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私の好きな劇団に「ラッパ屋」というのがあるが、4年ぐらい前のこの劇団の公演で「裸天国」というのがあった。温泉を舞台にした話である。職場で秘密に付き合っていた二人が会社を休んで温泉旅行に出かけた。会社のメンバーには内緒のはずなのに、旅館で上司や同僚と鉢合わせになってしまう。彼女は彼氏に「いったいこの旅館、どこで探したのよ?」と聞いて、ここが会社の保養所であることに初めて気が付く。「課長達はどうしてここに?」と彼氏が聞くと、「君がいないと仕事にならないから、みんなで仕事休んでここに来たんだよ」と課長が答える。同僚も課長につられて来たらしい。
関東近郊にもいろいろと温泉があるが、仕事の泊り込みの会議などで利用することがある。我が社ではこれを「合宿」と呼んでいる。会社の引力を離れ、寝食をともにし知恵を絞るのである。カンヅメのようなものだ。場所は伊東が多い。熱海ではなく伊東である理由は、伊東に会社で利用できる施設があるからに他ならない。すでに踊り子号に乗り込み、東京駅を出発したときには遠足気分の始まりである。さすがに酒盛りが始まることはないが。
伊東駅が近づくと進行方向左側に海が広がり、やがてハトヤホテルが見えて来る。隣にあるのは歌にも出て来るサンハトヤである。あの歌はもう30年近く流れている。九州でもあのCMは流れていたし、札幌でも流れていたらしい。「三段逆スライド方式」も「海底温泉」もお馴染みである。かと言って、我々の宿泊先はハトヤでもサンハトヤでもない。
ようやくその日に予定していた仕事が片付いた。予定通りに行ったときは良いが、おしてしまうと、旅館の都合のため途中で夕食を済ませ、会議が継続されることもある。温泉が利用出来る時間が指定されていて、せかされるように温泉に浸かることもある。「どうせこの辺の温泉はどこも同じお湯だろう」と、思ってはみても、遠くに見える「ハトヤ」の赤いネオンに思いを馳せてしまう。もちろん、このコラムはいつものように通勤帰りの電車の中で書いている。伊東に来ている訳ではない。今日も自宅の風呂で4126、4126。明日は草津の温泉の素にしようかな?。
(秀)
通勤途中に、見るからに新入社員といった人々を見掛ける季節だ。駅の改札などで新入社員だけ集まっているようなときは、とても目立つ集団である。彼らに色々と注文があるが、とりあえずは2点。挨拶はきちんとしよう。変な色シャツもまだ自粛するように。
我が社にも50人足らずの新入社員が入社して来たようだが、これは我々の時代の10分の1から20分の1といった具合である。ここのところ数年はこんな感じで、我が部署に新人が配属されることはない。新入社員に接する機会はなかなかないが、自分が新入社員だったときを思い出して、彼らや後輩には出来るだけ親切に接しようと思っている。何も自分が親切にしてもらったからではない。私が新入社員のときの研修で、ある講師がこう言った。「私の退職金は、君達に掛かっている」と。働き盛りの後輩の稼ぎ具合で会社の業績は決まるし、退職金にも影響が出るから。「情けは人のためならず」。
そんな彼らにようやく遭遇したのは、昼休みに社員食堂へ移動するエレベータで乗り合わせたときのこと。10人ぐらいのグループで、おじることなく、エレベータの中でも平気で話している。その中でも最も面白かったのは、本社での研修の際に隣の会社の社食に行って、うちの社食よりも数段うまかった、という話である。普通、新入社員はそんなことはしない。誰か先輩でも、彼らに知恵をつけたのか?。もし、彼らが自発的に他社に乗り込んだとすれば、きっと優秀なセールスマンになることだろう。これでは新入社員ではなく侵入社員である。ちなみに隣の会社の食堂には受付を通って、来客用のIDカードをもらわないとたどり着けない。
(秀)
夕飯は親子丼だった。味については語るまい。さて、私の中の「ザ・親子丼」は日本橋は人形町の「玉ひで」のそれと決まっている。テレビ東京などの「行列のできる店」として、親子丼となると、必ず登場する有名店である。何よりも、ここが親子丼発祥の店で、入り口に「親子丼の祖」と書かれた、おばあちゃんの写真が飾ってある。昼間は600円(今もそうかな?)で親子丼が食べられる。それこそ、長い行列が出来ているが、13時までにこの行列に並べば、待たされたにせよ親子丼にありつくシステムを取っている。
ここの親子丼は鶏肉と卵だけで作られていて、玉葱も蒲鉾も入っていない。純粋に親子で邪魔者はなく、水入らずの状態だ。ダシはちょっと甘め。実を言うと私はこの店に昼間に列をなしたことはない。夜に2回出かけた。夜は鶏(軍鶏)料理のコースを値段に応じて出てくる。うって変わって、最も安いコースでも7,000円もする。コースのメインは「鶏すき(やき)」で、コースの最後に親子丼が出て来ることになっている(こちらの親子丼は半人前ぐらいのサイズが標準であるが、丼サイズへの変更も無料で可能)。
先程、「(玉ひでの)丼の中は水入らず」と書いたが、ちょっと引っ掛かることがある。別にこれは玉ひでに限ったことではないが。鶏と卵で親子と言うわけで、これがもし牛肉なら「他人丼」となる。それは誰の目にも明らかである(牛と卵は人間ではないけど)。しかし、任意の鶏と卵を捕まえて、「親子です」と言うのは、甚だ乱暴な話である。丼の中の鶏が産んだ卵でとじられていることなど有り得ない。「『親子丼』と名乗るからには血統書を持って来い」と言いたい。けど、味は一緒。
(秀)
PTAのクラス懇談会の場で、「子供の小遣いについて」、母親から質問が出ることがある。「みなさんのところはどうですか?」というものだが、その中の先生の話を学校の指導だと思って、ありがたく承って来る人が同じ屋根の下に住んでいたりする。先生が「(小学)1、2年生の間は小遣いはあげなくても良い」と言ったそうで、子供達はそう説得されていた。小遣いがない代わりに買い物について行けば、好きなお菓子をそれなりに買ってもらえることにはなっている。
先生の話はまさにありがた迷惑な話だ。小遣いの額なんか、各家庭の判断に任せて当然の話である。同じ学年でも担任が違えば、別のルールになっているかもしれない。それ以上に、先生の話を真に受けて子供達に悪しき平等を広める親にも困ったものだ。家庭により、小遣いの額に凸凹があるのは当然のことである。もし、これが子供ではなく亭主の小遣いだったらどうするんだろう。「周りの家庭、みんな3万円ですって」。しかし、調べてみるとそんなことはなく、実は女房の狂言で値切りのテクかもしれない。
私は子供が小さいからという理由での「小遣い不要論」には、反対である。私が小さいときには家庭は貧しかったが小学生のときに毎日100円もらっていた。もちろん、何に使うかは勝手で、しばらくため込んで、子供にとってのでかい買い物もできなくはないが、だいたい毎日遣い切っていた。しかし、大事なことは自らの意志で判断し、お金を使うことを子供の頃から身に付けておくことだと思う。散財もときには後悔し、そこから何かを学びとることができれば、それもまた勉強である。親に買ってもらってばかりでは金銭感覚が発達しない。私は以前からも買い物の際に子供にお金を渡して、実際のお金に触れることや物の買い方を教えて来た。一方、一番良くないのは不定期に言いなりになって金を渡すことである。
私はこの意志を貫くために、身銭を切って子供達に小遣いを与えている。我が家には、(反社会的なことを除き)自分の小遣いは何に使っても良い、という不文律があるため、妻も私が自分の小遣いから子供達に小遣いを与えることには文句が言えない。とりあえず、4年と2年なので毎月500円ということにしているが、これにはちゃんと25円、消費税分もあわせて、525円づつ渡している。この25円もまた、社会生活の重要な学習材料だと信じている。
(秀)
from.たけひろさん
通信販売というのはなかなか楽しいものである。注文してから物が納品されるまでのワクワク感というのも好きな人には楽しみの要素の1つらしい。通信販売のワクワク感は実物を見れないことから来る一種のギャンブル的な要素に起因しているのであろう。
そして、カタログも楽しい。季刊で我が家にも家人宛に「○ッセン」の分厚いカタログが送られてくる。中には私の想像を遙かに超えたものまで掲載されている。いわゆるコスプレの各種制服が載っていた。セーラー服、コギャル、看護婦、スッチー、OL、体操服(ブルマ)。そこから数ページは「18歳未満の方には販売できません」と注意書き付きの袋とじで、そっと覗いて見ると、H系のビデオが掲載されていた。左開きでページを捲っていくと、女性用の洋服が並んでいる。スーツの類が結構手頃な値段で並んでいるのだが、中にはどう見ても、お水のお姉さんしか着ないような代物まで載っている。しかし、小学校の入学式でこの手の格好をしたお母さんを見かけたりもする。
私の知人で通販好きの女性がいた。会社のデスクの袖に大量のカタログが並んでいて、納品先を会社にしている。日中家にいないのでこのやり方が良いとの事だった。彼女のお薦めは「千○会」で、「物が良い」とのことだった。あいにく私は「○趣会」のカタログは見たことがなかったので、カタログを借りて、ペラペラとページを捲ってみる。すると、あるページに折りが入っていた。そこで手を止めると、そこにはバーンとカラフル&セクシーなショーツが載っていた。彼女の秘密を覗き見たようで、気まずくなり、そっとカタログを元に戻すと、彼女とは目を合わせずに自分の席に戻った。
(秀)
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