん。何発も玉を撃ちまくる、目の繋がったおまわりさん。いつもさんざん騒ぎを起こしておきながら、最後はいつもパパの同じ決め台詞である。「これで、いいのだ」。そう、「これで、いいのだ」。毎日がこんな台詞で終われるのならば、こんな幸せなことはないだろう。
(秀)
参考書籍:「天才バカボンの大神秘」 バカ田大学後援会+フジオ・プロ 著
KKベストセラーズ 1993年刊 本体951円
緑色なのに、黒板だったり、鉛筆やペンを入れているのに筆箱だったり、もちろん、下駄箱に下駄なんか入っていない。しかし、みんな昔は黒だったり、筆を使っていて、下駄を履いていたから、まあこれでも良しとしよう。吊り革も今でこそプラスチックやビニールの様なもので出来ているが、かつては革で出来ていたらしい。「明治村」で走っている路面電車ではそのあたりまで復刻されている。使用しない時は網棚の方に跳ね上がるようになっているのがうれしい。神田にある「交通博物館」にも昔の電車などが部分的にカットされた形で保存されているが、見るものがたくさんあり過ぎて、革製の吊り革の有無まではちょっと記憶にない。今度良く見ておくことにしよう。
さて、皆さん良くご存知のあの吊り革。両手で二個掴んだりはしていないだろうね。ところで吊り革の形には二つのタイプがある。丸と三角(正確には五角であるが)である。ここまでは誰しも気がつくだろうが、その向きについて思い出して欲しい。丸い吊り革は窓と平行の向きで吊り下がっている。一方、三角吊り革は窓と垂直な向きで吊り下がっている。たぶん例外なく、こうなっていると思う。もちろん、三角吊り革の方が、後発である。人間工学的に優れ、疲れにくいとの話を耳にしたが、真偽の程は分からない。だったら、優れているはずの三角型に統一されても良さそうなものだが。三角型が窓と垂直に吊り下がっているのも、人間工学に基づくものか。あなたは右手派、それとも左手派?。もちろん、両手で二個は反則。
(秀)
関連コラム:第212話 「電車の中で思うこと」
私は他の花粉症を自称するような人に比べれば甚だ申し訳ない程度であるが、確かに花粉症である。いつからそうなったのか良く分からない。田舎で暮らしていた頃はこんなことはなかった。しかし、今年は去年なんかに比べると格段に症状が重い。時期によって降って来る花粉が違うらしく、症状が日を追う毎に変化して来ている。最初はくしゃみに始まり、その後はひたすら目がかゆくなり、今は鼻がグスグスの状態である。
目は目頭がかゆい。目がかゆい場合の対策となると目薬の出番であるが、それだけでなく、ちょっと贅沢をして、「アイボン」も買った。それも花粉対策用で、それらしい成分も含まれているものにした。早速の「アイボン」はいつものノーマルタイプよりもちょっと刺激が強いように感じた。それがまた、花粉に打ち勝っている様で心地良い。
くしゃみは緊張していれば何とかセーブ出来そうな気がする。朝の満員電車の中で鼻がむずむずしても何とか抑えることができている。しかし、帰りの電車の中でちょっと本を読めるほどの状態になると緊張が緩むのか、けっこう苦戦する。家にたどり着いて、自分の部屋に入るとリラックスのせいか、くしゃみの連発。家人の陰謀で、留守中に窓を開け放っているのではないかとも思ってみる。そして、何と言っても極めつけは車の運転中のくしゃみである。ほとんどの人はその瞬間目をつぶっているはずだ。この一瞬のブラックアウトが恐い。次の赤信号まで、我慢、我慢。
(秀)
会社の机の引出の中も秘密で溢れている。家には持って帰れないものが日々たまっていく。飲み会のときの写真なんかまさにそうである。かれこれ、24、5才頃からの写真がしまわれている。赤い顔して、マイクを握っているシーンが多い。しかし、最近の写真は少ない。最近はデジカメで撮ることが多くなったからだ。これらは私の机の引出の中ではなく、会社の部のサーバの中にため込まれている。コラムのWebにある「激写王」というコーナーのタイトルはこのサーバのフォルダの名前に由来している。もちろん、そのサーバの管理者は私だ。
こっちはまさに「激写王」の名にふさわしいコンテンツで溢れている。お姉さんのいる店には必ずデジカメを持参する時期があった。以前の「フィルム、大丈夫か?」という確認は「電池、大丈夫か?」という言葉に変わり、いつかはカラオケのリモコンから失敬したこともある。すぐに見られるというデジカメの長所を生かし、お姉さん達ともたくさんの写真を撮った。紙焼きに比べると安いし、バカな姿を写真屋にさらさずにすむのも良い。こんな写真がサーバの「激写王」の中で各イベント毎にフォルダ分けされている。
今のマンションに引っ越して来る前の話。朝出かける時に通りに面したマンションのゴミ捨て場のところに一枚の写真が落ちていた。お姉さんと酔っぱらい中年オヤジのツーショット写真である。お姉さんは明らかに素人ではなく、オヤジに寄り掛かっている。一方、オヤジは、おそらくクリスマスの時期だったのだろう、三角のとんがり帽子をかぶせられ、お姉さんの肩に手を回し、ご満悦の笑みを浮かべている。バックの雰囲気はまさしくそんな感じの店の中である。「さすがにこんな写真を家には持って帰れなかったのだろう」とオヤジの気持ちを察した。その日家に帰って、この話を女房にすると、「私も見た」と言う。「あの写真の女の人は、隣のアパートの人よ」と、私の想像はもろくも崩れさった。写真を捨てたのはオヤジではなく、お姉さんの方だったらしい。いや、待て。お姉さんの部屋を訪ねた帰りにオヤジの方が捨てたのでは?!。しかし、あのオヤジの風貌からして、それは深読みのし過ぎだろう。
(秀)
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