なぎさんからのメール


38話 「はたらくひとびと」への返信

「はたらくひとびと」をよんでいて、会社の先輩の嘆きを思い出しました。
私の職場は銀行で、先輩は融資担当をしていました。
毎日毎日、担保物権の評価をする仕事です。
ぺーバーワークが先輩の仕事の90%を占めています。

ある日のこと、先輩が私に「学校に授業参観があるように、
子供たちに職場参観をさせて自分の仕事ぶりを見せてやりたい」というので、
何故イキナリそんなことを言い出したのかと問いただすと、
子供たちはいつも奥さんの働く姿 (先輩の奥さんは居酒屋を経営しており、
朝夜休む間もなく働いているとのこと)を見ており、
先輩は週末疲れて家でゴロゴロしているので、家ではあまり尊敬されてないから、
というのが理由だった。

銀行でガンパっている姿を見せて、子ども達からの尊敬を取戻したい、と力を入れて話していた。
しかし、私が「先輩の仕事はペーパーワークが主なので、1日中机に座ってる姿を見せることになりますよ」と言うと、それっきり黙ってしまった。

銀行員が子どもの尊敬を得るのは難しいらしい。


57話 「スイカ」への返信

大学4年の頃、東京に住んでる友人を訪ねて1週間ほど彼のアパートに滞在した。
彼は働きながら夜間の理工系の大学に通っていたので、
女の子と接する時間なんかないまま4年目を迎えていた。

ある日、彼に彼の友人から電話がかかってきた。
聞き耳を立てていたわけではないが、聞こえてくる話からすると、
どうやら彼に女の子を紹介するという内容の電話であった。
友人は喜び勇み、その女の子の特徴や性格などを聞き出していた。
何しろ、4年ぶりの色めいた話であるから、電話が終わった後、私にもそのことを喜びながら話しだした。
彼の友人の彼女の可愛い女友達を紹介してもらえると有頂天だった。
私は彼に「友人の彼女は可愛いのか?」と聞くと、彼は「可愛くもなく、ブスでもない」と答えた。
そんな彼に「自分の彼女よりも可愛い女を紹介してくれるような奴がいるはずが無い」と言えないまま、
彼の幸せそうな姿を眺めていた。


73話 「言魂」への返信

私の娘は今、2歳半である。
いま私はアメリカに住んでいるので彼女を外人(ここでは私たちが外人なのだが気にしないで欲しい)だらけの保育所に通わせている。
今年の2月から通わせたのだが、最近になって英単語をしゃべり出すようになった。
私が彼女をからかって遊んでいると、「すとっぷ いっ」(STOP It !!)と叫んだのである。
ある時は「ほわっと」、またある時は「おーまい、ごっどねす」など、
彼女の語彙の発達は急速に伸びつつある。当然発音もアメリカ人並みである。

そんな彼女を見ながら、彼女の脳の中のシナプスがお祭りのように結合しあっている姿を想像し、
なかなか賑やかな光景だとほくそえむのは私だけでなのか?


78話 「キラキラ」への返信

私の通う大学で、毎年インターナショナルバザーなるものが行われる。
各国からの留学生が自国の文化を紹介するというもので、結構な賑わいを見せる。
そのバザーの一番の楽しみは各国の料理らしいが、都合があって料理が出される日には訪れる事ができなかった。
さて、我が国、日本である。
独自文化を紹介するため女の子達が浴衣を着て、割り当てられているスペースで待機している。
その中の一人が、控えめなガングロ、ライオン丸のような金髪、長い爪先といういでたちでアメリカ人や他国の人を迎えていた。
その他の女の子達も髪の毛は赤色である黒髪ではない。
(ちなみにここにいる日本の女の子で純粋な黒髪を持っている子を見たことがない)

ある意味、浴衣と現代の日本女性のミスマッチが他国の方々には興味深かったのかもしれない。


172話 「2000年への忘れ物」への返信

去年、一足先にアメリカに渡り生活をしていた私に妻からの依頼があった。
日本では2000年問題でてんやわんやなので万が一のための食料と飲料水を用意しておいてとの依頼だった。
ここアメリカでは2000年問題は全くといっていいほど問題になっておらず、NEWSで見かけるのも難しいくらいだった。
が、妻がアメリカに来たとき、依頼されたものを準備してないとぶちぶちと文句を言われるのも面白くないと思い缶詰と水を購入しに出かけた。
缶詰を30缶くらいと水を10ガロン用意したのはいいが、部屋のクローゼットがそれに占領されてしまい使えなくなってしまった。

そして、年越しを迎える。案の定なんの問題もない。
食料の心配も銀行の心配もライフラインの心配も何もない。
去年までのあの騒ぎは一体何だったのかと思えるくらいだった。
ここで、妻に「なっ!!」と皮肉を込めた言葉を言いったかったが止めておいた。
年明け、その缶詰達を食べ始めたが非常にまずかった。
しかし、30缶もあるので、その後の2週間食卓に顔を出し続けた。
2000年の我が家でのスタートは忘れられない思い出となった。


177話 「ちりとり」への返信

ちりとりと聞いて、自分の故郷と内地との言葉の違いを思い出しました。自分の故郷は赤道直下のあの近所です。
方言が内地の方からは異国語に聞こえるらしく、ここアメリカでもたまに方言を交えて日本人と話すと彼らの顔には?マークが点灯してます。

さて、ちりとりですがうちの地元でも「ちりとり」は「ちりとり」といいますが、「ごみ箱」を「ちり箱」ともいいます。
また、「正座」のことを「ひざまづき(ひざまづくからきているのかも?)」といい、学校の先生もひざまづきをして話を聞きましょうなどといいます。
そのため、秀さんと同世代の方々が大学進学で本土にでたときは、カルチャーショックを大分に受けたそーです。

これは言葉の違いではないのですが、自分が受けた本土との言い回しの違いがあったので書いておきます。
日本人のルームメイトがシャワーを浴びた後に「風呂に入りたい」とつぶやいたので、自分は「今入ってきただろ?」といいました。
すると彼は「いや、シャワーは浴びてきたけど風呂にははいってないですよ」と返してきた。
自分の故郷では湯船につかるという習慣がなく、シャワーを浴びることが風呂に入る事と同義語になっているので「風呂」と「シャワー」を使い分けている本土の人の言葉にびっくりしました。
それは、彼も同じだったようですが。

秀さんも九州の人だから、こんなこと経験した事ありませんか?


183話 「こんなテレビを見ていた」への返信

早速ですがお願いがあります。183話の「こんなテレビを見ていた」からふと一つの番組を思い出しました。
それは、「霊感・ヤマカン・第六感」という番組ですが、ご存知ですか?
確か、司会はフランキー堺で出演者に松岡キッコと谷隼人などがでていたと覚えてます。
が、その番組でのゲームの内容が思い出せず、いつも「クイズヒントでピント」の2分割や16分割などをやっていたと勘違いしています。
もし、どのようなゲームをやっていたのかご存知であれば教えて下さい。
私の将来に何の役にも立たない知識なのですが気になって仕方ないのでお願いします。


228話 「熱中時代」への返信

「熱中時代」私もよくみてました。水谷豊が「あーららららら・・・」という台詞とともに派手なリアクションをとる姿や抑揚のあるしゃべり方などが思い出されます。
あの頃の水谷豊は、十年前くらいの田原俊彦のように、バージョンをかえていろんなドラマに出てましたよね。「熱中時代 刑事編」とか「事件記者 チャボ」とか、チャボの髪型が話題になったのも懐かしいですね。

その当時は、確か素人ものまね名人という番組(司会はあのねのね)があって、よく水谷豊のものまねも見たような気がします。
あの頃の素人物まね番組が今の芸能人ものよりも数倍楽しかったような気がしますが、秀さんそう思いませんか?


233話 「長い髪の少女」への返信

「柳ジョージ」ときて「長い髪の少女」ときたので、てっきりダウンタウンブギウギバンドの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」だとばかり思っていました。
歌のフレーズの中に「髪の長い女だって、ここには・・・・」とあるじゃないですか。だから、秀さんが歌詞をすこしひねったのかなと・・・。
「長い髪の少女」なんて歌の存在は知りませんでした。その当時、私は生まれてもませんしね。推理が外れてしまったので、少し悔しかったですが。


276話 「丸井」への返信

「丸井」と聞くと、受験の頃を思い出します。

私は東京にある大学を受験するため上京した。同じ大学を受けるため、クラスメイトも上京しており彼と受験後にアルタ前で待ち合わせをする事にした。
彼はその日帰郷するため、大きなかばんを持ってアルタ前に立っていた。
すると、警官に田舎から出てきた、家出小年と間違えられ補導されかかったという話を聞いて2人して笑った。

荷物をロッカーに預けた後、その辺をぶらぶら散策していると屋上に「OI OI」と掲げられたデパートを発見した。
田舎者の私たちはそれが意味する所をわからずに2人して読み方を考えていたが、貧困な発想しかなく「オイオイ」と命名する事にした。
横断歩道を渡りながら「あの、オイオイが何であるか確かめに行こう」と会話したのを覚えている。
周りからすれば、私等2人がまさに 「おいおい・・・」といったところだ。