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私の生活の中にコンビニが入り込んで来たのは高校生の時だから、約20年前という事になる。弁当をそのまま電子レンジで温めることと各商品のバーコードをスキャナペン(当時はそうだった)でなぞると商品単価が入力されるPOSレジには驚いた。それ以来、コンビニはすっかり生活の中にとけ込んでいる。今のマンションに越して来た当初は歩いて行ける距離にコンビニがなく、調味料が切れていた時などは大変であったが、しばらくしてすぐ近くにでき、大変重宝している。
ますます便利になっていくコンビニの変化には驚かされる。携帯を売っている店やATMマシンを置いている店も登場した。しかし、どちらかと言えばこのような店は新興のチェーンで、大手は本業の物販を大事にし、奇をてらう様なことを仕掛けて来ることは少ない。いろいろとサービスが増えると店員も大変だろう。コピーの紙詰りやATMの操作説明などのために、弁当を握ったまま長い間レジで待たされるのも困る。サービスそのものから得る利益よりも、サービスのついでに買い物をしてくれることを目論んでサービスを拡充しているのだろうが、こんな状態では、客を待たせる店から自然と客足が遠のくことになるだろう。
一方、インターネット通販の普及によるコンビニへの新たな期待というのも登場して来ている。「留守がちなため、商品をコンビニ受け取り、代金の決済もそのときにできれば...」、というものである。確かにこれは便利である。しかし、私がコンビニ会社の経営陣であったら、こんなサービスの提供には反対する。理由は「儲からないから」。通販の商品を預かるとなると、その分のスペースが必要だし、いろいろと手間や面倒が増える。コンビニは限られたスペースを有効に利用するため、陳列商品の入れ替えを頻繁に行っている。単位面積当たりの収益に非常に敏感な業種なのである。通販商品の預かりサービスでこの収益率が下がるのは明らかである。大手のコンビニがATM設置よりも本業の物販を大事にしている事情もまさにこれだと思う。
(秀)
春モデル、夏モデルなど、そもそもの季節感には全く関係ないが、商戦のためにパソコンは大きく年に3回(確か、秋モデルはなかったはずだから)のモデルチェンジと新製品ラッシュを迎える。よって、めでたく新製品を手に入れたにしても、それが最新機種であるのもほんの3、4ヶ月のことでしかない。クレジットやローンで買うと、払い終わった頃には、もう次の機種が欲しくなってしまう。
いざパソコンを買うとなると、やはり情報源は雑誌ということになるだろう。どれもその時期には盛んに新製品の特集を組んだりしている。しかし、実際に店頭まで足を運んでみても、肝心の新製品が並んでいないことがあったり、その横で旧モデルが大幅値下げで売られていたリする。加えて、オープンプライスとは実に困ったもので、ちゃんと調べていないと高いものを買わされたり、値段に気を取られていると旧製品を掴まされることにもなりかねない。新製品の普通ぐらいのグレードのものと旧製品のかつては上位グレード機が、今は同じ程度のスペックで同じ程度の値段で売られていても、どっちが新しいのか見抜けないかもしれないからだ。
実は私も新たにノートパソコンを欲しいと思っていて、秋葉原をさまよっていると、「夏のボーナスで...」、などと誘惑に負けそうになるときもある。そんなときは「Windows XPが出るまで、Windows XPが出るまで」とおまじないを唱えて、堪えることにしている。Windows XPは今年の後半中にはリリースされるとのことなので、その搭載機というか、それように設計されたマシンは冬モデルということだろう。しかし、そのときにお金がなくて、値下がりした夏モデルや春モデルしか買えないかもしれない。だったら、Windows XP搭載機を買うためには、さらに半年近く待つことになるのか?。一般的には、「買いたいときが買い時であるはずだが」、いったい、私にとってのパソコンの買い時はいつなのだろうか?。買ってしまったときがそうに違いない。う〜ん、納得。
(秀)
鏡に映った姿が真のあなたの姿とは限らない。「左右反対だから?」。そんなことではない。鏡の中のあなたは普段よりもいくらか美人で、可愛く、格好良く、そして立派な姿のはずである。こんな話が、とあるエッセイに書かれていた。特にその数字に根拠があるわけではないだろうが、その度合は「5%増し」と記されていた。鏡で自分の姿を見ているときは、誰もが一生懸命に良い顔を作るだろうし、見栄えの良い角度もちゃんと心得ている。よって、このことで得られる効果が5%増しだという説明である。納得。
一生懸命に髪型を決めてもどうも思うようにならない。眉が変。前髪を切り過ぎた、などと鏡の前で悩むこともあるだろう。ところが、そんなことが気になっているのは自分だけだったりする。とりあえず、言ってみて、「ううん、変じゃないよ」と言われるのを期待してみたりするが、所詮他人ごとでしかないし、あなたが思うほど周りの人はあなたの前髪や眉までなんて気にしていない。
写真映りが良い、とか、悪い、というのも鏡の話の応用型だと思う。要はシャッターを押される瞬間にいかに自分を鏡の前の如く、良い顔を作り、お気に入りの角度が実現できるかである。「写真映りが悪い」、と言っているのは、それが普段の自分の姿だと気付いていない人の言い訳なだけだったりするわけだ。
(秀)
その誘惑は丑三つ時の真夜中に、電波に乗ってやって来た。溜りに溜まった、テレビ番組を録画したビデオを片付けるには、あるものは諦め、その残りをただひたすら見るしかない。この状態が続いて夜も更けて来ると、気分が不思議とハイになってくる。テープを入れ替える途中に画面に現れた、放送中の名も知らぬ洋画に見入ってしまったり、テレビショッピングの派手なデモンストレーションにうなずいてみたり(まではしないか)。
そして、今回はその誘惑にまんまと引っ掛かってしまった。テレビショッピングで紹介されていた腕時計が欲しくなってしまった。ギミックが面白いクオーツの腕時計である。早速、買うための算段に入っている。どんなものかの詳細は入手できてからレポートすることにしよう。これでノートパソコンの購入プランは吹き飛んでしまった。
今度腕時計を買うときは「ブルガリアルミニウム」と決めていた(第113話「『欲しい』と『買いたい』」参照)にもかかわらず、ダークホースの登場でその順位は一転してしまった。結婚相手や就職先というのも意外とこんな感じの急に現れた予想外の候補に落ち着いたりする。人生を感じる夜でもあった。
(秀)
何かと「新しいものが良いなあ」、と思いがちである。パソコンは日々進歩し、しかも安くなる。バッグや財布なども使っているうちにだんだんとよれてきて、買い直す度に気分も新たになって、それだけでも満足感の一部を満たしてくれる。「女房と畳は新しい方が良い」という言葉も友人などの結婚式に出る度に実感させられる。
古いものには古いなりの良さもあるが、ただ単にそれを「伝統」という言葉だけで価値を認めてしまうのには常々疑問を抱いていた。アンティークなもので今日まで残ったものなどはそれなりの存在意義があって、残ってきたのであろうが、それが他人からの価値観の感染でしかなければ、単なる古いものでしかないような気がする。
今日は会社の帰りに銀座(正しくは有楽町)で途中下車した。真夜中の誘惑(第489話「真夜中の誘惑」参照)につられて、その時計の現物を見るために銀座の販売元のショップに足を運んでみた。話は目的の時計だけでなく、そのときしていた電波時計(第127話「電話時計」参照)の話にもおよんだ。実はこの時計を買ったのもこの店だった。
さすがに5年も使っていると表面のガラスに小さな傷が目立つようになってきている。「この表面のガラスは磨けますか?」と聞くと、「これはアクリルですから大丈夫です。磨けますよ」とその店員さんは答えてくれた。「しかし、良い感じの使用感が出ていますから、このままが良いですよ」と言ってくれた。確かにその時計は私にとってコレクションではない。やはり道具は使うのが一番良い。自分と一緒に道具も年を取っていくことがちょっとうれしく感じられた。
(秀)
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