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スティーブとはスティーブ・ルカサーのことである。アメリカのTOTOというバンドのギタリストである。約20年前にデビューしたバンドであるが、現役である。私が高校生のときにグラミー賞のアルバム賞やシングル賞(ともに賞の正式タイトル名称ではないが)などを総なめにした。先日彼らが来日した際に出演していた、深夜放送を目撃したが、彼もすっかりおじさんになっており、道ですれ違ったとしても気がつかないほどの変わりようであった。髭まで生やし、その風貌を分かり易く伝えるとすれば、「ムトゥー 踊るマハラジャ」のあの人のようになっていた。
しかし、私にとっては神である。そしてその神が夢に現れ、私にお告げをしたのである。都合が良いことに英語を聞き取ることなどは不要である。日本語だったという記憶もないのでテレパシーでの会話だったような気がする。「自分のオリジナルモデルの(エレキ)ギターを買え」という内容のお告げであった。目が覚めてから手掛かりを探そうにも困ってしまった。何しろ、15年ほど前にわずかながらに生産されたものである。おぼろげな記憶で雑誌に出ていた広告のことしか覚えていない。幸いメーカーは分かっていたが、当時そのギターが幾らで販売されていたのか分からない。第一、実物はおろか、その広告以外にその姿を見たことがないのだ。けど、神のお告げは守らねばならない。
とりあえず、当時の音楽雑誌を古本屋にて探そうとした。目指すは「ロッキンf」。けど見つけることはできなかった。結局またインターネットに頼ることとなった。「また」というのはその数ヶ月前にも、ずっと欲しかったギターを見つけだし、手に入れていたのだ。結果、あっさり見つかってしまった。これも神の力か?値段も5万円と無理ではない金額であった。まもなく送られて来た、スティーブ・ルカサーモデルのギターを手に神との約束が果たせ、しばらくは非常に楽しかった。夢での話は本当だが、私は神とかお告げとかのオカルティックなことは全く信じていない。単に思いつきで買いたい理由のこじつけだったようだ。この他にも同様の話でオスカー・バルナックという神様もいる。その話はまたの機会に。
(秀)
from.Doiさん
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宇多田ヒカルのファーストアルバムが爆発的なセールスを記録している理由の1つに「詩の内容が良い」という声を聞くことがある。同年代にはシンパシーを与え、それよりも上の人々にも16歳の原寸大の感覚というキーワードで称賛する人々が多い。プロデューサーの金髪お父さんも「できるだけ普通の16歳の生活を送らせたい」ということでメディアへの露出も抑えている状態である。ところが彼女の歌を聞いただけでは正しく聞き取れない詩の部分がある。私だけだろうか?歌詞カードを見て初めて、何と歌っているのか、ようやく分かるところがあった。
また、ボキャブラリーがないために理解できない部分もあった。ある曲に「フェイクネイル」というワードが出て来る。辞書で調べると「fake=嘘の」とある。どうやら付け爪のことのようだ。私達の年代で、また男性で一体どのくらいの人がこのワードがを理解しているのであろうか?分からない歌詞はさらに続く、「エクステンション、髪に飾って」と。おそらく、髪飾りの一種だろうとは思うが、このエクステンションが何かはまだ分かっていない。
ベッドの枕元には目覚しとCDプレイヤーがある。曲を聞きながら寝入ってしまうこともしばしば。最近は「Harvest(アーティスト名)」を聞いている。あまり騒がしい曲は良くない。「VAN HALEN」等聞いたら寝付けなくなってしまう。という訳で、昨日からは「Double」を聞いている。あのアクシデントから急に聞いてみたくなった。ZAKZAKのページで彼女達を称える言葉として、「抜群のハーモニーとフェイク」という言葉が使われていた。「フェィク」?、彼女達は偽物か?再度辞書出調べると「ジャズなどを即興的に変化させて演奏すること」と記されていた。「アドリブ」ってやつですね。しかし、生ではもう、そのフェイクに接することができないとなると非常に残念である。できれば、もう一人妹がいるそうなので、彼女と新生「Double」を結成してもらいたい。「このCDの評価?」。途中で寝ちゃったから分からないよ。
(秀)
※「エクステンション」とは髪に飾る付け毛のようなもので、派手な色が蛍光塗料で着色されたもの、と判明しました。
病気で学校を休んだりすると、退屈でしょうがない。テレビを点けても、子供にはワイドショーなど興味がない。唯一の救いはNHK教育テレビである。「○年生の理科」や「大きくなる子」なんて番組が当時あった。そして、忘れてはならないものに「はたらくおじさん」というのがあった。カンちゃんとペロくん(犬)が気球に乗って移動し、色々な職業の仕事ぶりを紹介する15分番組だ。やはり絵になり易いからか、工場での生産風景というのをよく見た。それと、制服での仕事、警察や消防、郵便、電車なども見たような気がする。しかし、社会の多数派である、ホワイトカラーの仕事は見た記憶がない。子供達には会社員のお父さんがどんな仕事をしているかに関心があるだろうに。
これは小学2年生の社会科向けの番組であった。現在は小学1、2年生では理科と社会を合せて、生活科という科目になっているので、この番組が現存するかは知らない。ただ、働いているのがおじさんばかりでないことや女性の地位向上からか番組タイトルが「はたらくひとびと」に変更されたらしい。
確かに熱心すぎるほど、働き過ぎている女性もいる。もらったメールのタイムスタンプが深夜の12時近いこともある。まだそのころまで会社にいるわけである。働き過ぎには気をつけましょう。
先日、仕事中につきあいのある会社の営業の人(女性)がアポなしで私を訪ねて来た。新顔の女性と2名で。こういうシチュエーションは結構ヤバイ。過去の経験によると、「新しい担当者を連れて来ました」となることがある。ドキドキした。その後に「私は今月一杯で...。」語尾はうやむやながら、会社を辞めるケースが多々ある。今回はついでの立ち寄りということで、そういうことではなかった。やれやれ。けど、それ以上に自分の人事異動が気になる時期でもある。
(秀)
from.あやこさん
from.なぎさん
会社によくテレセールスの電話がかかってくる。先日も「マンション投資での節税と貯蓄の話です」という電話であった。「節税と言っても『住宅取得控除』で所得税は全額還付されてます」と言っても、「住民税の還付の方法もあります」と熱心なので、通常なら電話をすぐ切ることにしているが、とりあえず今回は会って話を聞くことにした。本当のところは金儲けよりもそのセールスマンがどのようなセールスを行うのかに興味があった。先方は有力見込みだと思ったのか、当日の朝にも約束の確認をしてくるほどの熱心さであった。
金儲けのカラクリとはざっとこうである。まず、マンションをローンで買い、それを他人に賃貸する。月々のローン返済は家賃収入とほど同じ程度であるため、家賃収入をそのまま返済に充てる。これで自分の持ち出しはなく、最終的にはそのマンションが手に入る。これが貯蓄の側面である。一方、家賃収入を得るには経費が必要となる。マンションの管理費やローンの利息、減価償却費、取得費用や固定資産税も経費になる。これにより数字上は家賃収入よりも100〜200万円の赤字を出すことが可能らしい。これらを確定申告すれば、仮に500万円の課税対象の人もそのうちから赤字分の200万円が控除され、課税対象は300万円となり、差額の取得税と住民税が返って来るというものだ。
それでざっくり年間に30万円程度の節税と20万円の貯蓄が可能となるらしい。ところが、である。私の場合、『住宅取得控除』のため取得税の納税額は0円のため、それほどの節税の恩恵はない。せめてプラス数万円ぐらいだろうか。それよりも気になるのはローンの方である。1,700万円の中古マンションを30年ローンで買え、と言う。節税と貯蓄と言いながらも実際に手にできる金は税金の戻り部分だけである。この計画を10年やるとして手にした儲けは300万円である。10年後にマンションを売るとして、評価額が300万円以上下がっていたら最終的には赤字である。貯蓄の数字が見掛け上たまっていても何の意味もない。独身者向けの物件のため、売り惜しんでも自分で住むことは困難である。30万円づつの収入を得続けるかもどうも怪しい。経費として控除されると言っても実際にお金がかかる部分もある。
相手の望みを断ち切るトークはこうである。「こんな御時世ですから、お互いの会社が今後どうなるかは分かりません。高々年間30万円の収入のために30年ものローンを抱えるのは心理的に絶えられない」と伝えてお引取り願った。
(秀)
from.恩ちゃん
近くの中学校の運動会(体育祭)に行ってきた。別にその学校を卒業したわけでも、身内が通っているわけでもない。普通の市立中学校で「お受験」の対象校というわけでもない。
着いたときには障害物競走が行われていた。スタートの時点で各自、布切れを持っている。途中に物干しがあり、そこにその布切れを干すだけの単純なものであるが、干すか干さないかは各自の判断である。物干しを過ぎ、しばらくすると、「今日の天気は?」とのアナウンスがあり、それに対し、「晴れ!」または「雨!」のプラカードが挙がり、それがアナウンスされる。その天気によって、晴れなら布切れを干さなければならないし、雨なら干してはならない。逆の判断をしていたら、物干しまで戻らなければならないのだ。各回の天気はくじ引きで決めているが、教育現場でこのような丁半博打をモチーフにした障害物競走が行われているとは意外であった。極めてギャンブル性が高い競技だ。白い布切れをヒラヒラさせてゴールへ走る姿は集団下着泥棒を見ているようでもあった。
それにしても、プログラムに並んでいる競技名のセンスがペケである。さらしものにしたいと思い、コラムのタイトルに拝借してみた。全体的にいわゆるオヤジギャグのレベルである、と言うか、駄洒落自体すべてをオヤジギャグと言って、社会的に言葉の洒落というものの地位を下げてしまったようだ。笑いの分野から抹殺されてしまっている気がする。
この中学校での女子の体操着はブルマーではなく、短パンであった。色々な理由によるものだろうが、ドラマ「リップステッィク」の広末涼子のような格好である。もちろん顔は違うが。
(秀)
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