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第336話 〜2000/9/1〜

■転校生

 転校生は人気者である。それがいつまで続くのかは分からないが、瞬間的にはクラスの注目を集めることができる。新学期が始まった。教室では夏休み中のことでワイワイガヤガヤ。とりえずここは小学校なので夏休み中に急にデビュー(意味分かるよね)したような子はいない。「いつもより先生遅いなあ」、なんて思っていた時にクラスではお調子者で賑やかな友達が「転校生だ!、転校生だ」と駆け込んで来た。一斉に廊下に顔を出すと、先生の後ろに隠れてその姿は良く見えないが、明らかに子供の存在は確認できる。

 先生に連れられて来たのはやはり転校生だった。先生が黒板にその子の名前を大きく書く。「今度、お父さんの仕事の都合で転校して来た、....」。「お父さんの仕事の都合」。少年(秀)にとっては馴染みのない言葉であるが、この手の理由で転校して来る子は結構転校慣れしていたりする。休み時間にはその子を取り囲んで、早速質問タイムが始まる。こんな感じで転校してきた場合は人気者になれるが、それに引き換え、去っていく側への注目は、あっという間に衰退してしまう。まあ、別のところでは転校して来た側として扱われるから良いか。

 さて、本稿を読んであなたが思い出した転校生は今頃どうしているだろうか?。自分が転校した時のことを思い出した人もいるだろう。転校した場合は、夏休みの宿題とかやらなくて良いのかな?。

(秀)


第337話 〜2000/9/4〜

■カードゲーム

 かつて少年だった私にも理解不可能な子供の遊びがある。カードゲームというものである。「遊戯王」カードゲームが今流行っているようだ。基本はカード5枚が袋に入って150円で売られている。実は私の長男も集めている。ただ彼はそれでゲームをやるのではなく(おそらくルールを知らない)、奇麗なカードを集めることを目的としているようだ。しかし、150円でカードを買い続けてもそんな良いカードが立て続けに出て来るわけではない。自分の小遣いであるから基本的にどんな使い方をするかは本人の勝手だが、その原資を稼いでいる立場としては、そんな紙切れに金を使われては良い気分ではない。

 カードは袋売りだけではなく、正規ルート以外でバラ売りされている。正規以外のルートとは祭りの夜店だったり、カードショップだったりする。夜店ではレアカードを餌にくじで子供達の金をかき集めている。しかし、こんなくじなど八百長でしかなく、飾られている超レアカードが当たることはない。その点ではカードショップの方が良心的であるが、数千円や一万円を超えるカードもあり、尋常な状態とは言い難い。カードゲームの全国大会の優勝者に賞品として与えられたカードがインターネットで350万円で売りに出ているそうだ。

 こんな加熱ぶりがテレビで伝えられていた。取材を受けた小学生はカード歴3ヶ月の新参者でありながら、カード集めに既に10万円以上もつぎ込んでる。金にものをいわせ、カードショップでレアカードを単品買いしていた。親も放送に出ていたが、臆面もなく出て来るところからして、この親にしてこの子あり、といった親子であった。ただ、「金さえ出せば強くなれるようなところが良くない」といった、この親の意見には同感である。確かに人生というゲームは金を持った者が最終的に勝利するかもしれない。だからと言って、小学生のうちからゲームでこんな現実の縮図を実体験するのは寂しすぎる。テレビはそのカードショップでの大会で締めくくられていたが、取材の小学生は隣街からやって来た少年に途中で負けてしまった。人生ゲームにもこんな逆転劇を期待していたりする。

(秀)

from.ちゃんいつ
from.j-maindさん

第338話 〜2000/9/5〜

■作りおき

 仕事で外出したときは駅でカレーを食べることが多い。東京駅や新橋駅の構内にある、JR経営のカレースタンドである(新橋駅のものはエレベータ工事のため現在はない)。時間がないときは助かる。値段もリーズナブルだし。オーダーはハンバーグカレーと決まっている。東京駅のものは値段も多少高いためか、ハンバーグも普通の大きさである。それに引き換え、新橋駅の場合は半分ぐらいの大きさで、まるでお弁当用のハンバーグのようである。まあ、安いから仕方がないか。

 かつての新橋駅のカレースタンドのメニューにはスパゲティーもあった。ただしこれはいただけない。私の後に入って来た人がスパゲティーをオーダーした。すると店のおばさんは冷蔵庫から袋に入った麺を取り出すと、それをレンジに入れ、チンしだした。本格的なパスタの店のように「それから麺を茹でろ」、とは言わないが、せめてこのようなことは客からは見えないところでやって頂きたい。

 ところで、こんな話はもっと身近にもあった。自宅での夕飯にほうれん草におひたしが出た。しばらくは何の疑いもなく食していたが、ある日その舞台裏を見てしまった。実は冷凍食品だったのだ。確かにわずかな量を準備するには便利であるのは確かだ。不覚にも味覚で冷凍食品であることを見抜けなかった。食卓に出てきたほうれん草が冷凍食品であったことよりもこっちの方が悔しかった。冷凍食品に、いったいどのくらいのバリエーションがあるのか分からないが、業務用までとなると相当な範囲にのぼることだろう。いや、それどころではない。あなたの今日の夕飯、さっきまで惣菜売場に並んでいたものかもしれないよ。その肉じゃがも。

(秀)

from.カバティ

第339話 〜2000/9/6〜

■森君のボランティア観

 「小中高生に奉仕活動を義務化?」という報道が目に飛び込んで来た。首相の私的諮問機関である「教育改革国民会議」がこのような方針を出し、政府与党が次回の通常国会に提出するというものであった。彼らはいったいどのような活動をするのだろうか?。清掃、看護、自衛などという言葉も出ていた。街が奇麗になり、その姿を見た大人達がタバコのポイ捨てを止めてくれるようになればそれは素晴らしい。しかし、看護などは受入れる現場の負担がかえって大きくならないか?。少なからず現場でのトラブルが起こりそうな気もする。

 そもそも奉仕やボランティアというのは自発的な参加により成り立っているはず、それを義務にしてしまっては本当の奉仕活動やボランティアの有り難みが薄れてしまいはしないか?。このことは記事の中にも法制化を問題視するような意見として書かれてあった。それに「教育改革国民会議」とは何とも仰々しい名前であるが、首相の私的諮問機関が国民会議とはチャンチャラおかしい。ノーベル賞受賞科学者が座長でありながら、この程度の検討で教育改革が可能とでも思っているのか?。そのニュースでは教育改革をテーマに森首相の積極姿勢をアピールするのが目的、とも分析されていた。要は積極姿勢が示せれば何でも良かったということなのか?。彼の考える教育改革はそれだけで「戦前教育の復活」という雰囲気が漂ってきてしまう。「教育改革」を高らかに唱えながらも彼にはもう一方で、買春疑惑。赤っ恥をかく結果にならなければ良いが。

(秀)

from.Miyoさん

第340話 〜2000/9/7〜

■最寄り駅

 「どこに住んでる?」、「どこに住んでますか?」と聞かれることがある。別の会社の人との酒の席でこんなことを聞かれることが多い。一応答えるが本心では「そんなことを聞いてどうする?」と思っているので、答えた後にその相手に聞き返したりはしない。会話の糸口にとでも問い掛けたのだろうが、これで会話は途切れてしまう。

 暗黙の了解として、「どこに住んでる?」と聞かれると東京近郊の人は最寄りの駅を答えることになっている。これは生活に電車がとても密接に関係していることと、街が駅を中心に構成されていることによる。そこで、「三軒茶屋」、「自由が丘」という回答は、「あのあたりに住んでいるんだな」というイメージができる。これがマイナーな駅だと沿線の名前を付けなければならなくなる(具体例省略)。ちょっと雰囲気は違うが「三鷹」、という答も非常に範囲が広くなるが最寄り駅がそうなら良いだろう。最寄り駅には単に距離感だけでなく、「田園調布」、「広尾」、「成城」(しかも実家)などという回答にはステータスも含まれていたりする。

 ところが「横浜」という回答はいかん。おおよそ、横浜駅が最寄り駅の人はいないだろう。最寄り駅がそうなのか?、と聞くと、「そこからまた乗り換えて、...」なんて言い出す。中には横浜駅を経由しないケースもある。不思議と横浜(市)に住む人は「横浜」と答えるケースが多い。これを東京に当てはめると可笑しさが実感できるだろう。「どこに住んでる?」、「東京」。もし、何の臆面もなく東京駅が最寄り駅と答える人がいるとすれば、それは天皇家か?。いや、もしそうなら「二重橋前」というのが正しい最寄り駅かもしれない。決して利用することはないだろうけど。

(秀)


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