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第226話 〜2000/3/22〜

■卒業式

 来賓として、小学校の卒業式に参加して来た。自分の卒業式から21年振りであるが、卒業式の様子は場所や時間が変わっても、ほとんど変りないものだった。しかし、今となってみればちょっと引いてしまうものがある。「別れの言葉」と言われるものだ。送辞や答辞というものがなく、代わりに言葉の掛け合いや歌で構成されている、例の次第のことである。こんな感じの台詞が出てくる。「一生懸命頑張った運動会」、「楽しかった修学旅行」、「おいしかった給食」、「僕達、私達、卒業します」、「卒業します(全員)」。自分達もあんなことをやっていたかと思うと恥ずかしくなった。

 来賓というのも子供にとって胡散臭い存在であるが、一層輪を掛けて白けてしまうのが、形式だけの電報である。地元選出の国会議員や県会議員からの電報が読み上げられる度に「こんな電報、誰が喜ぶのだろうか?」と疑問が浮かぶ。一方、間抜けな祝辞もある。「記念すべき西暦2000年に卒業された...」というのは何の意味があるのだろうか。「21世紀はあなた方の時代です」というのも同様に無意味である。2000年卒業というだけでその後の人生にプラスになることなど何もない。21世紀であろうがいつであろうが、活躍の時代はやって来る。21世紀だからと言って特別なことなど何もない。

 21世紀、あるいは未来という言葉にただ単に夢を描いている人があまりにも多すぎる。手塚治虫氏が描いたあの未来都市が確かに21世紀のものであったとしても、2100年までは21世紀である。1年でいや一夜の違いで20世紀が21世紀になったところで、あの未来都市が突然現れるわけでもない。また、あのような未来都市に住んでいることが豊かで幸福な生活とは限らない。

 「未来はどこから来るか?」。私は今起きている事象の中で将来に対して影響を与えるものが未来を作り出すと思っている。もっと足を地につけて今を観察することが重要であろう。それでいて、「未来はあなた方の想像力の中にある」と祝辞を贈りたい。

(秀)


第227話 〜2000/3/23〜

■アイドルの時代

 '80年代はアイドルの時代だった。世間がポスト山口百恵を求め、松田聖子や河合奈保子のデビューからこの一連のブームが始まった。そして、私と同年代のアイドル達が数多くデビューする時期へと続く。このあたりの多くは今でも芸能界に結構生き残っている。テレビ番組もアイドルが露出する番組が多く、雑誌も「平凡」や「明星」を始め、「Bomb」や「Dunk」のようなA5サイズの雑誌が数多く出版された時である。

 アイドルと一口に言っても、売れ方やポジションは千差万別である。順に挙げるとすると、「ザ・ベストテン」などに必ずランクインするアイドル。ジャニーズ系や小泉今日子あたりがこれにあたる。既に松田聖子はアイドルの域を出ていた。続いて、アイドル番組やバラエティ番組にしか出られないアイドル。松本伊代、堀ちえみ、早見優、石川秀美ぐらい(彼女らは私と同年代)がこれであろう。そして、ほとんどテレビに出られず、多くの人の記憶にはとどまっていないアイドル。しかし、彼女達のマイナーぶりが熱狂的なファンに支持されていたりする。例を挙げるとすると、パンジー(北原佐和子、三井比佐子、真鍋ちえみ)、CoCo、Ribon、ラジオっ娘、セイントフォー、スターボー、リフラフ(SAMもメンバーだった)、徳丸純子、新井薫子、井上望、渡辺桂子、etc...etc...。水野きみこも忘れてはいけない。書き連ねるときりがないし、もっとマイナーのも知っている。

 しかし、こんなアイドル時代も80年代も半ばを過ぎた頃から廃れていく。まず、これまで多くの歌手の登龍門として機能してきた「スター誕生」が放送を終わる。そして、その後の登龍門はプロダクション主導の大規模オーディションとなっていった。しかし、これが思ったほどの効果を生むことなく、合格者の活躍も芳しくなかった。丁度その頃に、「夕やけニャンニャン」でおニャン子が台頭して来る。また、夜は素人に毛の生えた程度の女子大生が、そう、今で言えば「ワンギャル」のような人々がブラウン管に溢れた。それは取りも直さず、素人とアイドルの境が希薄になっていった時期でもある。お気軽なカリスマが登場するようなご時勢であり、メディアと共に人々の嗜好は多様化している。しばらくはあのようなアイドル時代の再来は難しい気がする。どうだろうか?

 インターネットで個人のページとして'80年代のアイドルの思い出を当時の残骸から再構成して公開しているサイトがある。著作権や肖像権の観点から考えれば少なからず問題があるが、これには自分も結構楽しませてもらった。しかし、いざ冷静になってみると、かつての親衛隊やカメラ小僧達ももはや30半ば。そんな彼らが嬉々として昔を懐かしみ、せっせとホームページを作っているかと思うとちょっと引いてしまう。

(秀)


第228話 〜2000/3/24〜

■熱中時代

 金八先生もまさに佳境に来ているが、このシリーズが始まったのは20年前のことだった。友達から「武田鉄矢の教師ドラマが始まる」と噂を聞いたが、タイトルを聞いて驚いてしまった。「3年B組金髪先生」。ベタでゴメン。けど最初、その友達から聞かされたタイトルは本当にそう聞こえた。良く聞くと「金曜八時だから、『金八先生』」という説明に納得した。当時あの長髪が金髪で教師だったら、それはドリアン助川の数百倍のインパクトであっただろう。見てみたかったりもする。

 桜中学シリーズは初回の金八以降に役者を変え、何度かドラマになっているが、結局金八を凌ぐものは出来なかった。また、同じ時期だったと思うが西田敏行が小学校の産休代用教師を演じた、「サンキュー先生」という教師ドラマもあった。サンキューとは、「産休」、「三級」、「Thank you」の意味をかぶせたものである。タンクトップとトランクス姿にディパックを背負い、競歩で登校(出勤)して来るシーンは覚えているが、肝心のストーリーの方は全く覚えていない。同じく小学校教師となると田村正和主演の「うちの子に限って」というのがあるが、このドラマはその後の「パパはニュースキャスター」などの路線を彼に定着させる上で画期的なドラマだった。所ジョージが共演していた。

 しかし、これら教師ドラマ(青春学園ものを除く)のルーツはやはり「熱中時代」であろう。水谷豊演じる、北野広大は当時の小学生にとって、まさに理想の教師像だった。調べたところ、'78〜79年に放送されていたので、私は当時六年生だったことになる。最高視聴率は46.7%を記録したそうだ。主題歌は「僕の先生はフィーバー」というタイトルでこましゃくれた子供が歌っていた。フィーバーというタイトルと歌詞が今となっては笑える。さて、感動のストーリーであるが、最終回に礼文島への転勤が決まり、最後のホームルームで先生が「さよーなら」と大きな声で挨拶する。すると、子供たちは泣きだし、ワアーツと教壇に集まった。「先生、行かないで!」。もちろん、先生も泣き出す。今思い出してこうして文章にしている間にも目頭が熱くなってきてしまった。

(秀)

<後日追記>-----------------------------------------
 レンタルショップでこの回のDVDを借りて見たところ、「子供たちは泣きだし、ワアーツと教壇に集まった」というのはなく、子供達は各自自分の席で泣いていました。記憶違い?。ひょっとしたら、パート2の最終回だったかな?。
 それと先生が帰ったのは礼文島ではなく、故郷の小樽という設定でした。これは記憶違いでした。兄さんがケガをして、実家に帰り、教師をしながら、牛や馬の世話をするというものでした。けど、パート2のスタートは礼文島からだったと記憶しています。
(2008.04.13)

from.なぎさん

第229話 〜2000/3/27〜

■DAISUKI

 日本テレビの「DAISUKI」が3月25日の放送を最後に終了した。放送開始は'91年の4月からで、放送回数は実に421回にのぼる、まさに長寿番組であった。山下達郎の歌声(あの曲はシュガーベイブの「Show」という曲である)で始まる、オープニングに何となく目が行って、そのまま見入ってしまう形で1時間が過ぎてしまうことがしばしばあった。何ともお気楽な番組である。金が掛からないと言うか、知恵を絞っていたりとか、入念な準備が行われるという雰囲気が全くなく、しかし、その雰囲気が支持され、これまでの長寿番組に成り得たのであろう。最近はネタに困ったら、パチンコや地酒に逃げるという傾向が顕著であったが、次週からこの番組がないとなると、やはり寂しい。

 高視聴率にも関わらず、番組が終了する原因は、松本明子の妊娠と言われている。視聴率も良いため、その間、彼女だけ休んで放送を続ける、という選択肢もあっただろう。しかし、放送も開始から9年。ここ数年間に3人ともに結婚した。このことは視聴者も同じく年を取ったことを意味し、視聴者の関心やライフスタイルも変化していることに他ならない。出演者も視聴者も当初の番組スタイルからずれてしまったからには、番組のスタイルを変えるか出演者を変えることになるだろうが、この番組はあの三人組のキャラクターで成り立っているため、スタイルも出演者も変えるわけにはいかず、番組の終了という結末に至ったと思う。

 最終回の放送は以前お世話になった商店街で買い出しをし、幼稚園での感謝パーティーというかなり地味な内容であった。「総集編か?」との期待もあったが、それは同日の夕刻、「TVおじゃマンボウ」で放送されていた。ゲストを交えた形での総集編というのをじっくり是非やってもらいたい気がする。番組は終わってしまったが、あのお気楽な感じはこれからも見習っていきたい。

(秀)

from.美代さん

第230話 〜2000/3/28〜

■広告批評

 個人でもホームページやメルマガに宣伝を付けている人が結構いらっしゃるが、皆さんはどうお思いだろうか?。自分の家の玄関に看板を付けているようで、私にはかなり抵抗がある。田舎にある、ボンカレーやアーススプレーの看板も思い浮かべてしまう。確かに広告料は魅力であるが、スポンサーに気をつかって、書きたいことが書けなくなってしまっては、元も子もない。それに気のせいか、広告の内容もマスコミなどのサイトのものに比べると、個人のページ広告には新鮮かつ面白味のあるものが少ない気がする。そして何より、メルマガを始めて最初にもらったメールに「せっかく コラムを読みたいのに、コマーシャルを見ている様な気になるのも・ ・ ・ (-_-;) (-_-;) (-_-;)。広告を付けないで頑張って下さい」と書かれており、改めて決意を固めた。

 広告は確かに情報である。通勤途中の雑誌の中吊り広告では色々と話題を仕入れさせてもらっている。しかし、その一方で街に溢れるおびただしい広告に辟易したことはないだろうか。テレビで見ている時はそれ程気にならないが、初めてプロ野球を球場で見た時は、普段はテレビに映らないあまりにも多くの広告に不快感さえ沸いてきた。Jリーグのユニフォームなんかスポンサー名がデカデカと表示され、チーム名すら分からないものも多い。

 そんな中、もっとも残念だと思うのは大相撲のスポンサーである。呼び出しの背中に「なとり」と書かれている、あれである。最近は「KONAMI」と、ついに横文字まで登場してしまったらしい。このまま歯止めが効かなくなり、外資系の証券会社やマザーズの上場企業のようなところまであの背中に広告を出すような時代が来たらどうしよう。消費者金融など飛びつきそうな気がする。そのうち、行司の背中や力士のまわしまでに広告が付くようなことにはなるまいか?。そんなはずはないだろうけど、それはそれで、面白そうな気がする。ライバル会社の回しを付けた力士同士の取り組みにはスポンサーも熱が入ることだろう。そのときには是非「ワコール」にスポンサーになってもらいたい。ワコール印のまわし。洒落が利いてて良い。

(秀)


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