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第476話 〜2001/4/1〜

■私の履歴書

 私がこうしてインターネットを媒体に日々コラムを書き続けている動機は、そもそも「私の履歴書」にあった。日経新聞の最終面に連載されている、財界人や著名人たちが自分の半生(ほぼ一生だったりもするが)を自らがエッセイとして1ヶ月にわたって綴るコーナーである。まあ、どのくらいの読者がこのコーナーにまで目を通しているかは分からないが、書いている側の一生懸命さは文面から読み取れる。

 この連載を引き受ける人はそもそも文章を書くのが得意なのか、1ヶ月間の文量となると相当におよぶし、公の新聞で発表するからにはあまり稚拙な文章を書くわけにもいかない。おまけに結構忙しい身分の人ばかりである。偉い人は偉い人なりにゴーストライターを使ったりしているのだろうか?。もし私がこれから大成し、日本経済新聞社からこの「私の履歴書」の執筆依頼がきたら、自ら面白おかしく、この原稿を書くために、その練習として日々のコラム執筆を思い立ったわけである。

 このコーナーは文筆を生業としていない、財界人などが登場することが多い。私がこのコーナーでの執筆を果たすための計画としては、まずは今の会社で社長になることがその第1ステップである。そして、業界団体の役員などを歴任し、勲章をもらえるほどになれば、実現の可能性は高まる。このために、貯金がまとまった額に達する度に、その金で自社株を買い続けている。ここのところの株安で資産額は目減りし続けているが、手放す気がないので気にはしていない。むしろ安く多くの株が買える今は好都合である。

 さてさて、今日は休日にもかかわらず、新年度の最初の日ということでこんなコラムを書いてしまった。だってこんな話は年に1度しか書けない。今日は何の日?。

(秀)


第477話 〜2001/4/2〜

■定年退職

 この3月に2件の定年退職に接した。1件は小学校の校長先生、そしてもう1件は会社の副部長である。校長先生にはPTAの役員らと送別の席を一席設け、平日にも拘わらず、日ごろ飲み歩くことの少ない奥様連中も引き連れ、日が替わるまで盛り上がった。そして、30日には小学校での辞校式でお別れの挨拶をしてきた。この両日を通して、「教師って良い商売だなあ」と思った。サラリーマンが転勤や退職の際にこれほど多くの人が別れを惜しんでくれることはない。先生にとって、生徒やその保護者はある種お客さんである。サラリーマンの場合、取引先が一席設けることは稀にあるかもしれないが、別れの場に花束等を持って、多くの人が駆けつけたりすることはまずない。これに対し、副部長の場合は定年後も再雇用として、しばらくまた、ともに仕事をするだけにお互いにさばさばしていた。

 送別会の席での校長先生に送る言葉は、「自分の場合、定年なんてピンと来ないんです」に始まって、「こんなに多くの人に集まってもらえるなんて、教師って良いですね」と言った。確かにあと25年すれば私も定年を迎えるわけだが、その頃は60歳よりも早い定年が一般化しているかもしれないし、実際はそのあとも多くの人が働いている世の中かもしれない。

 私の好きな劇団「ラッパ屋」の芝居の中に「うなぎの出前」というのがあって、その中で定年離婚が描かれている。亭主の定年退職を機に妻は離婚を告げ、男とともに去ってしまう。亭主はやけくそになって、退職金でポルシェを買って、キャバクラ遊びに興じる。一見悲惨に聞こえるかもしれないがそうではない、亭主はこれまでにないほど生き生きとしてくるのである。結局この芝居のテーマは「やりたいことをやれ」ということだったと思う。離婚した妻に対してもそうだ。定年などと言って、枯れてばっかりはいられない。その時、私はそれだけのエネルギーを持ち合わせているだろうか?。けど、やっぱり、私には今もってピンと来ない。

(秀)


第478話 〜2001/4/3〜

■色を点けてくれ

 最近の私の通勤途中に聞く音楽は、ヒッキーでなければ、あゆでもなく、「ロンバケ」である。'81年にリリースされた、大滝詠一の「ロングバケーション」がこのほど20周年記念として復刻リリースされた。20年前にアナログLPで一世を風靡したこのアルバムは、日本で最初の音楽CDとしてリリースされ、つい最近でも「CD選書シリーズ」として販売されている。

 復刻版としてこの度リリースされたのは、インストゥメンタルのボーナストラック9曲が付いた事とマスタリングをやり直して、よりクリアな音になっているとの事。あいにく、リマスタリングの効果は私の耳では聞き分けきれなかったが。2,001円という半端な値付けは大滝氏流の2001年に掛けた洒落のつもりなのだろう。

 私にとってこのアルバムは80年代を代表する珠玉の一枚と言える。あれからもう20年。相変わらず、永井博氏のイラストのジャケットは今も色あわせていない。当時の若者達の車には必ずこのアルバムのカセットテープが乗っていたらしいが、当時中高生だった私にそんな色付いた思い出なんかない。雨が降った日の英語の授業中、斜め前の席の女の子と、その先の中庭で雨に濡れた芝をぼんやりと眺めていた。決まって、頭の中では「雨のウェンズディ」がこだましていた。やはり、思い出はモノクロームだなあ。色を点けてくれ。(「君は天然色」の歌詞に従い、「着けてくれ」ではない)

(秀)


第479話 〜2001/4/4〜

■日米対抗ローラーゲーム

 この話題が通じるのは30代半ば以上の人かもしれない。今から25年以上は前のことだと思う。土曜日の夕方に「日米対抗ローラーゲーム」という番組がテレビで放送されていた。文字通り、ローラースケートのゲームであるが、中身は格闘技の要素を持っていた。スケートは今のインラインやブレードと言われる形ではなく、かつての片足4輪のローラーが付いたシューズである。

 ゲームはざっとこんなルールだった。コースは1周が50メートルぐらいのトラックで、コーナーにはもちろんバンク(傾斜)が付いている。そのコースの上を5人1チームの合計10人がグルグル回っている。チームにはヘルメットが2個与えられており、このヘルメットをかぶっているプレーヤーがポイントゲッター(ジャマーと言うらしい)となる。ジャマーはゲーム途中でもヘルメットの受け渡し(もちろん走りながら)で適宜交代が可能である。このジャマーが相手チームのプレーヤーを1周1人追い抜くことで1点加算されるという、それだけの単純なルールである。  日本チームの名は「東京ボンバーズ」。現在でもひっそりと活動しているらしい。相手の米国チームの名は忘れたが、決まって反則をする悪役の大柄な選手が登場していた。肘打ちや相手を押え込むようなことは認められていたが、あまりにもひどい反則にはトラックコースの内側に設けられたペナルティボックスに待機し、しばらくの時間、試合には出られなくなる。勧善懲悪型のまるで昔のプロレスそのまんまの雰囲気を持ったスポーツであった。子どもながらに反則を繰り返す外人プレーヤーに毎回怒りを感じながら、東京ボンバーズを応援したもんだ。

 プロレスがゴールデンタイムに週に2日、キックボクシングも毎週テレビで放送されるような血気盛んな時代の話である。けど、周りでローラースケート遊びは流行らなかった。

(秀)


第480話 〜2001/4/5〜

■メルマガの可能性

 随分以前、産経新聞からメルマガの件で取材を受けた話(第397話「新聞取材を受ける」)を書いたが、その後何のフォローも書いていなかったので、今回はその話を書こうと思う。新聞には確かにその週末に首都圏限定で記事が掲載され、私が電車の中でコラムを書いている後ろ姿の写真も載っていた。しかし、記事の中には約1時間掛かって喋ったことがほとんど載っていないし、要はメルマガ発行者であれば取材相手は誰だって良かったような記事に仕上がっていた。

 記者の頭の中ではあらかじめ記事として書きたいことが決まっていたようで、それに従った質問の部分しか記事になっていなかった。その中の1つに「プロ(の物書き)になりたいですか?」という質問があって、私は迷わず、「ノー」と答えた。このことが先方の期待に沿わなかった様だ。本当は「プロを目指しています」という答を期待していたのだろう。相手の頭の中では「プロを目指す=高尚」、「プロを目指さない=素人の道楽」とでも思っているようで、記事の文面からその雰囲気が伝わってきた。「他に面白いことができれば、いつでもやめる。手軽にできるのがいいところ」という新聞に載った私の発言を読めば、読者もきっとそう思うに違いない。確かにそういう発言はしたが、記事の前後関係から、私がいい加減な気持ちでメルマガをやっているように読めてしまう。

 私がプロを目指さない理由として、「サラリーマンの視点からコラムを書いているので、そのためにはサラリーマンでなくてはならない」と答えたが、本音はそんなことではない。記者はメルマガがプロの物書きへの登竜門となり得ているかを取材したかった様な気がする。中にはプロを目指して、メルマガを続けている人もいることだろう。しかし、仕事を捨てて、いや、正しくは現在の収入を捨ててまで、それができる人がどのくらいいるだろうか?。私の場合は扶養家族を抱えた状態で、今の生活基盤をなくしてまでプロを目指すなど、あまりにも無謀でしかない。今の収入を物書きとして得るのはかなり難しい話である。

 メルマガが物書きへの道の1つとして機能し、より手軽に作品が発表できる媒体として存在することは事実であるが、単にホームページの延長としてメルマガを発行している人の割合がプロを目指している人よりも多いはずだ。また、目指す、目指さないは勝手であるが、すそ野が広がったことで、インターネット作家が玉石混淆であることも事実である。もちろん、目指すだけでプロになれるもんでもない。

(秀)


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