私は4×歳のおじさんなので、
東芝とかナショナルの電気店のことは、よく覚えています。
クラスに一人、東芝の店の息子がいて、
彼は「東芝」と呼ばれていました。
一時、「光速エスパー」人形がほしくてたまらず、
彼と仲良くして、彼のうちに遊びに呼んでもらって、
エスパー人形に触らせてもらいました。
夜中に盗み出そうかと、真剣に考えたくらいです。
テレビではエスパーを見たことがなかったのに、
どうしてあんなにあの人形がほしかったのか、
今となっては謎です。
先日「禿」と間違えたとメールした者です。
今日は、どう見ても「禿」だったので、
「あれ?やっぱり禿でよかったのかな」と、
考えてしまいました。
私の勘違いを基に、早速おもしろい話を書いていただき、
どうも光栄です。
私は「かむろ」さんは知りませんが、
逢坂剛「禿鷹の夜」シリーズの主人公は
禿富と書いて「とくとみ」と読みます。
禿を「とく」と読ませる名字では「禿川(とくがわ)」
という人も、見たことがあります。
子供のとき、絶対からかわれたろうなと、
同情したくなります。
初めてインベーダーをやったのは、大学1年だったと思います。
友人と大学のそばの喫茶店に入ったら、見たこともないゲームがあったので、そのテーブルに座りました。
後に、喫茶店のテーブルがどんどんゲーム機になっていったのですが、当時はまだ珍しかったと言うか、インベーダーからあれが始まったように記憶しています。
とにかく「これはなんだ」と、早速100円を入れて、やってみました。
しかし、ブロックみたいなのに隠れて、撃ちまくるというテクニックがわからず、あっという間に全滅。
熱くなって何枚かの100円玉を使ったところで、「これはやめといた方がいい」と、冷静さを取り戻しました。
しばらく経って、全国に爆発的ブームがやってきたとき、彼と二人で「そうか、オレたちは出始めの頃にやったんだ」と、妙な優越感を感じていました。
すごいブームで、ゲームをできるような状態ではなくなったこともあって、インベーダーはそれっきりやりませんでしたが、たしかにあのときはすぐに熱くなったと、ブームになった理由を二人して納得していたものです。
続きを楽しみにしています。
昭和40年代はじめくらいまでは、子供の夏の飲みものはカルピスかラムネ。
サイダーは、お客さんが来たときくらいしか、飲ませてもらえなかったです。
お寺や神社参りをしたら、アメ湯(東京では「冷やしアメ」って言うんですか?)を飲んだりもしました。
それから、私はあまり飲んだことがないんですが、フルーツ牛乳も、特に銭湯では定番でしたね。
あの「玉押し(正式にはなんて言うんでしょう?)」、私が知っているのも、木でできていて、
井戸のポンプみたいなものでシュポンとやる、ここに書いてあるとおりのものです。
開けるときには気を付けないと、シュワワッと大量に吹きこぼれて、
もったいない思いをさせられました。
飲むときも、うまくへこんだところにビー玉を乗せないと、逆さにしても出てこない。
小さい頃は、飲むのに苦労しました。
ラムネは、カンやプラスティックではなく、ガラスじゃないと気分出ないですね。
あの冷たさとズッシリした重さが、子供心に充実感を感じさせてくれたのです。
麦わら帽子にランニングシャツ、虫取り網を担いだ子供が、ギラギラ照りつける太陽の下、
汗びっしょりでラムネを飲む、古く懐かしい、日本伝統の夏風景。
今では、サザエさんやちびまる子ちゃんくらいでしか、お目にかかれないかな。
ドンガ〜ンドンガラガッタ♪
国松様のお通りだい♪
「ハリスの旋風」に関して、忘れられない思い出を。
たとえば「6時からハリスの旋風」という具合に、
今晩の番組の放映時刻とタイトルを読み上げる、
短いスポット放送がありますよね。
それで女性アナウンサーが、抑揚のないぶっきらぼうな口調で
「ハリスのせんぷう、ハリスのせんぷう」と読み上げたんです。
そりゃたしかに「せんぷう」とも読むけど、
番組のタイトルくらい、きちんと押さえとけよなあ。
昔はおおらかだったんですかね?
今でも、あのぶっきらぼうな口調と
「せんぷう」が忘れられません。
私は6年間、木製の二人掛け机でした。
私が使っていた机は、真ん中に継ぎ目みたいなのがあって、
それで境界線が明確になっていました。
基本的に男女隣り合わせで座っていたので、
好きな女の子のときはいいのですが、
嫌いな女の子のときは、「この線を絶対に出るな」と、
厳しく監視して、ちょっとでも出たら、
「出るな」とうるさく言うし、足下に消しゴムを落としても、
「ここはオレのところだから、勝手に拾うな」と、
消しゴムを蹴飛ばしたりしていました。
木製の古い机なので、おっしゃるように
表面がデコボコになっていて、使いにくかったです。
そんなときは、下敷きを使ったりもしたと思います。
中学に入って、一人用のスチール机になったときは、
とてもうれしかったですが、
今になってみると、デコボコのあの机も懐かしいです。
私は椎名誠が好きなので、この事件に対して
彼がどういうコメントを発するのかに興味があります。
人の家庭・家族を危険に陥れて、「報道の自由」も
あったものじゃないと、ほんとに怒りを感じます。
あの雑誌も、硬派なオピニオン雑誌のふりをした、
しょせんは売らんかな主義の商業誌、
または北朝鮮の代弁者である、左翼系雑誌に過ぎない。
今回の事件で、化けの皮がはがれた感じです。
曾我さんも、いつになったら平和な暮らしが
できるようになるんでしょうね。
市議会議員クラスの選挙で不思議なのは、
本来は地域に密着しているべき、こういう地方議員を、
選挙のとき以外、全くと言っていいほど見かけないことです。
結局、地域密着=地縁、血縁なんでしょうね。
こんな顔を見たこともない人たちが、選挙のときだけ
かっこいい公約を掲げて、駅前で演説しても、
まったく興味を感じないのは当然だと思います。
口先で「政治改革」を訴えるのではなく、
日常活動そのものを見直してほしいと思います。
あれをなんと呼んでいたのか、忘れてしまいましたが、
「押し出し鉛筆」って、雰囲気出てますね。
クラスで最初にあれを買ったやつは、みんなに自慢そうにひけらかしていました。
嫌われ者のブスな女の子が買ったときに、
「生意気だ」と、取り上げられそうになったことも(苦笑)。
当時は削らなくて使えるということが、画期的大発明に思えて、
私も買ってもらったのですが、すぐに飽きてしまいました。
あれって、すぐに芯の先が丸くなるから、大した意味がないんですよね。
力を入れると、芯がめり込むし。
先ほどのブスな女の子は、取り上げられはしなかったけど、
男の子が寄ってたかって芯を押し込んでしまいました。
今にして思えば、ひどいことをしたもので(懺悔)。
そんなブームも、短かったですね。
シャープペンシルは、学校には持ってきてはいけなかったように思います。
まだ高価だったからでしょうか。
私は、父親からもらったものを、うちで使っていました。
当時は、後ろを手でひねって、芯を出す形式でした。
今のようなノック式のものが出たときは、
「ノック式」と、大々的に宣伝したと思います。
私が初めてノック式を手にしたのは、中学生になってからだったと思いますが、
あのときは感激しました。
そんなシャープペンシルも、今では100円ショップでいくらでも売っていますが(苦笑)。
昔のシャープペンシルの消しゴムには、短い針のようなものが刺さっていませんでしたか。
芯が詰まったときに、あれを先っぽの穴に突っ込んで、きれいにしたものです。
最近のものには付いていないので、先日も子供が詰まらせたとき、困りました。
シャープペンシルの後ろの消しゴムは、不滅ですね。
なくても困らないけれど、ないと淋しい気がします。
いったい誰が考えついたのか、知りたいところです。
綾丸です。よく言ってくれましたと、拍手です。
政治の混迷が続いているのは、理念なき数合わせを繰り返してきた結果でしょう。
細川政権は、単に新鮮さだけの日本新党、新党さきがけ、基本的に小沢党の新生党、
それに社会主義革命の社会党までもが連立政権を作ったのだから、うまくいくわけがない。
羽田政権崩壊後、社会党がいつものだだをこねて政権崩壊。
ここで、本格的な政界再編が行われるべきだったのに、
単に政権復帰だけを目的に、自民党がうまく社会党にすり寄り、
さらにははぐれオオカミ状態のさきがけが合流。
村山政権という、国民への裏切り以外の何者でもないような、ひどい政権が誕生。
それも崩壊して、再び自民党政権が誕生したものの、これも数合わせのため、公明党と連立。
今の与野党を見て、それぞれの党の名前、党首、理念が答えられる人は、
政治家の中でも少ないのではないだろうか。
民主党も、元自民党の保守政治家から、社会党左派、
つまり社会主義革命を夢見ていた人たち、
わかりやすく言えば北朝鮮命みたいな人たちまでが一緒になっているのだから、
まとまるわけがない。
私は、これからはイデオロギーより政権の軸足を都市に置くか、地方に置くか、
さらには国民に置くか、事業者などの利権に置くかで、
政党が分かれていくと思っています。
今はその過渡期ですが、その期間があまりに長すぎる。
その理由は、政治家が当選第一、政権確保第一で、国民を無視しているからだと思います。
このような混迷を続けていると、政治への無関心というよりもっと手ひどい、
国民の反乱を覚悟しなければいけないのではないでしょうか。
小泉改革、必ずしも賛成ではないですが、
少なくとも既存の利権を壊そうとする姿勢は、高く評価しています。
たとえば道路公団改革、これすらできないようでは、
国民のフラストレーションは、爆発に至るのではないかと懸念しています。
民主党も、鳩山氏などの元自民党、中野氏などの元民社党、
横路氏などの元社会党、そして菅氏などの社民連など、
完全な寄せ集めで、しかも元自民党の中には、
羽田、熊谷氏など、元の新生党グループもいたりして、
およそ政党としても体をなしていないと思います。
保守系から社会党左派系まで、全部そろっているでしょう。
自民党も、小泉さんに取って代わる人がいないなど、
人材不足を露呈していますが、民主党はもっと深刻。
党首クラスはいても、若い世代が全然いないですね。
野党第一党でありながら、この存在感の希薄さは、
いったいなんだろうと言いたくなるくらい、ひどいです。
熊谷氏も、権謀術数が多い寝業師的イメージが強すぎて、
新党構想も、インパクトはほとんどゼロ、
民主党に居場所がなくなったメンバーと、ジリ貧保守党の
議員延命策としか映りません。
菅氏ももはや過去の人で、全く期待していません。
リーダーの器ではないです。
民主党も、自民党、社会党、民社党、それぞれから
こぼれてきた政治家が、自民党に飲み込まれないという、
共通の利害で、寄り集まった器に過ぎず、
旧態依然たる発想から、一歩も抜け出していません。
自民党も含めて、大規模な政界再編がない限り、
この国の政治は、何も変わらないでしょう。
相変わらずの、我が身かわいさの離合集散には、
ほんとにうんざりさせられます。
国民の生活が危機的状態にあるのに、政治家は意にも介さず、
自分の選挙しか考えていない。
こんな政治家を選んできた国民の責任とは言え、
あきれ果てて、ものも言えません。
年末恒例の政界再編の動きですが、早いところ選挙をやって、
国民のことを考えている政治家を選びたいものです。
30年前は、今のようににぎやかな時代じゃなかったから、
クリスマス前に、お菓子入りブーツやケーキが並び出すと、
妙にはしゃいだ気分になりました。
だいたい、デコレーションケーキを食べられるのが、
誕生日とクリスマスくらいの、一大イベントだったですから。
プレゼントをもらった記憶もないですね。
私が育った昭和30年代〜40年代って、
その程度の、まだまだ貧乏な時代だったです。
ただ、だからこそクリスマスからお正月が、
一年の中で最も華やかな季節として、
今でも記憶に残っているんだから、
まんざら悪いことばかりじゃないですが。
歯磨き指導で、子供の頃の恐怖の記憶、「歯磨き体操」を思い出しました。
小学校3,4年生くらいだったと思うのですが、
ひょっとしたら「世界虫歯予防年」とか、
そういうのだったかもしれませんね。
ある日、全校生徒が校庭に集められて、
先生が大きな歯ブラシと顎の模型を持って、
「歯磨き体操」というのをやらされました。
NHKのスポーツ番組のテーマ(「旧友」でしたか?)を聞いて、
「これって歯磨き体操の曲に似ているね」
と嫁さんに言ったら、「それなに?」と、思い切り笑われました。
あれは局地的にやらされたことなのか、今でも疑問です。
本日のテーマに関係ないですが、つい思い出したので。
吉野家ネタに思わず反応してしまいました。
牛丼並、肉大盛りというのは、たしか「カシラ大盛り」
と言って、ありますね。
この場合、大盛りの値段になるようです。
今まで、二回ほど、そういう注文をする客を見ました。
ツユダクはともかく、牛丼ネギ抜きとか、
いろんな注文をする客がいて、
店員も、機転が必要だなあと思います。
牛丼ファンの綾丸でした。