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第276話 〜2000/6/5〜

■丸井

 コント赤信号のデビュー当時の登場パターンは、兄貴ネタと決まっていた。最初に登場した石井と小宮が舞台の袖に向かってリーダー渡辺を呼び出す。「兄貴〜!、兄貴〜!」。もったいぶって登場したリーダーが「待たせたな!」という台詞にあわせて、サングラスをはずすと、目の縁にはキラキラとラメが塗られている。しかもそれはしばらく経つと、左右別の色のラメへとバージョンアップしていた。この後に石井と小宮は兄貴のいでたちを誉めまくる。「レイバンのサングラス、サンローランのジャケット、BIGIのパンツ、福助の足袋(これが軽いオチになっている)」、「兄貴、これだけ揃えるには、ずいぶん高かっただろうな?」。すると渡辺は胸の内ポケットからカードを取り出し、「丸井だぜ!」と言って、場内は大ウケ。オチが着いて、冒頭のシーンは終わり、本題のストーリーへと進む。

 しかし、この当時、田舎暮らしの私には「丸井だぜ!」というオチが何故面白いのか理解できなかった。丸井が何であるかを知らなかったからである。逆のパターンでは「地下鉄の電車はどこから入れたんでしょうかね?」という、三球&照代ネタは地下鉄を見たことない自分にはおもしろかったが(すぐに飽きたけど)、首都圏の人々には全くおもしろくなかったことだろう。上京直後、首都圏の地下鉄のほとんどが他の路線と乗り入れ、地上を走っていることに気が付くと、あのネタが何故全国的に通用したのか疑問が沸いて来た。ちなみに、営団地下鉄銀座線の渋谷駅は地上4階から発着している。

 話を戻そう、丸井の話であった。丸井とは首都圏に数十店舗を構える、若者向けの百貨店である。特に丸井カードというリーダーがオチの小道具として使用する、赤いカードで若者にも割賦販売を行い、その規模を拡大していた。しかし、この事がオチになるのは赤いカードのデザインがどこか時代遅れであること(その後一新された)と、せっかくのブランド品に身を包んでいても、月賦による買い物といった負い目や格好悪さが嘲笑の鍵となっていたわけだ。こんなことが上京してようやく分かった。

 田舎者で金がなくても、とりあえずここで買い物をして、それらしい格好ができるありがたさが良かった。入社当時はスーツを買うときなどに随分利用させてもらった。最初は支払いの方法が良く理解できておらず、申込時に口座からの自動引落の指定をしていなかったので、家に請求書が送られて来た。次の休日にその請求書を持って丸井渋谷店に向かい、とりあえず、入口付近の店員に請求書を見せると、「○階です」と支払いカウンターを紹介された。今思えばずいぶん恥ずかしい思い出である。

(秀)

from.なぎさん

第277話 〜2000/6/6〜

■謎のドレミ号

 我が実家の2軒先は自転車屋であった。このため、ずっと子供の頃から自転車を買ってもらうときはこの店と決まっていた。今みたいにスーパーやディスカウントショップで買う習慣もない時代であるし、何よりも近所付き合いが大事だった。というわけで、三輪車の次にこの自転車屋で初めて自転車を買ってもらったのは、小学1年のときの16インチのミヤタ自転車製「ピノキオ」だった。色はメタリックの黄緑という、今思えばかなりちんぷんな色であった。けど本当に欲しかった自転車はこんな自転車ではなく、ブリヂストンのドレミ号だった。しかし、この自転車屋が扱っているメーカーはミヤタと丸石でしかなかった。

 ドレミ号というのは、仮面ライダーのサイクロン号を模した子供用の自転車のことである。サイズによって3種類あった(はず)。メーカーはブリヂストンで、仮面ライダーのテレビ放送のスポンサーのため、番組を見ているとこのドレミ号のCMが毎週数回にわたって流れる。ついでに「少年仮面ライダー隊」なる、少年達による支援組織が番組に登場するや、彼らの自転車はもちろんのごとくドレミ号という、今思えばタイアップによるプロモーションが展開されていた。「ああ、ドレミ号が欲しい」、「(ついでに)少年ライダー隊にも入りたい」。こんな思いを抱いていたのは自分だけではなかったことだろう。しかし、不思議なことに近所にもクラスメイトにもドレミ号を持っている者はいなかった。

 露出度や認知度ではピノキオ号の比ではなかったにも関わらず、ドレミ号を所有する友達がいないのはどういうわけだろうか?。ズバリの解答は私にも難しいが、1つにはドレミ号が高価であったことが挙げられるだろう。当時(27、8年前)でもドレミ号は25,000円程度だったと思う。ピノキオ号は確かそれよりも1万円は安かったと思う。このことからすれば、自分の場合、例え馴染みの自転車屋がドレミ号を扱っていても、この金額ではどうせ買っては貰えなかったことだろう。それともう1つの理由を挙げるとすると、周りにブリヂストンの自転車を扱う自転車屋がほとんどなかったからであろう。町内の端にあった自転車屋は確かにブリヂストンの店であったが、店先にドレミ号はなかったし、そこの息子もドレミ号ではなかった。

 ブリヂストンはこのように販売店不足(田舎だけか?)という、チャネル政策が不十分な状態でありながらも、商魂たくましく、しばらく後には女の子向けに「ドレミ真理ちゃん号」をリリースした。白雪姫の格好をした女の子と天地真理が「女の子にはドレミ真理ちゃん」と、CMをやっていたが、これも持っている人を見ることはなかった。

(秀)

←ドレミ号

第278話 〜2000/6/7〜

■嬲る

 週末は近くの中学校の体育祭であった。来賓としてお招きを受けていたので、ちょっと出かけてみた。去年も同様にお招きにより出かけたが(第40話参照)、早いものでもうあれから1年が経ったわけだ。体育祭の雰囲気は時間や場所が変わっても、その様子は自分達の頃とほとんど変わっていない。暑い中、学ランを羽織って応援する人々は相変わらず大変である。

 障害物や団体競技はギャンブル的な要素があった方が良いし、その内容は出来るだけシンプルな方が良い。このため、出て来るアイテムは跳び箱や平均台、ムカデに二人三脚というものに集中していく。2年生のクラス別団体競技に「みんなでゴロゴロ」というのがあった。四人五脚で途中マットで前転(往復なので2回)を行い、それをリレーする競技内容である。ほとんどのグループはマットの前で一旦止まってタイミングをはかるのであるが、そのグループは四人五脚での走りも速く、マットの前でも止まることなく、倒れこむように前転を決めた。その速さと言い、タイミングの一致具合と言い、実に見事で観客から一斉に歓声が沸きあがった。もちろん、マットからの立ち上がりもうまくいき、この瞬間に彼らは2位から1位へと踊り出た。

 私も高校のときの体育祭で同じような経験がある。その時は男女混合の三人四脚であった。実はこの競技にエントリーした覚えはなく、当日になって数合せでエントリーされているのを知らされた。実はそんな種目があることを知らなかったのだ。知っていたら、自らエントリーしていたことだろう。私は男性一人に両脇が女性という、男性にはラッキーパターンの組みになっていた。二人三脚であろうが三人四脚であろうが、二本の足を交互に出して進む限り、掛け声は「イチ、ニ。イチ、ニ」の繰り返しでしかない。いざ自分の番が来ると、両端からの思ったよりも小幅なストロークに転びそうになりながらも、約50メートルを一気に駆け抜けた。

 走っているときは夢中であったが、その日のホームルームで担任が我々の走りが観衆の歓声を得るほどの速さであったことを教えてくれた。男女混合の場合の問題点は歩幅が合わないことである。真ん中が男性の方が難しい気がする。逆の男性二人に真ん中が女性の場合は両脇からその女性が悲鳴とともに抱きかかえられ、股割き状態で運ばれていくことが多い。「なぶる」という漢字を思い出した。嬲る。

(秀)


第279話 〜2000/6/8〜

■オブッチャン

 予定通りと言うべきか、衆議院が解散した。しかしこの予定と言うのは、森総理によって決定されたに過ぎない。小渕前総理が健在であったとすれば、おそらくサミットの終了まで解散はなかったことだろう。それが小渕氏の入院となった途端に6月25日投票に向けた解散が早速決まってしまった。奇しくもこの投票日は小渕氏の誕生日だというところからすると、この時点で「弔い合戦」や同情票を狙っていたと勘繰るのも自然な発想と言えるだろう。記憶をたどると、一匹目のドジョウ、大平総理の死去とそのときの総選挙からもう20年も経つ。

 さて、解散が予定通りか否かは別として、選挙の争点はここに来てにわかに変化した。野党は「神の国」や「国体」発言による森総理の資質を問題にしている。確かにこの点において総理の支持率は大きく急落した。それに対し、自民党は「サミットの成功と景気回復への選挙」を掲げている。しかし、本当の選挙の争点はそんなことではない。まず第一は、自民・公明・保守の3党による連立政権の是非を問うことである。そして二点目は、今のような、ばらまき型の財政投資に依存し過ぎた、景気回復策の是非を問うことである。これほど大幅な財政投資を行っても、景気好転への兆しが見えない。それどころか財政再建を棚上げにし、大幅な赤字を後世に残すに至った。これらが今回の選挙の本当の争点だと思う。しかし、このような争点があるにも関わらず、揚げ足とりに終始し、積極的な政策提示をしていない野党にも困ったものだ。

 小渕氏の死去により、群馬5区では彼の次女が立候補を表明している。その会見の際に彼女は「尊敬する政治家は父親で、彼の政治的意志を継承する」旨述べていた。困ったものだ。死者に鞭打つことはタブーとされる風潮があるが、彼が公人であったことを理由に敢えて言わせてもらおう。具体的な数字がなくて心苦しいが、彼が総理任期中に発行した国債の額はまさに前代未聞で、「世界一の借金王」とも揶揄された。しかし、それでも景気は遅々として回復の兆しが見えない。「我亡き後に洪水は来れ」。その通り、小渕氏は亡くなってしまった。洪水はいつ来るのだろうか?。とりあえず投票には行こう。

(秀)


第280話 〜2000/6/9〜

■モニター調査

 だいぶ前(4年ぐらい)の話になるが、公園で子供と遊んでいたら、一人の老婦人が私に声を掛けて来た。これで相手が複数や子供連れであったりしたら、宗教の勧誘という確率が高いが、今回はそうではなさそうだ。全くの余談であるが「エホバの証人」をずっと私は「エホバの商人」で物売りの集団だと思っていた。さて、その老婦人はいわゆる世論調査の調査員(おそらくバイトかパート)をしていて、ある人のところを訪ねたが留守なので、モニターの人と年格好が近そうだということで私にモニターの代理になって欲しいということであった。「図書券とテレフォンカード、どっちが良いですか?」。早速質問かと思いきや、モニターの謝礼はどっちが良いかというお尋ねだった。

 冒頭、世論調査と言ったが、正しくは新聞やテレビ局といった、マスコミからの調査依頼ではなく、広告代理店かマーケティング会社が行っているモニター調査であった。スポンサー(調査依頼元、クライアント)も数社相乗りで、質問の数も相当多く、謝礼を単価割りすると一回答20円ぐらいになってしまう。調査の中身はこんな質問であった。「これからパソコンのメーカー名を読み上げますから、知っているか、知らないかを答えて下さい」と言って、おばさんは質問を始めるが、おばさんには馴染みのない名前ばっかりでうまく読めない。しょうがないので、その原稿を見せてもらい。「ここにあるのはみんな知ってます」と答えて、この質問は終わった。

 続いては、チョコレートの質問。「チョコレートをどのくらいの頻度で食べますか?。自分で買いますか?。買うときのポイントは何ですか?」といった質問が回答の選択肢とともに読み上げられる。次にパッケージの包み紙を見せられ、質問が続く。「この商品を知っていますか?。食べたことありますか?」といった、具体的な商品向けの質問である。しかし、嬉々としてチョコレートを買っている歳ではない。「子供の頃は確かに買って食べたけど」。というわけで、話はタイムスリップし、次回「チョコレートの話」へとつづく(予定)。

(秀)


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