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そろそろプロ野球の開幕である。私は野球に関して別に何の思い入れがないが、このために8時台などで見られなくなる番組が増えるのには困っている。「ザ!鉄腕!DASH!!」も「特命リサーチ 200X!」も放送回数が半減してしまう。それともっと困ったことは勝手に放送時間が延長され、ビデオ予約録画に影響が出てしまうことだ。プラス30分、終了時刻をずらして予約すると、10時からの隣の局のドラマが録れなくなってしまったりすることもしばしばである。
テレビ番組への影響はこれだけでない。「(野球中継の)放送権を獲得すれば、営業的にも安心」や、「どんなに知恵を絞っても、視聴率では野球中継におよばない」といった、局内の意識からこの時期の番組制作に熱意が感じられない。これからの2クールはドラマもせこい気がする。結果、私はプロ野球の開幕をとても憂いている。
最近は新聞のナイター欄の「雨で中止の場合」というのが、ドーム球場の増加で大幅に減ってしまった。日本テレビで中継の場合は東京ドームのため、雨天中止ということがない。「オレたちひょうきん族」は最初はナイター中継の雨天対策用として準備されたものだった。いわゆる、「雨傘番組」であった。
さて、ただいま東京では雨が降っている。電車の中でコラムを書く上でこのことは大きな障害になる。傘がじゃまでキーボードが叩きづらいのである。私が電車の中で使用しているマシンはHPの200LXという、PCというより電子手帳のような機械である。ドコモのポケットボードをイメージしてもらえば大きさも形もほぼ分かってもらえるだろう。きっと周りの人は「熱心にメールをうっている人」と私のことを思っているだろう。去年の梅雨の時期はどうしたのか、覚えていないが、電車の中で書けないとなると、連載に穴が開いてしまうかもしれない。まさか、「雨のため中止」という訳にはいかないだろう。
(秀)
from.直くん
先週末(書き始めた時は確かにそうだったが、今となっては5週間前)はCDショップと本屋をはしごし、1万円も散財してしまった。しばらくおとなしく暮らすことにしよう。CDショップでは70,80年代のオムニバスCDのコーナーのところで随分時間をつぶした。このようなコーナーは店の特徴がよく出るところで、ちょっと小さめで、売れ筋のものしか置かない店ではまずお目にかかれない。
15年前に初めて買ったCD、大滝詠一の「EACH TIME」が復刻レーベルで1,500円で並んでいる。かつては、LPレコード2,800円に対してCDは3,500円ぐらいの値が付いていた。しかも、CDの方がリリースが遅かったりもした。そんな懐かしいCDを眺めながら、柳ジョージのベストアルバムが出ているのに気がついた。これまでも彼のベスト盤は出ているが、今度のは30周年記念のセルフセレクション2枚組みという内容である。迷わずそれを買ったわけであるが、私も30年前の彼の活躍など知る由もない。知っている曲のクレジットを見たところで、20年ぐらいまでであった。
六本木に「ゴールデンカップス」という店がある。生バンドの演奏が聞ける店だ。ここに10年ぐらい前であるが、当時の課長に連れて来てもらった。私が音楽に興味があると言うと、その課長はビートルズの日本公演を見に行ったとか、渋谷公会堂で「勝ち抜きエレキ合戦」に出た、とか会話が盛り上がり。そして、「和田静夫が六本木で演奏している店があるから連れて行ってやるよ」ということになった。和田静夫というのはダウンタウンブギウギバンドでギターを担当し、胸に「静」という字を書いたツナギを着ていた人である。そして、数週間の後、その課長に「ゴールデンカップス」に連れていってもらった。
(次号、「長い髪の少女」に続く)
(秀)
柳ジョージから「長い髪の少女」へどう展開するのか、そもそも「長い髪の少女」が何なのか。分かる人がどれくらいいるだろうかと疑問を感じながらも、始まり、始まり。(まだ、232話「柳ジョージ」を読んでいない人は先にそっちを読んで欲しい。これはつづきです)
さて、10年前、当時の課長に連れていってもらった六本木の店は「ザ・ゴールデンカップス」という名前であった。その時のめあては和田静夫氏のギタープレイを拝むことであるため、特にこの店の名は気にしていなかった。早い時刻のため、客はまだ誰も入っていなかったが、しばらくしてライブ演奏の時刻となった。背筋を伸ばしての拝聴である。ダウンタウンブギウギバンドの頃に比べると彼も老けた感があったが、ギタープレイは素晴らしいものだった。数曲インストだけの曲が終わると、齢40半ば過ぎのオヤジがマイクを持って現れ、アメリカンオールディーズの曲を歌い出した。課長が問い掛ける。「あの人、知ってるか?」。「いいえ知りません」。「デイブ平尾だよ」。それが誰なのか、このときはまだ分かっていない。
店の名前にもなっている、「ザ・ゴールデンカップス」というのは、グループサウンズの頃のグループであった。そしてデイブ平尾がカップスのボーカルでこの店のオーナーということだった。ブームの最後頃に現れ、実力派のグループと言われていたらしい。彼はステージの最後に「長い髪の少女」を歌った。これが彼らの代表曲である。グループ名も知らなかったが、この曲は聞いたことがあるような気がして来た。彼はこの日ご機嫌らしく、歌い終わると各テーブルを酌をしてまわり始めた。店の壁には当時のメンバーの写真が飾ってある。それを見て、衝撃を受けた。僕等の世代にはゴダイゴのミッキー吉野であるが、彼は以前カップスのメンバーだった。そして、もう一人の驚くべきメンバーは柳ジョージである。彼はベーシストとして参加していた。
ここで、「柳ジョージ」→「長い髪の少女」といった、二日連続のコラムはめでたく終了するはずであったが、調べものをしていたら、自分が大きなミスをしでかしていることに気がついた。カップスの代表曲である「長い髪の少女」は'68年のリリースであった。一方、柳ジョージがカップスに参加したのは'70年のことである。'68年当時、彼は「パワーハウス」というバンドをやっていた。しかし、代表曲であるため、彼も「長い髪の少女」を演奏しただろう。良しとしておこう。
(秀)
from.なぎさん
神社での正式の参拝方法は「二礼二拍手一礼」となっている。神前で挙式した人は耳元で神主さんか巫女さんがささやいてくれたことだろう。しかし、初詣となるとこうもいかない。そそくさと二拍手して最後の礼も済まぬまま押し出される具合である。そして、忘れてはならない。二礼の前にジャラジャラと鈴を鳴らすのだった。でっかい鈴だったり、ドラみたいなものを打ち鳴らす所もある。あれが何という名前なのか知らないが、機能は良く知っている。神様を呼び出す装置だ。あれをジャラジャラとやって、「これからお願いをしますよ。良く聞いて下さいよ」というための装置である。
これに似たようなものが昔の電話には付いていた。昔といっても、ここ数十年の話ではなく、おじいちゃん、おばあちゃんが若かりし時代のことである。実物は見たことがないにしても写真や映画などで見たことがある人も多いだろう。その電話器にはダイヤルが付いていない。もちろん、プッシュボタンも。代わりに電話器の右側面には、くるくる回す、クランクが付いている。映画などで見ると、電話を掛ける際にまずこのクランクを回している。しかし、あれはネジを巻いている訳ではない。いくら昔の電話器でもゼンマイで動くようなことはない(携帯電話のことを考えれば、それは魅力的かもしれないが)。あれは、発電しているのだ。発電と言っても、電話そのものの電力を確保しようというものではなく、交換手を呼び出しすために僅かながらの電圧を生じさせる装置である。まずあのクランクを回し、交換手を呼び出す。通話が終了する際も同様に交換手を呼びだし、回線を切断して貰わなければならない。
「実体験も無く、よくここまで、しゃあしゃあと...」、と言われる方がいらっしゃるかもしれないが、当コラムでは実体験のない、単なる拾った知識の押し売りはやらない主義である。ちゃんと実体験して来た。東京は大手町にある、「逓信総合博物館(通称「ていぱーく」)」は郵便、電話、放送をテーマにした、公共の博物館で、ここでは実際に昔の電話器に触ることができるし、手動交換機の操作も体験出来る。やがて、関東大震災で交換所が被害を受けたのと、交換手不足から、電話交換機は手動から自動になった。公衆電話も、「自働(自動ではない)公衆電話」として登場してくる。大事なことを忘れていた。公衆電話にはお金を入れなくてはならない。神社でも二礼の前に賽銭を入れなくてはならない。電話では発電クランクをクルクルやる必要はなくなったが、変わりにダイヤルをクルクルやるようになった。
(秀)
アメリカは私にとって、大変摩訶不思議な国である。何かにつけて訴訟を起こすのは、まあ許そう。それが正当なものなら。しかし、電子レンジでペットを乾かしておいて(それも、もちろんおかしいが)、「注意書に『ペットを入れてはいけない』と書いていなかった」からと言って、訴訟を起こすのはやはりおかしい。ファーストフードのドライブスルーでコーヒーを買って、それを股に挟み運転していたらコーヒーをこぼして火傷をしたという話も聞いた。もちろん、その客は訴訟を起こして、自分がこぼしたことはさておき、「渡されたコーヒーがいつもより熱かったので火傷をした」と店側の過失を追求している。それでいて、原告側が勝訴してしまう。裁判所はそのコーヒーが本当にいつもより熱かったのか、どうやって認定したのだろう。まとめて、おバカとしか言いようがない。バカバカしいと笑ってしまうのは簡単なことであるが、彼らの思考が恐くなることもある。
もっとも顕著な例はタバコの訴訟だと思う。愛煙家が「自らの健康を侵された」とタバコ会社を訴えている。こんな例でも訴えられた側は負けてしまったり、金を払って解決しようとする。拳銃を作っている会社も銃の被害者などから訴えられている。運転手が悪くても事故を起こせば、自動車メーカーを訴えるような話だ。きっと、自動車メーカーも訴えられていることだろう。メーカーは恐々として本来必要のない言い訳のための注意書をこさえたり、クレーマー対策を行わなければならなくなる。そして、最終的にそれは消費者が高い買い物をさせられることに帰結する。アメリカで任天堂はゲーム機のコントローラーを激しく動かし、手を負傷する子供が続出したために、手袋を無償で配布するはめに至った。
説明書を読むと様々な注意書が書かれている。「小児用バファリン」、「服用後は眠くなることがありますので自動車等の運転はおやめ下さい」。小児用であるが、確かに、間に合わせで子供の薬を飲むことがあるので、まあ許そう。パソコンのキーボードにもメーカーが自らの責任を回避するように、長時間の使用を禁じるようなことが、いろいろと言い訳がましく書かれている。ここで当コラムも何らかの注意書を示しておかないと危ないかもしれない。そこで、当コラムの注意書きを考えた。「バックナンバーをパソコンで一気に読むと目が疲れますので、本を買ってそれを読みましょう」。そして、本にもきちんと、「電車の中でニヤニヤ笑って読んでいると怪しまれますので、注意して下さい」と、書くことにしよう。
(秀)
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