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第251話 〜2000/4/26〜

■オークションの罠

 ネット犯罪について色々と報道がなされているが、ハッカーやクラッカーなどを除けば、ほとんどが詐欺紛いの犯罪で、全然ハイテクなものではない。代金を支払ったのに商品が届かなかったり、商品を送ったのに代金が支払われないというものである。さも、「インターネット(通販)は危ない」と騒ぎだすマスコミがいるが、このローテク詐欺紛いは雑誌などを媒体に個人売買を行っていたときから変わらない手口だと思う。悪いのはその本人であって、インターネット自体ではない。事件が起きたら凶器までも悪い、という感じの騒ぎ方だ。ただ、インターネットの匿名性を利用しているのは卑劣である。

 さて、そこでオークションの話題である。中間業者を外した形の売買となると両者にとっても、「思ったより高く売れた」、「思ったより安く買えた」という効果が出るのがモデルケースだ。しかし、次のような幾つかの罠が潜んでいるのも事実である。まず、売る物がないのに適当な(結構安い)値段で「売ります」にデータを登録しているケースがある。買い手が殺到すると「もう売れてしまいました」と返信する。彼の狙いが「買いたい」とメールを送って来た人々のメールアドレス他のデータを得ることだとしたら、こんなオークションなど、格好のお手軽な手段である。

 また、こんな方法もあるらしい。Aさんが売り手の商品を熱心に競っていたBさんがいた。値動きも停滞し、Bさんが落札するかと思えたときにCさんが現れ、BさんとCさんの一騎撃ちとなった。Bさんも負けじと競り値を上げていったが、あるところまで来るとBさんは残念だが、あきらめて入札を降り、落札者はCさんに決まった。ところが数日経って、BさんにAさんからメールが届く。「落札者のCさんが都合により購入を辞退されました。もし宜しければ二番手のあなたにあなたの最後の入札価格でお売りしますがいかがですか?」、という内容だった。あなただったらどうするだろうか?。あきらめ掛けていたものを再度手に入れるチャンスが回って来たとなって、喜んでこれに応じる人がいるかもしれない。しかし、途中でオークションに参加して来たCさんが実はAさんだったとしたら。結局高い買い物をさせられたことになる。疑い出したら、きりがない。もちろん、オークションのサクラも今に始まったことではないし。

(秀)


第252話 〜2000/4/27〜

■メーカー保証

 披露宴の友人代表のスピーチとなると、会社によって特徴があるようだ。特に女性の場合は。スチュワーデスの場合は同僚が機内放送を模し、「愛のフライト」というスピーチをやるらしい(出たことないけど)。あとは「保証書」シリーズというのが良くあるようだ。我が社の場合は「愛妻号」というタイトルらしい。かつてそんな名前の洗濯機があったが、うちの会社は別に何の関係もない。

 先ずはスペックの紹介である。外形の寸法と機能が紹介される。炊事、洗濯、掃除、etc...。そして、彼女の機嫌が悪いときにはキスをしてあげれば直るといった使用上の注意の後に、「さあ、ここで練習してみましょう」という具合に話が進む。最後に新婦の品質を保証する旨の言葉が加わり、「保証書」が新郎に手渡される。新郎も笑顔で受け取ってはみるものの、その後その紙をどうするのだろうか?。私としては保証書と言うからには、保証者(新婦の友人)の電話番号でも書いておいてもらいたい。壊れたら、電話するから。

 今、我が家に家人の母親が来ている。妻が椎間板ヘルニアを患い、医者に安静を宣告されたために、義母がその世話と家事をやってくれている。私は家事が苦手だ。料理をするにも後片付けが大変なので妻にとめられている。洗濯は干すのが面倒なので、洗濯はうちでやってもコインランドリーで乾燥機に入れてしまう。そして、タンスに戻そうにもどこに何がしまわれているか良く分かっていない。

 義母もそう易々と来れるほどのところに住んでいるわけでなく、仕事を休んで飛行機で駆けつけてくれている。製造から30数年、納品(結婚)から10数年経つが、このメーカー保証(この場合は「補償」という字が良いかもしれない)はありがたい限りだ。

(秀)


第253話 〜2000/4/28〜

■ウルトラマンランド

 そのウルトラマンの王国は、九州は熊本県荒尾市にある。どうしてこんなところにウルトラマンの王国があるのかと言うと、円谷氏の出身地だとか聞いたような気がする。但し、確認はしていない。この地には以前から三井グリーンランドという遊園地があり、ウルトラマンランドはそこに隣接している。私がその王国を訪れたのは、ウルトラマンティガがテレビ放送を開始する前の'96年の夏のことでだった。

 ウルトラマンランドの敷地内には幾つかの建物が点在しているが、構造はそれぞれプレハブである。結構な大きさであるため、ちょっとした工場や農協の集荷場(?)をイメージしてもらえば良いだろう。土産物売り場にはクーラーがついているが、メイン会場の最も大きな建物にはクーラーがない。風通しが良いような造りにはなっているが、それこそ農協の集荷場の有り様である。ゲートの正面には歴代のウルトラマン(マネキンに着せて)が全て飾られている。中央はテレビ放送開始を控えたティガだ。もちろん、ウルトラマンネオやセブン21もいる(彼らはテレビ放送されていない)。

 メインステージでは日に何度かのショーが催されている。ストーリーは割愛するが、兄弟+父・母が出て来る豪華仕立てであった。やはり、前半では彼らはやられてしまい、捕われの身となってしまう。そこですかさず、進行のお姉さんが現れ、子供達に声援を送るように呼び掛ける、お決まりの展開となる。「ウルトラマンが小さい」などと疑うこと無く、「スペシュウム光線が光らない」などとも言わず、子供達は熱心に声援を送っている。一種の集団催眠だと、ちょっと恐くなった。さすがにヒーローショーで使用する着ぐるみは傷んでいる。膝の補修の跡が痛々しい。

 その会場を出るとウルトラマン達は係員に先導され、園内をグルグルと回っている。それを彼らは「パトロール」と称していた。子供達と握手をしたり、写真を撮ったりと、炎天下では結構大変な仕事であろう。交代の時間が来た様だ。「じゃあ、アストラは次のパトロールがあるから」と、係員が子供達に説明し、アストラを事務所に連れていってしまった。きっとあの事務所の中には着ぐるみを脱いだヒーロー達がくつろいでいることだろう。「中を見てみたい」。息子の手を引き、「この子、迷子みたいです」と一芝居うって、中に入り込もうか(もちろん、妻が迎えに行く)と思ったが、あまりにも親子と分かり過ぎる、その風貌に断念せざるを得なかった。

(秀)


第254話 〜2000/5/1〜

■逢魔が時

 「たそがれ」という言葉は、「誰(た)そ彼」という言葉から派生している。夕暮れ時になって、彼が誰なのか分からなくなる、という意味だ。今は夕方だろうが、夜だろうが電気ピカピカでそんな風情の欠片もないが、昔は夕方からじわじわと、それでいていつの間にか暗くなってしまって、人の見分けがつかなくなるのだろう。「たそがれ」と言うと、絶頂を過ぎて衰退に転じるタイミングを意味していたりもするが、その一方で艶っぽい言葉でもある。

 「おうまがどき」と読む。黄昏と同じ、夕刻を意味する言葉である。昼の世界が夜の世界に変わるタイミングに「魔物」が現れるということで、魔に逢う時間という意味だと読んだことがある。何も恐い話ではない。夕方、待ち合わせた彼女が美しく見えるのもこの魔力のせいかもしれない。「誰そ彼」、見間違えてしまうかもしれない。

 私は人を待っている時間というものが、それ程苦にならない(もちろん、相手にもよるが)。特に黄昏時に変わりゆく空と街の景色を眺めながら、女性を待つ時はそのドキドキ感を楽しんでいる。相手が現れると「ホッ」とするものの、ドキドキ感がそこで終わってしまう。正直なところ、出会えてからよりも待っている時間の方が楽しいような気がする。

 というわけで、会社帰りに何者かに導かれるように(きっと、魔物に違いない)、有楽町で電車を降りると、晴海通りを銀座方向へと歩いた。いつもは通り過ごす駅でしかない。待合せと言えば、「和光(銀座四丁目交差点角にある時計が目印の百貨店)」前である。マリオン前ではいけない。銀座で待ち合わせるなら「和光」前と心に決めていた。そこで、しばし誰と待ち合わせたわけでもないのに、黄昏を楽しみ、さっきから魔物との出会いを待ちわびている。ウソ。

(秀)

<おわび>
本稿は発表時に「逢い魔が時」というタイトルで、文中でも「あいまがどき」と読みを紹介していましたが、読者からの指摘により、正しくは「逢魔が時」で読みは「おうまがどき」であることが分かりました。おわびして訂正いたします。


第255話 〜2000/5/2〜

■青い赤

 最近見たドラマで面白かったものについて話したい。ただし、このドラマは番組改編期の単発ドラマだったことを承知願いたい。

 広末涼子が青木つぐみというペンネームで小説を書く、小説家を演じている。つぐみは若い女性を対象にした恋愛小説を書く売れっ子作家であるが、素性を隠した覆面作家である。確かに売れてはいるが、それは編集社のお膳立てに従って書いているだけに過ぎず、本当に書きたいものは書かせてもらえない。

 ある日つぐみは何かに導かれるように、とある骨董店に足を踏み入れた。店の中のテーブルに同じ本が何冊も置いてある。それを手に取ると、奥から店番の桃井かおりが「その本、持ってって良いわよ。タダであげるわ」と声をかけた。本のタイトルは「青い赤」。著者は赤沢佐永子。彼女が自費出版した本であった。

 青木つぐみが素性を明かす、記者発表の席に桃井かおりが青木つぐみとして現れた。出版社の編集者は慌てるが、以降彼女が青木つぐみとして社会的に認知される。一方、留守の間、骨董店の店番を引き受けた広末の元に一人の女性が現れる。「この本が、置いてある店はここですか」。手には「青い赤」を持っている。「あなたが赤沢さんですか。この本、友達から薦められて借りて読んだんですけど、素晴らしいです。本格デビューとかなさらないんですか?」。彼女は誤解したまま、更に続ける。「この理想の青と現実の赤は決して混じり合わないというところが素晴らしいです」と。

 新たなつぐみ(桃井)はこれまで書き続けたキャリアをもとに精力的に仕事を続ける。そんなある日、店番をしていた広末の元に、またあの彼女が現れた。「赤沢さん、喜んで下さい。あなたの作品が賞を取ったんです」。彼女が持って来たのは文学誌で、文学賞の大賞のところには「青い赤 赤沢佐永子」と書かれている。「青と赤がついに混ざりあったんです。理想が現実になったんです」。文学賞に勝手に応募したものの、その彼女は誰よりもこの受賞を喜んでいる。広末は急いで桃井のところにこの事を知らせに行くが、彼女が癌で余命幾ばくもないことを知らされる。「今度はあなたが赤沢佐永子として生きなさい。それでおあいこよ」と、桃井が語る。

 桃井は結局、青木つぐみとして死んでいき、広末が赤沢佐永子として文学賞の受賞式に臨み、それを最後に赤沢佐永子は文壇から引退した。二人が入替ったことで皮肉にも二人とも文壇を去る結果となった。広末はもう一度今度は自分の書きたい小説で新たなスタートを始めるところでドラマは終わった。青木つぐみに赤沢佐永子。この名前の設定までも「青い赤」という小説のタイトルに掛けていたと気が付いたのは、このコラムを書き始めてからのことだった。

(秀)


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